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125.残酷王女は受け取る。


「アァ…?」


フリージア国外。更地の岩場で休息を取っていた彼らを、複数の男達が囲んでいた。誰もがナイフや銃を片手に彼らへ突きつけている。彼らが妙な動き一つでもすれば、間違いなく全員が彼らへそれを振るうだろう。

「無駄に痛い目に会いたくなけりゃァ大人してろっつったんだ。傷がついたら商品価値も下がっちまうからなァ?」

男達がニヤニヤと彼らを嘲笑う。「どいつも高くは売れなさそうだが、酒代ぐらいにはなるだろ」と、既に彼らのことが商品にしか見えていない。だが、彼は男達を全く気にも止めない様子で手に持つ水をグビグビと喉を鳴らして飲んだ。傍にはパンパンになるほど中身が詰め込まれた荷袋が岩に立て掛けられている。


「ちょっと!私にも早くちょうだい‼︎」


一人の少女が同じく男達を気にも止めずに彼へと怒鳴る。片手を伸ばし、彼の水を奪い取ろうとするが、避けられる。

「っせーな。テメェがここの岩場で休みてぇだ我儘言うからこうなってるんだろうが。」

げんなりとした声で彼は傍にいる少女に舌打ちし、めんどくさそうに男達を睨みつけた。そのまま「ちゃんとフード被ってろつったろ!」と少女に水を渡し、乱暴にそのフードを引っ張り頭に被せた。

「あー、めんどくせぇ…何度も何度も元同業者なんざ。また寄り道かよ…。」

全く相手にされない男達が怒声を上げる中、彼はやはり全く気にも止めずに項垂れる。

「テメェら…‼︎今の状況わかっていねぇようだなァ⁈」

男の一人が怒り出し、とうとうナイフを彼に向かって振り上げた。殺すつもりはない、怪我をさせて先ずは立場を理解させ


「…ハッ!」


彼が鼻で笑った瞬間、男達の足場が突如として酷く震え出した。まるで地面が意思を持ったかのように波を打ち、気がつけば先程までは大岩しかなかったその場に自分達を囲み、閉じ込めるかのように土壁が、地面が盛り上がるようにして出来上がっていた。男達は目の前の現象に戸惑ったが、別に自分達が拘束された訳ではない。男の内の一人が「何しやがった⁈」と彼に今度こそナイフを振り下ろそうとした瞬間


ドパァアアアアアアッ‼︎


突然の放水に身体ごと吹っ飛ばされた。

ぐはっ⁈と息が止まる音とともにそのまま土壁に打ち付けられ、男は気を失った。


「ヴァルに、手を出すな…‼︎」


先程まで平然としていた少女から、凄まじい殺気が自分達に向けて放たれた。セフェクが更に他の男達にも放水を浴びせようと手を向けた瞬間、男の一人が急ぎ銃を放った。

パンッパンッパンッ‼︎

三回銃声が響き、銃口は確かにヴァルとセフェクに向いていた。が、

「遅ぇよ。」

ヴァルがニヤリと笑う。自分達と男の前に瞬時に築かれた土の壁越しに。パンパンになるまで砂が詰め込まれた荷袋の中身がまるで生き物かのように瞬時に飛び出し、強固な壁となって自分とセフェクへ向かう男の銃弾を受け止めた。


「ヴァル…、この人達も捕まえるんですか?」

ヴァルの背後からケメトが顔を出した。ヴァルとセフェクの背中をそれぞれ掴みながら男達を恐る恐る覗き込んでいる。

「あー、まぁな。〝(あるじ)〟からの命は〝捕らえられた人の居場所を聞く為にできれば生かして捕らえて〟だ。こちとら本業で暇なんざねぇってのによ。」

そう言いながら、セフェクがとうとう男達全員を吹っ飛ばしたのを確認し、腕を振り上げる。次の瞬間、気を失った男達が全員顔以外を土に、砂に覆われ蓑虫のような姿になる。

「まぁ、丁度帰りだから構わねぇが。」

今度は地面を思い切り踏み締める。その途端に囲っていた土壁が崩れ、代わりにヴァル達周囲の地面が荷袋や蓑虫の男達ごと盛り上がり、高速で地を滑り出した。ヒャハハハハハッ!と男達を嘲笑うようにヴァルの笑い声が同時に響く。

