122.惨酷王女は思いつき、
「オラッ!テメェらさっさと商品出しやがれ‼︎せっかく捕まえた特殊能力者だ、逃すんじゃねぇぞ‼︎」
…誰だ…?
「アァ⁈そんな端た金で売れっかよ‼︎目玉ついてんのか⁈抉り出されてぇのかテメェ!」
…うるせぇ…。
「今の出来損ない女王のお陰で商売しやすくなったからってこの値段は足元見過ぎっつってんだよ‼︎」
…………俺、か?
「このガキはどうだ?正真正銘の特殊能力者だ。水を出すだけだが、女だし金持ちの道楽には売れんだろ⁈」
「ッキャァ…‼︎」
…セフェク…⁉︎
俺が…いる。
…ああ…四年前の崖崩落後に…。
…金稼ぎの…為に、国に帰ったんだったか…?
国で攫った奴らを…市場に降ろしている。
そうだ、何もおかしくねぇ。これが俺の昔からの生き方だ。
今は商売しやすくて良い…。
フリージアの国内でも国外に降ろす為の市場はあるし、外の市場に売りゃあもっと高く金になる。
人なら目の前に腐るほどいる。適当に捕まえて売れば金になる。反吐がでるほどボロい商売だ。
…だが、何故俺は…このガキを知っている…?何故、俺の知る国の言葉で…。
手足を縛ったセフェクを雑に引っ掴み、商人に突き出す。商人がセフェクを上から下まで眺め「たかが水を出すだけじゃなぁ…」と呟く。最近はフリージアも人を狩り放題なせいで価値が落ちてきた。
ー やめろ…‼︎セフェクに、何を…!
「…やめて!…下さい…。放して…放してあげてください…。」
貧弱な声が聞こえ、振り返る。…ケメトだ。手足を縛られ、動物用の檻に詰め込まれている。檻の中、既に俺や他の連中に殴られた痕で顔が腫れ上がっていた。…そうだ、コイツはセフェクを何度もこうやって庇って…。
「ッ黙れガキが‼︎」
俺が、ケメトの檻を思い切り蹴り上げる。檻が転がり、檻の中にいるケメトも何度も身体を打ち、転がる。
「特殊能力もねぇようなクソの役にもたたねぇゴミは黙ってろ‼︎」
ー やめろ‼︎なんで、俺がっ…ケメトに…⁉︎
「ッ違う!待って!実はその子には特殊能力がっ…」
「テメェもいい加減立場を理解しやがれクズが‼︎」
今度はケメトを庇うセフェクの腹に蹴りを入れる。そうだ、ケメトは尋問した時に確認したが特殊能力はあるが内容はわからねぇと言い張りやがったんだ。ガキの得意な嘘に決まってる。吹っ飛んだセフェクが腹を抱えて蹲り、そのまま俺が唾をかける。商人が「傷物は値が下がるぞ」と俺を窘めた。
ー …俺は…なにをしてんだ…⁉︎
セフェクが呻き、ケメトが泣いている。
セフェクを商人に叩き売り、金を受け取り俺は背を向けた。ちょうど足がケメトの檻にぶつかり、無様なケメトを嘲笑う。
「テメェは売れなくて残念だったなァ?ガキ。ま、廃棄なんざ今時珍しくねぇ。気にすんな。」
笑いながら、もう一度ケメトの檻を蹴り上げた。そうだ、コイツは売れなかったから廃棄するんだ…。そう、これからウチの連中で嬲り殺…
ー やめろ‼︎‼︎
俺が命令し、下っ端が笑いながらケメトの檻を引き摺る。今日はガキかとナイフの刃先を舐めながら。
セフェクが、叫んでる。商人に髪を引っ張られながら。
ケメトが、セフェクへ手を伸ばしている。テメェの死期を悟りながら。
ー やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
俺が、笑う。
いつもの日常に、何の変わり映えしないこの世界に。
「ちょうどナイフの的が欲しかったところだ。」
ケメトを目で舐めながら、ナイフを弄ぶ。下っ端が良いですね、と俺の機嫌を取ろうと相槌を叩く。
横目に鎖をジャラジャラさせた大男とその連れの男が歩く。俺より大量の商品を引き摺り歩かせて。
そうだ。俺はあの男と変わらねぇ。
俺は、あの男と
ーやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
同族だ。
……
「やめッ…ろっ…‼︎」
訳の分からねぇ譫言と同時に力任せに飛び起きる。
���…っ、…っっ…っ…。」
息が、辛ぇ。鼓動が、うるせぇ。
あまりに煩わしくなり胸を鷲掴んで抑えつける。額を拭うと、べったりと汗が手を濡らす。意味が分からず息苦しさから首元を引けば服までべったりと汗で湿ってやがる。
「…ックソ…」
胸糞わりぃ夢でも見たのか、魘されたらしい。ガキでもねぇ、この俺が。
気分が悪くなり、毛布をひっくり返そうとした瞬間
異様な重さに気づく。
