121.騎士は萎縮する。
「ハァ……。」
「どうかされましたか?お姉様。」
私の溜息にティアラが顔を覗かせた。ステイルは予想がつくのか優しく私の背中を叩いてくれる。ここ最近はもう溜息をついて何度目だろう。ティアラも、私の溜息に慣れたのか小首を傾げながらものんびりと私の返事を待ってくれている。
「騎士団長と副団長…怒ってるわよね…。」
私の独り言のような返答にティアラとステイルが苦笑いを返してくれた。…あの後、一度ジルベール宰相の屋敷に戻った後の私達は急いで着替えを済ませ、私達は城へと帰り、ジルベール宰相はアーサーとともに騎士団…いや、騎士団長へ話をつけに行ってくれた。もし、私やステイルの正体がバレたらこうすることは事前に決まっていたことだけれど、正直原因の大元の私が謝りに…、いや怒られに行かなかったことがすごく申し訳なかった。ジルベール宰相には「こういう交渉は私の領分ですから」と満面の笑みで言われたけれど。…どういう交渉をするつもりなのかとても心配だ。四年前の前科が私にはあるし、あの時の騎士団長からの叱責が倍以上になるのではと思うと今から身震いする。お陰で昨晩はなかなか眠れなかった。
「…アーサー…大丈夫かしら…。それにジルベール宰相も…。」
ジルベール宰相と共に騎士団へ戻ったアーサー。絶対に肩身狭い思いをしているに違いない。昨日の私からの言葉だけで、他の騎士達から絶対にお咎めがないとは言い切れない。ジルベール宰相だって、本当に騎士団長を説得しきれるのか。もしあの気迫で怒られたら…。
「大丈夫でしょう。アーサーはあくまで俺達王族の命に従っただけ、ということになっていますから。それにジルベールが、…奴が弁で何者かに負ける気はしません。」
何か、最後の言葉だけは若干忌ま忌ましそうにステイルが呟いた。そのまま未だ苛々が止まないのか「国を五年も欺き続けるのと比べれば容易いものでしょう」と呟くと、ティアラに耳を引っ張られていた。
「…それに、そろそろジルベールが来る筈です。その結果を聞き次第、アーサーを呼び出し、ヴァルにも会いに行きましょう。」
ティアラに引っ張られた耳を抑えながら言ってくれるステイルに私は頷いた。私達はあの後、ヴァルや捕らえられていたケメトとセフェクは騎士団に任せていた。彼らも被害者なことには変わりないし、騎士達から簡単に事情聴取とあとは治療さえ受ければ無事に開放される。人身売買被害者保護法とかもあるから、今はちゃんと保護されている筈だ。既に何人か昨夜の時点で我が家に帰った人もいるらしいけれど、ヴァルには事前に作戦の段階で命じていたから未だ保護場所から去ってはいない。…たぶん。
取り敢えず今はジルベール宰相を待とう。
できれば、穏便に良い報告がありますように。
……
「おい、アーサー。王居から連絡があった。今からプライド様が外出されるらしい。近衛にすぐ迎えに行くようにとのことだ。」
「!はい、ありがとうございます‼︎」
先輩騎士からの連絡に返事をし、俺は急いで身支度を済ませる。プライド様が呼んでいるからなだけじゃない、速攻で騎士団演習場から離れる為に。何故なら
「アーサ〜…」
ギクリ、と俺は肩を震わせた。恐る恐る振り返るとアラン隊長がいた。「何でしょうか…?」と小さく答えると思いっきり肩に腕を回された。
「お前、今晩空いてるよな?」
やっぱりだ。そのまま断る為の言葉を探しているとアラン隊長の声に反応して他の騎士達が集まってくる。まずい。皆して「アーサー行くのか?」「アラン隊長の部屋ですか?」と早速話が進んでいる。このままじゃ俺が返事をする前に強制的に参加させられる。以前なんて飲み会を断って部屋にいたのに、アラン隊長に無理矢理引き摺り出されて皆が爆睡するまで飲まされたことがある。
「い…いや、俺はその、今日はすぐ休もうかと」
「アラン、後輩に絡むな。…ん?アーサーか。」
ギクッ!と再び俺の肩が反応する。振り返ればアラン隊長と同じく昨日の殲滅戦から早朝に帰られたカラム隊長がいる。俺の姿を確認して小さく訝しんだ後、肩を竦めた。
「…また、アランに捕まっているのか。」
溜息混じりに呟かれ、恐縮してしまい「すみません」しか言葉が出ない。
「アーサー。…昨夜の今日でろくに眠れていないだろう。今晩はちゃんと休め。体力馬鹿のアランに付き合う必要はない。」