「余計な荷も増えちまったからなぁ⁈そろそろ行くぞテメェら‼︎」

突然のスピードにセフェクがヴァルの腰に、ケメトの足にしがみつき、飛ばされないように足を踏み締めた。

「ちょっと!私まだ休んでないのに‼︎」

「セ…セフェク、でもちょっとの辛抱ですよ。前はこの速さなら二十分くらいでフリージアに着いたし…。」

「私は今休みたかったのに‼︎せめてゆっくり走るか椅子出してよ‼︎座れないじゃない!」

バカ!とヴァルに掴まりながらその背を叩く。ヴァルは能力で足元を地面に埋もれさせているが、二人は常に何かに掴まっていないと高速スピードでは振り落とされてしまう。

セフェクの苦情に舌打ちをしながら、ヴァルが面倒そうに特殊能力を使った。セフェクの背後の地面が盛り上がり、背もたれ付きの椅子のような形状になっていく。

セフェクがそこに腰���けながら「大体私は良くてもケメトはずっと立ちっぱなしなんだから!」と更にヴァルに怒鳴った。ヴァルがそれを聞いて無言でケメトに目をやるが、「僕は大丈夫です。それより、早く向こうでご飯食べたいです。」とヴァルの顔を見上げて笑った。


「…今日は例の酒場行くぞ。」


ヴァルの言葉にケメトとセフェクの目が輝く。やった!とセフェクが両手をあげ、ケメトは何を食べようかと今から悩み出した。

「ま、その前に(あるじ)に届けモンしてからだが…なァ⁈」

グン、と更に地面が滑り出すスピードが増した。あまりの急加速にセフェクが小さく悲鳴を上げ、ケメトが吹っ飛びそうになったところでヴァルに背中を片腕で支えられた。そのまま自分の足元も能力で固定される。見上げればヴァルが仄かに笑みを向けていてくれたことに気がつき、嬉しさのあまり目を見開いた。


「ッさっさと〝配達〟終わらせンぞガキ共ッ‼︎」


再びヒャハハハハッという笑い声と共に、猛スピードでヴァル達はフリージア王国へと突入していった。


……


「…それで、また人攫いの一味を連れ帰ってきたという訳ですね…。」


ヴァルからの報告に私は小さく溜息をついた。

(あるじ)の命令通りにしてやっただけだ。必要ねぇならこの命令も解いてくれ。」

「いえ、御苦労でした…。いつも通り騎士団に引き渡してくれたのならば、これでまた罪なき民が救われるでしょう。」

ただ、貴方があまりにもそういう集団に襲われる頻度が高過ぎるので…。と言いながら私はヴァルを見下ろした。

椅子ではなくわざわざカーペットの上に座り込んで寛ぐ彼に、そのまま私は自分の眉間を抑えつける。更には中身がパンパンの荷袋が無造作に放られ、中身の砂がカーペットを汚している。隣で真っ直ぐに立って私を見上げてくれているセフェクとケメトの方がずっと礼儀正しい。私の両隣で話を聞いているステイルとティアラも最初はヴァルのこの態度に怒ったり、驚いたりしていたけれど、今は大分見慣れた様子だ。


「〝配達〟も御苦労でした。クレマチス国とサンザシ国から返事は貰えましたか。」


私の言葉にヴァルは懐から二枚の書状を取り出し、私に突き出した。

「どっちも女王陛下に宜しくだってよ。」

ニヤリとそう笑いながら。

私が書状を受け取ると、すかさずステイルがヴァルに別の書状を三枚手渡した。

「今度はアネモネ、ベロニカ、ライラック王国だ。」

どの国もフリージア国の同盟国だ。母上が関係を築き上げてくれた同盟国に、いま我が国は書状を出している。


〝同盟共同政策〟について。


ヴァル達が私の…正確には我が城の使いとして働いてくれるようになって、三カ月が経っていた。

私があの時、ヴァルに提案したのは簡単に言えば国と国を跨ぐ配達係だった。

我が国…というか、この世界では最速でも書状の交換だけですごく時間がかかる。一番近い隣国でも王族の馬車でも七、八時間はかかるし、一番遠い同盟国ならば直線距離でも数日はかかる。更には途中で旅人や商人を狙った盗賊や野盗、人身売買などの裏稼業集団も其処彼処にいる。そういう輩から身を隠し、安全に進もうとなると余計に時間がかかる。同盟共同政策に関しても他国の都合を聞いたり意見を出し合ったりを毎回集まって行える筈もなく、同盟後は書状でのやり取りが殆どだ。そこで、私はヴァルに提案した。


