123.騎士は誇る。
「…ん、………アァ…?」
「目が覚めたかアーサー。」
気がつくと俺の顔をステイルが覗きこんでいた。…ここは…。
「ッ⁈」
一気に意識がはっきりして、勢いに任せて飛び起きる。やべぇ!俺確か護衛中にっ…
「落ち着け。大丈夫だ、まだお前が倒れてから一時間も経っていない。」
「ップライド様は⁈」
パニック気味の俺にステイルが目線だけで俺が寝ていたソファーの真横を示した。見ればプライド様とティアラが並ぶようにして二人掛けのソファーに寄りかかって眠っている。
「姉君もティアラも昨晩は夜遅かったからな、お前の顔色が戻った辺りから安心して眠ってしまったよ。」
二人が無事なことに心からほっとして息を長く吐き出す。ステイルに「護衛が倒れてどうする」と言われて尤もだと思う。「わりぃ…」と答え、そのままソファーに座り込む。
「…ヴァルは。」
「アイツならケメトとセフェクと一度住処へ帰った。姉君が三日後、正式に城へ訪れるように命じたから問題ない。」
そうか、と言いながら俺は自分の足元を見て酷く項垂れる。…最悪だ。
「何でもかんでも深く考え過ぎだバカ。」
そう言ってステイルに頭をはたかれる。悪態つく気にもなれず、そのまま頭が傾いた。
「丁度良い。本当は今晩行くつもりだったが、今なら姉君も眠っている。言いたいことがあるならさっさと言え。」
若干未だ怒った様子のステイルを見上げ、黙って頷く。やっぱカラム隊長だけじゃなくコイツにもバレてた。当然か、コイツは当事者だ。少し寝たお陰で頭はすっきりしたが、言いたいことを思い出すとまたモヤモヤと頭がぼやけそうになる。ソファーから降り、床に足をつける。ソファーの背もたれの後ろから、ゆっくりと俺の前へ移動したステイルに向き直り、
思いっきり頭を床につけて平伏する。
「悪かった。」
はっきりと、言葉にしてステイルに謝る。ステイルからは返事はない。やっぱそうだよな、と心の底から思う。
「お前が居なかったら、プライド様は死んでた。」
洞穴で爆弾が落ちてきた時、吹っ飛ばされた時にはプライド様の姿が爆煙のせいで見えなかった。それでもすぐ探し回って、爆煙が引いた時にはもうプライド様はどこにも居なかった。セフェクとケメトがヴァルが崖下に落ちたって言ってまさかプライド様まで一緒に吹っ飛んだじゃねぇかと思った。途中、指笛みてぇな音がどっかから聞こえた気がしたから余計にだ。…俺があの時ちゃんとプライド様の傍にいて守ってれば、引き止めていれば少なくともプライド様にあんな危ない目に合わさず済んだ。プライド様の合図に、指笛の音にステイルが気づかなかったら、あの時…。
考えれば考えるほど、死ぬ程後悔する。
『俺が、プライド様もお前もティアラも皆まとめて守ってやる。』
二年前にあんだけ大見得切ってこれだ。俺は結局何も変わってな
「顔を上げろアーサー。他でもないお前がこの俺に頭を下げるな。」
ステイルから怒りの混じった声が響き、思わず顔を上げる。見れば、眼鏡を抑えつけながら俺を無表情で睨んでやがる。
「俺が姉君を守るのは当然だ。それに謝るのは俺の方だろう。」
ステイルの言葉に一瞬言葉を失う。なんでステイルが謝るんだ?