「なんだよカラム‼︎お前だって昨晩のジャンヌ様の話聞きたいだろ⁈」
…これだ。
カラム隊長からの助け船に感謝しながら、俺は静かに息をついた。
昨晩、プライド様との殲滅戦後、ジルベール宰相と一緒に俺は騎士団へ戻った。…正直、かなり気まずかった。カラム隊長から報告を聞いたのであろう父上が既に凄い剣幕だった。他の騎士達もいたけれど、父上の無言の剣幕に言葉も出ないようだった。俺がジルベール宰相と現れた際に、まず俺の登場に目を見開き、ジルベール宰相の登場で眉間に皺をよせた。
「夜分遅くに失礼致します、ロデリック騎士団長殿。」
その中で平然と笑っていたのはジルベール宰相だけだった。
奥に通されたジルベール宰相と、父上そして副団長のクラークとの会話は今にも決闘し出すんじゃねぇかってくらいの気迫で…正直俺も怖かった。ジルベール宰相が簡単に言えば俺達がやったことを全部騎士団の手柄にして、プライド様ステイルのことは内密に。と遠回しに騎士団へ提言した。それに対し、父上が虚偽の報告を女王陛下に行えと?と睨んだら
「虚偽、と?いえいえ、あくまであの場に居合わせたのは〝ジャンヌ〟と〝フィリップ〟。その〝事実〟を騎士団の中で共通認識して頂きたいというだけですとも。」
と、薄気味わりぃ笑みで平然と答えるから驚く。
父上が長い溜息をついて、話にならないからプライド様と会談をと言ったら更にジルベール宰相の言葉は続く。
「残念ながら、もしお二人を問い詰めたとしても証拠は何もありませんよ。女王陛下と王配殿下が例え貴方方の報告を聞いたとして、それを信じられるかどうか。」
確かに、プライド様がもし女王と王配に問い詰められたとして、それを確認する方法は誰にも無い。表向きプライド様が居たのはジルベール宰相の屋敷だし、騎士団の所に瞬間移動された人達が見たのは十歳の姿のステイルだし、ステイルの特殊能力自体知っているのは騎士団と城でも極一部の人間だけだ。自分達をここまで飛ばしたのがこの国の第一王子なんて思う奴はまずいないだろう。
…やっぱステイルより腹黒ぇなこの人。
その後もジルベール宰相対父上とクラークの問答は続いた。最後には「我が国の第一王女と第一王子を騎士団の権限で尋問にかけられるものならばどうぞ」みてぇな脅しが入って、正直ジルベール宰相が悪人の親玉にしか見えなかった。最終的にジルベール宰相の提案で話がまとまり始めた時、「アーサー殿に関しては王女の近衛として護衛と秘匿を準じた迄のことですので責はありません」と言ってくれたけど、正直父上やクラーク、騎士達に申し訳なくて顔を上げるのもキツかった。
最後、ジルベール宰相が帰る間際に眉間に皺をよせたままの父上が「一つ宜しいでしょうか」と帰ろうとするジルベール宰相を引き止めた。
「プライド様…いや、〝ジャンヌという少女〟は…また、我々騎士団への助力の為にあの場に現れたのでしょうか。」
それならば許されない、とはっきりと言う父上にクラークが複雑そうな顔をした。四年前、プライド様が父上を助ける為に戦場へ現れた時、父上はすげぇ怒ってた。きっと父上もクラークも同じ事を考えたんだろう。でも…
「いいえ。その逆です。」
俺が口を出すより先にジルベールが首を振った。
「あの御方は全く別の理由で人身売買の組織の存在を知り、あの場に自ら飛び込むことを決められました。しかも、最初はたった一人で赴こうとまでしておりました。」
ジルベール宰相の言葉に父上も騎士達も驚き、目を丸くさせる。そりゃあそうだ。俺だってプライド様がそのつもりだって知った時は驚いた。
「その後、私は提案致しました。騎士団に助力を求めたら如何かと。」
そこまで言って、ジルベール宰相は騎士達を端から端まで見てから笑み、続けた。
「あの御方…いえ、プライド様は仰りましたよ。〝 そうですね、騎士団ならば私も信頼できます〟と。」
騎士の誰もが息を飲んだ。
誰でもない、プライドさまからの言葉だ。クラークだけでなく父上も流石に驚いたようで、さっきまで刻まれていた眉間の皺が伸びた。
「プライド様は間違いなく、貴方方を信頼しております。それだけは断言致しましょう。」