私達の国の書状を各国へ受け渡す配達人を担ってくれないかと。


一度見た、ケメトとの融合技の足場ごとのジェットコースター移動はすごかった。スピードと規模がまず桁外れだったし、国同士の繋がりは殆どが地続きだ。岩場や崖地帯が多く、ヴァルが能力を使うのに困ることはまず無いだろう。彼なら元々の持ち合わせた特殊能力の土壁やドームなど身を守る技にも長けているから自分達の身も守れるし、更には隷属の契約で自分から暴力を振るえないヴァルの代わりにセフェクが必要な時は彼を守ってくれる。…まぁ、二人ともブースト能力を持ったケメトがいてこそなのだけれど。

ケメトの特殊能力は色々と私達で試してみた結果、本人には未だ意思をもって能力を制御することができないことがわかった。更に、ケメトに触れる人によって特殊能力の振れ幅も激しかった。

ほぼ初対面のステイルには殆ど能力の上がりが無いのに対し、セフェクは蛇口レベルの水から放水車以上の威力の放水ができるし、ヴァルは土壁とドームだけから、岩や砂が元の物なら殆どが触れれば大規模且つ自在に操ることができるし、単純な瓦礫や砂なら周囲にあるだけで触れなくても自在に命令通り操ることができる。

ケメトとずっと生活を共にしていたからか、それともケメトの中での信頼感とかがそのまま振れ幅に繋がっているのか。それに関しては全くの未知数だった。

それでも、少なくともこの三人が合わさればまさに安全性も機動力も戦車レベルだ。彼らなら国同士の行き交いも安心且つ円滑にこなせると思った。それに、ヴァルはもともと無法集団の中で国と国との間で旅人を襲っていたから地理にはかなり詳しく、道は全く迷わないし地図には載っていない穴場や岩場などにも精通していた。…だからこそ、こういう無法集団に襲われることも多いのかもしれないけれど。

結果、普通の使者ならば五日掛かる手紙の受け渡し往復をヴァル達はたった二日で済ませてしまった。初日でこれだから驚きである。頼んだ当日に国まで辿り着いてその国の代表に届け、翌日に受け取ってその日中に我が国に帰ってきてしまった。母上や父上もこれにはとても驚いていた。

最初、ヴァルの採用を母上と父上に相談した時は当然のことならがら難航した。

何より前科者だし、国同士な大事な書状を任せて良いものかと。でも、隷属の契約を交わしているし、その為私が細かく命じれば彼はそれを必ず守るということが強みになった。書状受け渡しに関して中身は見ない、他国の代表達には失礼な物言いをしない…というかもうむしろ彼に至っては沈黙を貫くなど色々な制限を命じることを条件に採用して貰えることになった。一緒にステイルやジルベール宰相が味方についてくれたお陰もあるだろう。

ゆくゆくは実績をつけて、国を跨ぐ国際郵便大国みたいにして我が国の二大勢力機関の一つにできればなと思う。騎士団に入隊できなくても、それなりに実力のある戦士や起動力のある特殊能力者もきっと国内にいる筈だし、机上の空論ではないと思う。

一応使者は居るけど、〝配達人〟はヴァル達だけだし、ヴァルの主である私がそのまま城への手紙の受け渡しや報酬を母上の代わりに彼へ行うことになった。


「どうぞ、今回の報酬です。」

衛兵から小袋を受け取り、ヴァルに手渡した。

一応ヴァルには隷属の契約を交わした時からの元々の命令をいくつか訂正している。

配達任業務の為なら国外に出入りする許可を与える。そして暴力禁止は変わらないけど、ケメトとセフェクを守る時の最終手段として、正当防衛程度は認めることにした。…ヴァルが私に仕事を受ける際に唯一の条件として提示してきたものだ。

あとは私からも悪人を捕らえるための能力使用許可。そして私とステイル、ティアラへの態度だけは礼を尽くさなくて良いということにした。いきなりまた敬語敬称で平伏されても困るし、正直ちょっと怖い。

因みに、何故かヴァルはこの仕事を受けてくれた時から…正確にはあの〝誓い〟の後から、彼は私のことを「(あるじ)」と呼ぶようになった。私としてはティアラと同じ王女サマ呼びにならなくなった分、聞き分けがついて助かるけれど。