よく見ればケメトとセフェクが俺の隣に転がっていた。人の毛布を鷲掴み、よくよく見れば俺の上に二人とも半分乗り上がったまま寝息を立ててやがる。
「…テメェらのせいか。」
また二人して勝手にこっちに入ってきやがった。なれねぇ寝床でこんなんじゃ寝苦しくなって当然だ。起こさねぇように毛布から抜け出すのにも手間がかかり、やっと抜け出してから汗塗れに湿った服を脱いで床に叩きつける。
他の保護された連中が叩きつけた音に驚いて振り返るが、睨めばすぐに目を逸らす。
「…ったく、テメェらの寝床は別だろうが。」
そう言いながら、二人が目の前で寝て居ることに安堵するテメェに気づき、腹が立つ。ひっ摑んでいるだけで全くガキ共の身体に掛かっていない毛布を、仕方無くケメトとセフェクに掛け直
「ヴァル。…というのはお前だな。」
途中で後ろから声を掛けられ、騎士の一人が俺を見る。睨みでそれに応えると騎士は全く動じる事なく俺を睨み返す。
「お呼びだ。…その二人も一緒で良いとのことだ。」
誰が、とは言わない。大声で言えるような立場の人間でもねぇから当然だ。
「あぁ。」
毛布を放り、ケメトとセフェクに声を掛ける。目が覚めても人の寝床に入ったことなんざ今更詫びる様子もなく俺が背中を向けると勝手についてくる。
あの王女サマのせいで取り返せた、二人のガキ共が。
……
ジルベール宰相から無事に騎士団との交渉終えたことを聞き、私達はアーサーと一緒にヴァルを迎えに行った。
…の、だけれど。
「…アーサー、本当に大丈夫…?」
私は思わず再びアーサーに声を掛ける。「大丈夫です」と言ってくれたアーサーからはかなりの疲労の色が見えた。最初この顔色を見た時は、挨拶すら忘れて第一声で「どうしたの?」と言ってしまった。ステイルが「そんなに酷く騎士から叱責されたのか」と言うから私もまさか騎士団長に⁈と心配になったけれど、本人曰くただ眠いだけ、らしい。馬車の中でも大分ぐったりしていた。ステイルが〝必要ならば強制的に病棟へ〟と手で合図してくれていたけれど、取り敢えずそのまま様子をみることにした。馬車の中で少しの間でも眠ってくれてよかったのだけれど、本人的に護衛としてそうはいかなかったらしい。
保護所へ着いた私達は、騎士を通して個室の用意とヴァルとケメト、セフェクを呼んでもらう。…個室、というか確実に国の重役とかを保護する為の特別室だった。私達には比較見慣れた部屋ではあるけれど、王族との面談の為にわざわざ用意させたと思うと申し訳ない。
暫く待ち、騎士に連れられてヴァル、そしてその背後にケメトとセフェクが続いた。何故かヴァルは上半身半裸で上衣を肩に掛けて現れた。あまりに突然の登場っぷりに私とティアラが驚いて一歩下がると、開口一番に鼻で笑われた。
「なんだ、王女サマってのは野郎の裸は見慣れてねぇのか。」
最悪のご挨拶だ。ティアラが顔を真っ赤にして、ステイルとアーサーが手や肩の関節を鳴らした。私は静かに息を吐きながら「お元気そうで何よりです」と言葉を流した。
そのままケメトとセフェクに目を向け、初めまして、と挨拶をする。二人共挨拶は慣れていないらしく、ケメトもセフェクも目を丸くしたままヴァルの背中越しに頭を下げただけだった。私達と昨日の子どもが同一人物とは気づいていないらしい。まぁ、服装と歳も違うから当然だ。目をパチパチしながら訳も分からない様子で私達を見上げる二人を見て、ヴァルが可笑しそうに笑った。そのまま「この国の第一王女と第二王女、あと第一王子だ」と説明すると、急に二人とも顔が真っ赤になった。「え⁈うそ、え⁉︎」とセフェクの方は半ば興奮気味に私達三人を何度も順番に見つめ、ケメトはヴァルの背後に完全に隠れてしまった。
「ちょっとヴァル!なん、なん、なんでアンタがこんな王、王子、王女様と…」
ヴァルの下衣の裾を掴み、説明を求めようとするセフェクが途中、はっとした表情になり「もしかしてヴァルが処刑されるの⁈」と叫んだ。そのままケメトも一緒になって、ヴァルを庇おうと前に出て手を繋ぎ、私達へ構えながら「ヴァルが人攫いしたのは理由がっ…」と叫び出した。
ヴァルが背後で二人の慌て様にニヤニヤと笑っている。どうやらフォローする気は全くないようだ。
「大丈夫よ、そんなことしないわ。自己紹介が遅れてごめんなさい。私はプライド・ロイヤル・アイビー。この子はティアラ、そしてステイル。こちらが騎士のアーサー。ヴァルとはー…。」
