120.残酷王女は去る。
ヴァル達を騎士団に任せ、私とステイルは急ぎ洞穴の方へ駆け出した。
ステイルが能力を使っているところを誰かに見られないよう、騎士達の視界に映らない場所へ短く瞬間移動を繰り返しながら確実に洞穴へと近づいていく。そしてすぐ傍まで辿り着いてから二人で一気に駆け込んだ。他の騎士達に紛れて視界に入ったその横顔に、私は思わず嬉しくなって声を上げる。
「アーサー!」
私の声にアーサーが凄い勢いで振り返り、こちらに駆け出してきてくれた。
騎士達の影から子ども姿のジルベール宰相も私の声に気づき、同じように走ってきてくれる。他の騎士達も気づき、目を丸くして私達に注目した。彼らの様子をみてもそこまで酷い重傷者はいないようだ。流石我が国の精鋭騎士、直撃だけは免れてくれたらしい。良かった、みんな無事だったのねと声を上げようとした瞬間
アーサーに思いっきり抱き締められた。
あまりに突然のことに目を丸くして驚く私へアーサーがぎゅっと力を込める。
「…どっ、こ…行ってたんすか…!俺、いますげぇ心配で、そのっ…てっきり…‼︎」
絞り出すようにそう語り、小さく口ごもるアーサーに、私は驚いた。そうだ、爆撃があった後から姿を消してしまった私を、優しい彼が気にしない筈がない。
ジルベール宰相を見れば、心から安堵した表情でその目には小さく涙が浮かんでいた。彼もまた私のことを心配してくれていたのだ。「御無事で何よりです」と優しく掛けてくれたその声も僅かに震えていた。
私を抱き締めてくれるアーサーからは強く歯を食い縛る音が聞こえた。何かを堪えるようにその腕には更に力がこもり、少し苦しい。それでも私は彼の痣だらけの首と、ジルベール宰相の首を一緒に両腕を回して引き寄せた。
「心配かけてごめんなさい、二人とも。大丈夫、私は平気だから。」
そう言って私からも抱き締めると、それに反してアーサーの腕の力が少し緩まり、ジルベール宰相がそっと私とアーサーを抱きしめ返してくれた。
ふと、私の横に並んだステイルが「アーサー」と彼に声を掛ける。アーサーが気がついたように顔を少し動かし「目ぇ、覚めたのか。…身体は。」とステイルの身体を気遣った。ジルベール宰相からも「体調はいかがですか」と声を掛けられる。
「問題ない。……悪かった。」
最後は小さく、気まずそうにそう呟いた。その言葉はアーサーだけでなく、ジルベール宰相にも向けられた言葉なのが私にもわかった。
そのままアーサーが少し気を取り直したように「それで、一体何処にいらっしゃったんすか」と私へ声を掛けた。…思わず言葉に詰まり、固まってしまうとジルベール宰相とアーサーがそれに気づき、二人同時に「まさか」と声を合わせた。ステイルに助けを求めるが、こればかりは首を振って断られた。むしろ遠回りに「ちなみに崖から落ちたヴァルは無事、姉君が助け出した」と言った途端、二人が確信を持って私へ顔を向けたのが嫌でもわかった。
「あ…いえ、その…。…ほら!ス…フィリップならきっと来てくれると思っ」
「アーサー?」
突然、騎士達の中からゆっくりと赤毛の騎士隊長が進み出てきた。その背後に続くように苦笑いしたアラン隊長や檻で会った騎士のエリックが私達へ歩み寄ってくる。赤毛混じりの騎士隊長はジルベール宰相のパーティー以外でも何度か式典でお会いしたことのある…そう、カラム隊長だ。アーサーの名前を呼んだ後、眉間に皺を寄せたまま首を捻った。
「か…カラム…隊長…。」
アーサーが慌てたように背中へ私を隠し、カラム隊長に姿勢を正して向き直った。背中越しからもアーサーは幾らか萎縮した様子がよくわかる。
「あ…その、カラム隊長が何故ここに…?三番隊は救護した民の護衛にいるのでは…。」
「アランに〝ジャンヌ〟という少女を探して欲しいと呼ばれてな。それに私も馬車から消えた少年を探していたところだ。それよりも「何故ここに」はこちらの台詞だ。何故一番隊と三番隊の任務に八番隊のお前がいる。大体今日は近衛の任務では…。」
淡々と話すカラム隊長が、アーサーの陰にいる私に気づき、言葉を止める。んん?と顔を覗かせ、「その子がもしや、アランが言っていたジャンヌか?」と私に近づいてくる。アーサーが隠そうとしてくれたけど、カラム隊長に軽く肩を叩かれた途端にビシッ‼︎と姿勢が伸びてしまった。そんなに怖い先輩なのだろうか…?