「俺が気を失ったから、姉君やお前達を危険に晒した。結果、騎士達にも俺達が関わったことがバレた。」
「いや…そりゃァ仕方がねぇだろ。お前はその分、特殊能力者一人助けたんだからよ。」
ステイルが特上の檻に捕まっていた特殊能力者の説得の為に身体を張ったことは聞いた。詳しくどんな事があったかステイルは言わなかったが、生きていてくれただけで十分だ。
「ならば、お前のそれも仕方がないだろう。爆煙で何も見えず、姉君は自分からヴァルを追って飛び降りたんだ。」
「だから俺が爆弾落ちてきた時にちゃんとプライド様の傍にいりゃァ…」
「舐めるな、俺もいる。」
宣言するようにステイルが言い放つ。
「お前と俺で姉君を守るのだろう。あの時は俺の番だった、ただそれだけだ。」
そのまま床に座る俺の前にしゃがみ込み、目を合わす。
「俺は姉君からしっかり聞いた。俺が居ない間、姉君とアーサー…お前がどうしていたか。」
そのまま「その体勢はやめろ、腹が立つ」と言われて平伏す体勢からそのままその場に足を組んで座る。
「姉君を抱えて守り、剣を振るって俺やジルベールを助け、更には身を張って姉君を背で守り切ったと聞いた。…ちゃんと俺も姉君も守ってくれただろうが。」
俺の目を真っ直ぐに覗き込む。そのまま数秒黙った後、…小さく笑った。
「気を失う間際も、お前がいると思ったら安心できた。…お前が姉君を守ってくれると信じていたからな。」
〝信じていた〟…コイツに面と向かって言われるとなんかすげぇ妙な気分だ。なんだか照れ臭くなって思わず目を逸らす。
「今回はたまたま最後に姉君の窮地に駆けつけられたのがお前じゃなく俺だった、というだけの話だ。」
そう言いながらステイルはまたゆっくりと立ち上がる。見上げればステイルは俺から視線を外さないまま、眼鏡の縁を抑えてニヤリと笑って見下ろしてきた。
「どうだ、アーサー。俺が居て良かっただろう?」
心から誇らしげに笑って、ステイルは俺にもう片方の手を差し出した。
「…ッぶは!」
思わず笑いが込み上げて、声を出して笑っちまう。
その悪人みてぇな笑みに。そして二年前と正反対の今の立場に。
「ッああ、良かったよ!」
そう言ってステイルの手を掴み、強く握りしめた。そのまま腕を引かれ、俺もその場に立ち上がる。互いに腕ごと身体を引き寄せあい、近くなった額を思い切りぶつけ合う。
「今度はぶっ倒れンなよ?」
「何なら今度は俺が、姉君と一緒に纏めて守ってやろうか?」
互いに挑発しながら睨み合えば、自然と闘志剥き出しの笑みが溢れてきた。本当にコイツが居て良かった。プライド様を俺と一緒に守るのが、他でもないコイツで。
「俺が姉君を盾として守り、お前は剣として守る。…昔から変わらない、ずっとな。」
最後にそういってステイルが柔らかく笑った。本当に四年前のガキが嘘みてぇに成長しやがった。それに今は本当によく笑う。
「ん…?ステイル…アーサー…⁇」
声がして振り返るとプライド様が目覚まして、ぼんやりと身体を起こしていた。ティアラも起きたらしく、プライド様の影で同じように身体を起こしている。
「プライド様っ‼︎すみませんでした!護衛中にいきなりぶっ倒れちまって…!」
急いでプライド様に駆け寄り、頭を下げる。
「いいえ!私こそ寝ちゃってごめんなさい。もう気分は平気?」
「アーサー、熱は引きましたか?」
プライド様とティアラが逆に心配してくれる。聞くと、倒れた時に熱もあったらしい。多分あの時は色々考え過ぎたせいだろう、只でさえステイルに謝る事ばっかで、ぐるぐる考えてたのに目の前でいきなりヴァルがプライド様の足を舐…、…。
「〜〜〜っっ‼︎…。」