そういって心から微笑むジルベール宰相の言葉を聞き、やっと俺もそれに頷けた。父上は最後「それならば余計、我々に全てお任せ頂きたかったが…」と唸ったけど、そこはジルベール宰相が「そこはまぁ、あの御方の性分ですから。」と返していた。
ジルベール宰相が帰った後、俺からも父上やクラーク、そして騎士の方々一人ひとりに謝った。皆、俺のことよりプライド様が戦場にまた現れたことを驚いていたからわりとすんなり受け入れて貰えたけど、…父上は少し未だ俺に難しい顔をしていた。眉間にまた皺をよせて「さっさと特殊能力者の治療を受けて来い」と言ってそのまま三番隊との通信へ向かってしまった。父上が去るまで頭をずっと下げていたら、クラークが俺の肩を叩いてくれた。
「あれは心配しているだけだよ。…痕、ちゃんと消して貰え。」
そういって俺の首の痣を指差した。鎖の男に締められた時の痣だ。そういやぁ結構すごい痕がついているとステイルが言ってた。片手で見えない自分の痣をさすりながら返事をすると最後に「無事で良かった」と笑ってくれた。…やっぱり未だにクラークには敵わない。
そうして騎士の特殊能力者に治療を受けてひと段落ついた…かのように思えたのは本当に束の間だった。
その後騎士団は後処理に追われ、あの時の爆弾を二回も落としてきたのが何者かの調査や推測とか、更には早朝返ってきた一番隊三番隊から保護された民への受け入れと保護所への案内とで慌しくなった。それでも最後には各自順番に休憩を回して、俺も少し仮眠を取ろうとした時
「アーサー‼︎ジャンヌ様の話しようぜ!」
…アラン隊長に捕まった。父上から通信でプライド様のことを秘密にとか色々報告は受けたらしいが、箝口令の代わりに許可を得た〝ジャンヌ〟という呼び名が既に一番隊と三番隊では浸透し、そのまま噂の的になっていた。帰ってきてからもアラン隊長からはずっとプライド様…ジャンヌの英雄譚が語られ、それを聞いた他の騎士達がそれを聞いては大盛り上がりだった。時々作業の手が止まっているとカラム隊長に怒られていたが、それでもアラン隊長は興奮が冷めないようだった。…この人よく四年前の箝口令でもプライド様のことを秘匿できたなと思うくらいに。
そして、アラン隊長に引き摺られるまま俺は同じ休息時間の騎士逹に囲まれて一緒にプライド様の戦い振りを話す事になった。俺としても昨晩迷惑をかけた身だし、騎士達の希望を無下にする訳にもいかず結局不眠不休で今の今までずっと騎士達にプライド様の話をしていた。
だから、今すげぇ眠い。
昨晩はこれだし、その前の晩はプライド様とヴァルとティアラのことで眠れず、その前まではステラの名付けで…気がつけばここ最近殆ど寝てないことに気づく。
でも、今日はステイルに話もあるし多分また眠れねぇんだろうな、とぼやける頭で覚悟した。…あれ、俺この後どうする予定だったんだっけ。
「それとアーサー。何故、身支度などをしているんだ。これからプライド様のところか?」
アラン隊長が文句を言いながら作業に戻るのを見送る俺に、カラム隊長が再び声を掛ける。
あれ…俺そういやぁ何か急いでいたような…
「あ⁈」
プライド様に呼ばれていたことを思い出し、思わず叫ぶ。カラム隊長が溜息混じりに「もう寝ろ」と呟いた。
「すみません!俺、近衛で呼ばれてっ…失礼します‼︎」
「待て、アーサー。」
突然呼び止められて一瞬つんのめる。振り返ればカラム隊長が俺に近づき、俺の肩に両手を置いた。萎縮して思わず肩が震えると「深呼吸を三回しろ」と言われる。よく分からず三回すると、「少しはすっきりしたか?」と言われた。頷くとそのまま「プライド様は少し遅れたくらいで気を悪くされる方じゃないだろう、ならば安全に確実に向かえ。今、お前はかなり身体に無理をしている。」と窘められた。カラム隊長だって昨夜から殆ど寝てねぇ筈なのに。
「昨夜、お前はちゃんとプライド様を守った。気に病む前にそれを忘れるな。」
真剣な目でそう言われて、思わず唇を噛み締める。カラム隊長の言葉の意図が嫌でもわかってしまい、誤魔化すのもやめて正直に頷いた。「ならば良い、行ってこい」と背中を叩かれ、俺は礼を言って今度こそ走り出す。
「…やっぱカラム隊長、すげぇ…。」
うっかり思ったことが口から溢れた。カラム隊長の言葉を何度も反復しながら、俺は駆ける足に力を込めた。