ヴァルは渡された小袋の中身を確認すると、満足げにそれをまた懐にしまった。


「仕事は順調そうですね。」

「アァ?…まぁな。(あるじ)の命令なら逆らえもしねぇからよ。」

「?もし嫌ならば、最初の時にも言ったように、別にこの仕事自体は拒んでもー…」

そこまで言ったらヴァルが「必要ねぇ」とダルそうに私に手を振ってきた。そのまま、今度は私の隣に立つティアラへと目をやる。


「……またガキ共と遊ぶか?」

「良いのですか⁈ぜひっ!」

ヴァルの言葉にティアラが嬉しそうに眩しい笑顔を向けた。…そう、何故かヴァルがこうして城に足を運ぶようになってから時々、ヴァルはセフェクとケメトと一緒にティアラの部屋に訪れるようになったのだ。

ティアラ曰くセフェクとケメトと遊んだり、ケメトに勉強を教えているだけ、とのことなのだけれど…何故か私もステイルも部屋に入れて貰えない。「おままごととかばかりですし、お姉さんぶっているのが恥ずかしいんですっ!」と言って部屋に入れてくれない。ティアラは今まで下の子と遊ぶ機会もなかったし、もしかしてお姉さん欲求とかもあったのだろうか。…でもヴァルや専属侍女達は良いのに私やステイルは駄目なのが地味にショックだ。ステイルもアーサーと昔から稽古を重ねているし、なんだか二人とも姉離れする感じがして凄く寂しい。


「…おい、本当にティアラに変な事はしていないんだろうな?」

ステイルがジロリと睨みながらヴァルに尋ねる。今までも何度も私やステイルが確認したことだ。「してねぇよ」と即答でヴァルから返事が返ってくる。隷属の契約でヴァルは人に乱暴を、ましてや王族には嘘をつくことも出来ないから大丈夫だとは思うけれど、やはり心配になる。まさかアーサーやステイルルートを置いてティアラが攻略対象者じゃないヴァルルートに行ってしまうんじゃないかという不安が。正直、ヴァルも悪人顔とはいえ、整った顔のイケメンだしティアラと並んでいてもわりと絵になる。


「そんなに俺に色事期待してんなら、教えてやろうか?なあ、…主。」


え。

ティアラとヴァルを交互に何度も見比べていた最中に、突然ヴァルに直接見上げられ、意図を理解できず目を丸くしてしまう。そんな私にヴァルが心底面白そうにニヤニヤと笑い、立ち上がるとそのまま高身長の彼が私を至近距離から見下ろした。

「アンタなら相手にしてやっても良いぜ?主の命令ならこの俺が色事をイチからイロイロ教えてー…」

「いい加減にしろッ‼︎」

ドカッ!と、私にじわじわと近づいてくるヴァルにステイルが顔を真っ赤にして蹴りを入れた。ぐあっと呻き、そのまま舌打ちをしながら「つまんねぇ野郎だ」と悪態をついた。…ヴァルの背後でセフェクがステイルにまで手を構えていたので、ティアラとケメトが一生懸命止めてくれた。


「ま…その気になったらいつでも言いな、主。教えてやるぜ?なんでも、な。」

そう言って懲りずに笑うヴァルに、本当にティアラへ破廉恥なことをしていないのか再び聞いてしまう。でもやはり答えは「ない」だった。…ならば何故私にばかりこういうセクハラ発言ばっかりするのだろう。冗談でもそういうこと言わないように命じるべきだろうか。…あれ?嘘は言えないのに冗談は言えるって何か矛盾してる気が


「ッ姉君‼︎」


そう思っている間にもステイルがヴァルの首根っこを掴んで「やはりコイツには言葉を慎むように命じてはいかがでしょうか⁈」と聞いてくる。ヴァルの直属の主である私が無礼発言を許すって言ってしまったから、私がステイルに命令権を委ねない限り、王族として命じても効果が発揮されないのだ。私が「そればかりは本人の意思で慎まないと意味がないから…。」とやんわり断るとステイルがヴァルに向かってギリギリと歯を鳴らした。

「んじゃ、酒場で食ってからまた邪魔するぜ?」

ヴァルが悔しそうなステイルを嘲笑いながらティアラに目配せし、私にヒラヒラと手を振った。そのまま重そうな荷袋を片腕で背負い、「行くぞ」とケメトとセフェクに声を掛けて門へと歩む。



…少し背中を丸めて、セフェクの手を繋ぐ、小さなケメトの手を握って。


本日18時に次話更新致します。

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