駄目だ、また思い出したら頭が熱くなった。プライド様がまた驚いて声を上げている。思わず俯いたら今度は視界にプライド様の足元が見えて余計にっ…‼︎
「アーサー⁇」
どわッ⁈と、突然今度はティアラが俺を覗き込んできた。驚いて一瞬仰け反るが、お陰で少し気が紛れた。そのまま勢いに任せて「なんだ⁈」と尋ねると、ティアラが柔らかい笑みで俺と、そしてステイルの手を握ってきた。
「ちゃんとまだ言えてなかったから。兄様、アーサー。…約束を守ってくれてありがとう。」
ティアラの言葉で俺は、二日前の夜の約束を思い出す。
〝お姉様を守って〟〝ヴァルを助けて〟
「…ああ。」
返事をするより先に、ほっとした。
そのままティアラに握られた手を俺からも握り返す。
…ちゃんと守れた。助けられた。
ステイルと話せた後だからこそ、今はそう素直に思えた。コイツと俺で、ちゃんとティアラとの約束を守れたのだと。
「アーサー。」
また、名を呼ばれて振り向くと今度はプライド様だった。ティアラの後だからか、さっきより落ち着いて顔を見ることができた。
「私からも、ありがとう。…今回、本当に沢山助けられちゃったわね。」
そう言って、照くさそうに笑うプライド様にまた顔が熱くなる。そのままティアラの手と俺の両手を纏めて掴んで握りながら「移動の殆どは抱えて走って貰っちゃったし」と言われ、この人をずっと抱き締めてた事実を思い出し、緊張で身体が今更になって硬直する。
「それに…私の代わりに戦って、庇ってくれて、沢山沢山守ってくれて…一緒に洞穴まで走ってくれた。」
何かを思い出すように、ふんわりと笑うプライド様に心臓が高鳴る。ティアラが俺の顔を覗き込んだと思ったらニンマリと笑って自然に俺から手を離し、プライド様の手と俺の手を結びつける。正直、今はその滑らかな手の感触だけで死にそうになる。もう心臓が飛び出す前に手を離してぇのに、離したくなくて。
「アーサーが居てくれて、本当に良かった!」
まるで光そのもののような言葉に、一瞬視界が真っ白になる。
嗚呼…十分だ。
その言葉だけで、もう十分過ぎるほど満たされた。
恥ずかしさよりも嬉しさの方が競り勝って、思わず握られた手を握り返してしまう。
「…何度でもっ…!…何度でも、守ります…‼︎」
俺が居て良かったと、その言葉を一回でも多く聞く為になら俺は何度だって剣を手に立ち上がれる。…そう、思えたから。
「どうだアーサー、今の気分は。」
今度はステイルが、俺の耳元でこっそり囁いてくる。
「四年前のリベンジを決められた気分は。」
楽しそうに言うその言葉に、俺の心臓が再び強く高鳴った。
…四年前は情け無くただ見ていることしかできなかった俺が、四年前の姿のプライド様と共に戦えた。
共に戦場を駆け、時にはこの手に抱えて走り、そして…
『俺も行きます‼︎』
崩落する洞穴へ、共に行けた。
そしてプライド様をこの剣で守りながら突き進み、人を救えた。
四年前の俺がしたくてしたくて仕方がなかったことだ。
そう考えた途端、口元が思わず緩み、笑ってしまう。プライド様が不思議そうな表情で俺へ小首を傾げ、笑い返してくれた。ティアラもプライド様の隣で俺の顔を見上げ笑ってくれる。ふと片手を離し、ティアラの頭を撫でてやると照れたようにはにかんだ。最後にもう一度プライド様の方を向くとすぐに目が合い、至近距離で視線がぶつかった。
「最高だ。」
そう一言だけ返せば、ステイルの口元が満足そうに引き上がった。
プライド様を守りたい。
ステイルを守りたい。
ティアラを守りたい。
大事な奴らが増える度、守りたい奴らが増えていく。
それを全部手が届く限り守るなんざ、口で言うより遥かに難しいことだと年々思い知らされる。
…でも今はただ、騎士としてこの人達の前に立っている自分が、なんだか凄く誇らしい。