「君がジャンヌか?怖かっただろう、もう大丈…、…。」
固まった。
暗がりの中、私の顔をまじまじと覗きこんだカラム隊長がそのまま表情ごと固まってしまった。背後でアラン隊長がカラム隊長を指差して笑い、エリックがおろおろとした様子で私達を見比べている。他の騎士達も不思議そうにカラム隊長の背中から私を覗きこもうとそわそわし出した。
「あのっ…カラム隊長、その、この子はー…」
アーサーが慌てるようにカラム隊長へ声を掛けようとし、そのまま口ごもった。アラン隊長の時のあの勢いはどうしたのだろう。
目だけでステイルとジルベール宰相に尋ねると、二人とも無言で頷いた。…仕方がない、恐らく他の騎士の中にも勘付いている人はいるだろう。
「…アーサー・ベレスフォード、説明しろ。近衛騎士のお前がここにいる理由、そしてあの御方の在りし日にそっくりの少女。さらには騎士団の独房に突然現れたー…」
カラム隊長がアーサーの両肩を掴み、今にも白状させようとじっと真剣な目でアーサーを捉えた瞬間
アーサーがその場から消失した。
カラム隊長が目の前のことに「なっ…⁉︎」と一歩引いて声を漏らし、目を丸くさせた。アーサーが消え、その代わりにアーサーがいた場所には黒髪の少年がいるのだから余計にだ。
「君はもしや、救護馬車から突然消えたというー…」
どうやらカラム隊長が探していたという少年はステイルのことだったらしい。目をパチパチさせながらステイルの顔を覗きこみ、眉間に皺をよせ、…気づいた。
「…なっ⁈もしやっ…やはり⁉︎」と声を上げ、その反応にアラン隊長もなんだなんだと隣へ駆け寄ってくる。すると、ステイルはまた瞬間移動で消え、一瞬で私の隣に移動した。小さく振り返ってみると既にジルベール宰相が居なかった。たぶんアーサーより先に瞬間移動されたのだろう。ステイルが隣に来たことで私への視線が余計に増す。他の騎士達もざわざわと声を漏らし始めた。
…そして私は、ゆっくりと彼らに向き直り、礼をする。
「第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーです。騎士団の皆様、この度はありがとうございました。お陰で私も私の大事な人達も誰一人命を落とすこともなく、そして何より大事な国民を無事、救い出すこともできました。」
私がはっきりとそう告げると、騎士達が全員どよめいた。そして次の瞬間にはカラム隊長、アラン隊長を始めとした全員が慌てた様子で私達の前に跪く。
「私と我が愛しい弟ステイルのことは騎士団長に報告して頂いても結構です。我が代理の者がこれから直接お話に伺います。…ただ、アーサーは私の近衛騎士としての任に準じただけです。どうか責めないであげて下さい。今回の彼は単なる私の護衛でこの場に居合わせただけに過ぎません。」
私の言葉に騎士達からの返事が同時に返ってきて、私はそのままステイルへゆっくりと手を伸ばした。ステイルが優しく私の手を取り、そして一緒に騎士達を見直す。
茫然と目を丸くして私とステイルを凝視する騎士達に「失礼します」と笑みを返し、私達はその場を後にした。
民の為に全身全霊を尽くしてくれた彼らへ、せめてとの心からの感謝を込めて。
……
ガチャ…ガチャ…ガチャ…
「きっも‼︎今の爆弾で誰も死んでねぇの⁈死んどけよ!せめて五、六人くらいさぁ⁈」
楽しそうに空から覗き込みながら、彼は笑う。そのまま独り言のように「あー、でも…いやいやいや誰か死んでるだろ?死んでるよな⁇威力大したことないっていっても爆弾だぞ爆弾⁇何のためにわざわざお前ら目掛けて放ったと思ってるんだよ?」とぶつぶつと呟いた。爆風が晴れ、やっと様子を見れた時には誰もがうじゃうじゃと蠢いていた。崖の近くで騎士や誰かが集まっている時にはここで爆弾を落とせばとも思ったが、残念ながら全部ひと思いに使い切った後だった。
「つーまーらーねーえーー!やっぱバケモンだフリージアの連中は全員。」
バタバタと気球の淵を叩きながら唸る。そして最後に両拳を思い切りドンッ‼︎と叩きつけた途端にティペット以外の周囲の男達がビクリと身体を震わした。
「ま、俺もそのバケモンだけど。」
ぼそり、と呟くように言葉を放つ彼は、そのままニタニタと嫌な笑いを浮かべながら男達へ向かい両手を広げてみせた。
「はーい注目〜!これから我が国に撤収ー!俺達が来た時にはもうフリージアが攻め込み終わってましたー!爆弾は馬鹿な誰かが全部間違って使っちゃいましたー!」
そう言いながら、一番手近な男の鎖を引っ張った。そう、…
「俺の特殊能力で最悪な死に方するのと、国に帰ってから普通に処分されるのどっちが良い?」
男がそのままその場に震えて崩れ落ちると、彼は全く気にしない様子で「大丈夫大丈夫ーあくまで念の為だって。誤魔化せなかったら代わりに死んでもらうけど」と軽い様子で背中を向けた。そのまま周りの男達に帰国の準備をしろと命令をする。
ガチャガチャ…と、彼らの手足の鎖が動くたびに音を立てる。
「忘れるなよ?お前ら奴隷なんか俺達にとっては商品でしかないんだ。」
そして、と。彼は言葉を続けて改めて下を見下ろした。目下ではフリージアの騎士達が未だ蠢き続けている。気球の淵に足をかけ、彼は騎士達を嘲笑う。
「待っていろ、フリージア。お前達もいつか全員我が国の商品棚に陳列してやる。」
殺意と狂気をもって、彼は笑う。騎士が、フリージアの民が地面に這い蹲り、鎖に繋がれる姿を目に浮かべながら。
「このアダム様率いる、ラジヤ帝国がな。」
彼…アダムの引き攣るような笑みと共に、気球は闇夜に溶けていった。