そこで、言葉に詰まる。どうしよう、この関係をどう言い表せば…。思わず笑顔のまま固まってしまい、助けを求めようとステイルへ振り返ろうとした時だった。
「ヴァルとはお友達になりました。道端で倒れていたヴァルをお姉様が助けて私達もお知り合いになったのですよ。」
ティアラだ。すごい、堂々とお友達発言!流石この世界のヒロインだ。しかも、嘘なく説明してくれたからすごくありがたい。私とステイル、アーサー、そしてヴァルが驚いている中、ティアラはにっこりと笑ってそのまま「ヴァルから話を聞いて騎士を皆様のところに派遣することもできました。とても感謝しています」と言いながら、チラリとヴァルの方を覗き込んだ。その視線に気づき、ヴァルが「…そうだ」と同意する。
そのままケメト、セフェクとそれぞれと握手して「これからもよろしくお願いしますね」と早速二人とも距離を縮めている。あのふんわりとした優しい笑顔を受けて、二人もかなり緊張が解れたのか「はい…」と小さく答えて笑っていた。お陰で今回は〝ヴァルに友達なんて居ない〟発言も無かった。
「全部、プライドお姉様がヴァルやお二人の為に頑張って下さったのですよ。」
そう言って最後は私へ微笑みかけてくれる。釣られるように二人も私の顔をまじまじと見上げてくれた。ケメトが小さな声で「ありがとうございます…」と呟いた。顔を真っ赤にしたセフェクと相まって二人共可愛くて思わず笑ってしまう。
「……アーサー…?」
は、と。ケメトがアーサーを改めて見直し、首を傾げた。セフェクもそれに気づき、アーサーを見て「あっ!」と声を上げる。
「貴方!ヴァルのせいで捕まった人‼︎」
すごい覚えられ方だ。セフェクに指を指されてアーサーが片手を上げて返事をした。
「アーサーは騎士としてヴァルに協力して先に本拠地へ潜入をしていた。君達が知り合ったというジャンヌやジルも無事だ。」
ステイルがそう説明すると、二人とも驚きながらもほっと胸を撫で下ろしてくれた。そのまま「なら、皆ヴァルに捕まったんじゃなかったんですね。」とケメトが笑う。
「…オイ、もう良いか?コイツらに挨拶終わったんなら、もう用はねぇだろ。」
ヴァルが少し居心地悪そうに頭を掻く。確かに、三人の無事も確認できたし、用が無いといえばそうだけど…。
「貴方達はこれからどうするの?」
ふと、疑問を彼らに投げかける。アーサーやティアラも気になったらしく三人の返事を待った。
「アァ?帰るだけだ。下級層の掃き溜めにな。」
ヴァルの言葉にセフェクとケメトも当然のように頷いた。「家壊されたからまた探さないとですね。」とケメトがヴァルを見上げる。
そう、彼らにとってはそれが日常なのだ。
下級層の状況は私もそれなりに話に聞いたりはすれけれど、詳しくは知らない。視察でも危険な地域として下級層には行ったことなんてないし、昨日のヴァルと鎖の男との取引で行ったのが初めてだった。…瓦礫や塵が溜まり、家屋も殆どがボロボロで、屋根さえあればそこで人が眠っているような状況だったのを少しだけ見た。下級層の改善…以前からジルベール宰相が取り組んでいることの一つだ。その為の法案とかも色々出してはいるけれど、なかなか一気に改善とはいかない。ヴァルみたいに仕事のできる身体の大人はともかく、せめてケメトやセフェクみたいな子どもが大きくなるまでの最低限の暮らしとかを提供できれば良いのだけれど。孤児院みたいなのでも作るべきか、…いやそれでは根本的解決にはならない。ちゃんと大人になってからでも自分で稼いで生活できる術を身に付けないと…あれ?そういえばジルベール宰相が提案してた法案に…。
そこまで考えた途端、私はあることを思い付いてその場でがっつり考え込んでしまう。ぶつぶつと呟く私に、ステイルとティアラ、アーサーが声を掛けてくれるが極悪優秀なプライドの頭の中が高速処理で回り出して返事する暇がなくなる。
そうだ、あの法案なら…それをあっちにも応用して…うん、それにちょうどキミヒカのゲームでもー…いや、だけどそれだと当初の問題が…ん?待って、それなら…
ぐるぐると高速処理が纏まり出し、最後に私は一つの結論を叩き出した。
「ヴァル。…ケメト、セフェク。」
顔を突然上げた私にヴァル達が訝しむ。セフェクが少し引いてヴァルの下衣に掴まり、ケメトとヴァルが同時に首を捻った。
「私の下で働く気はありませんか。」
ハァ⁈とヴァル、そしてステイル、アーサーが声を上げ、ケメトとセフェク、ティアラが何度も瞬きを繰り返した。