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119.罪人は取り戻す。


王子の瞬間移動で視界が切り替わると、目の前には大量の馬車と馬が並んでいた。


フリージア王国の騎士団のモンだ。ちょうど馬車の影で俺と王子、そして王女意外は誰もいねぇ。「取り敢えず俺がいた救護馬車の傍に移動しました、洞穴の方は今どうなっているかわからないので。ここからは人目につかないように短い瞬間移動で洞穴まで向かいましょう。」

「待って。さっきの爆撃の被害がここはなかったのか確認させて。」

王女が自分の手を取る王子を止め、そのまま馬車の影から顔を覗かせた。十一歳の小せぇ身体でよく見えねぇらしく、背伸びをしながら顔をキョロキョロさせてやがる。俺も見渡すが、壊れたり倒れた馬車はいくつか見られるが、怪我人は殆どいなかった。恐らくさっきの爆撃は俺達がいた洞穴付近を中心に投下されたんだろう。人身売買の連中か、それとも騎士団を狙ってか。

「あっ…あそこにいる人達、私と同じ檻にいた人達だわ。」

良かった皆無事みたい、と王女が息をつく。こんな時にまで他人の心配なんざどんだけ人が良いんだこの女は。

王子が横に並び、俺もつられるように見れば囚われていたであろう連中が馬車の中や傍に座り込んでいる。更にその周りを複数の騎士が囲い、守るように配置されてる。一時的に保護した奴らを一箇所に集めて守っているらしい。王子がそろそろ移動しましょうかと王女に声を掛ける。王女が頷き、更には横にいる俺の手を掴む。…その時だった。


「あ゛…あ゛あ゛ぁ…」


騒めきに紛れて甲高い声が聞こえる。ガキの泣き声だ。思わず王女の手を振り払い、その声に耳を澄ませる。「保護された子どもの誰かかしら」と、声に気がついた王女も呟く。


…違う、この声は。


気がつけば、足が動く。

身体中が瓦礫に揉まれ、鎖に痛めつけられ、一歩すら無駄に動きたくねぇってのに、勝手に引きつけられるように身体が動く。一歩一歩が遅れて身体に響き、腕の傷から血が更に溢れ出した。

保護された連中が座り込む馬車、その…反対側だ。騎士が俺の姿に構えるが、王女と王子がすぐ傍に付いて何やら言うと騎士からの警戒も解かれた。そのまま騎士を横切り、馬車の裏側まで身体を引き摺る。

ガキ共の泣き声が更につんざくように響き、耳が痛くなる。馬車の裏側に回れば、既にそこにも人混みができていた。泣き喚くガキ共が他の保護された連中や騎士に背中を向け、二人でぎゃあぎゃあと泣き喚いている。あまりに酷く泣く姿に騎士すら近付くことができねぇ状態だ。…いや、むしろ近付いて暴れたのかもしれねぇ。アイツならやるだろう。昔から俺やケメト以外の…特に大人相手には警戒心が強かった。瓦礫拾いの俺の同業者とも自分から話をしようとはせず、俺の背中越しでしか受け答えもしなかった。物乞いから水売りにすぐ変えたのだってどうせテメェから大人に関わるのが怖かったからだ。アイツはアイツで、ケメトが絡まねぇと自分からは何もできやしねぇ。

…俺と初めて会った時も、どうせ無い勇気全部振り絞って纏わり付いてきたんだろう。ケメトをガキ共から投げられる石から守る為に。過去に親からとんでもねぇ扱いを受けた所為かと…それに気づいたのは何年前だったか。

「もしかして、いるの…?そこに…。」

王女が俺を見上げ、問う。俺の背丈と違って背の低いガキの王女と王子には、この人混みじゃケメトとセフェクは見えねぇんだろう。契約の主からの問いに一言答え、一歩ずつ人混みを手分けして退かし、前へと進む。全員さっさと押し退けたかったが、暴力も敵わず何より身体中が悲鳴を上げて力が殆ど入らねぇ。

…近づけば近づくほど、その背中はケメトとセフェクだった。

動物が空へ吼えるみてぇに、嗚咽を混じえながら声を上げて泣いていた。言葉ですらねぇ吼え声に、何度もヴァル、ヴァル、と俺の名が聞こえた。馬鹿みてぇに俺の名を繰り返し、また吼え、泣き噦る。涙を垂れ流す目を擦ることもなく上を見上げ、ひたすら顔を、服を、地面を濡らし続けてた。嗚咽と泣き声が混ざり合い、「あ゛あ゛あ゛‼︎」とまた二人揃った吼え声が耳を劈いた。


…なんで、そんなに泣いてやがる。


むず痒さと胸の痛みで吐き気がする。今までコイツらがこんなに泣くことなんざ四年間一度もなかった。奴らに拐われた時だって、こんなに枯れちまうような泣き方はしなかった。意味がわからねぇ、せっかく五体満足で助けたってのに。

ふらつき、傍に居た騎士に倒れそうなところを支えられる。屈辱だ、騎士だの王族だのに世話になるなんざ。俺の上手く回った人生を滅茶苦茶にしやがった連中に。


…それでも、身体は叫んだ。

アイツらを目の前で掻っ攫われたあの時に。

失いたくないと、手放したくないと。

うざくてうざくて堪らねぇ、あのガキ共を取り戻したいと。

俺の意思なんざ関係なくひたすらに叫び続けた。


〝誰か〟と。


頭じゃ嫌だと、あんな連中に頼るぐれぇなら死ぬ方がマシだと。そう訴え続けたのに、心臓がそれを許さねぇ。

踠き、暴れ、のたうち回り、それでもアイツらを取り戻したいと願っちまった。


この、胸の痛みはなんだ。

この、吐き気にも似たムカつきは。

この、苛つきは。

この、息苦しさは。

この、胸くそ悪りぃ気持ちの正体は。


〝大事〟だと。〝心配〟だと。

あの王女は俺の感情に名をつけた。


俺の〝大事〟はもっと軽かった。テメェのことだけ考えて生きれば良かった、あの時までは。

俺の〝心配〟はもっと楽だった。どれほど考えようと、結局は俺みてぇな人間は堕ちるところまで堕ちるのだと、それさえわかっていりゃあ例えどうなっちまおうと気楽だった。


こんなに重く苦しい感情を…俺は知らねぇ。


死んだ方がマシだと、そう思うほどに感情が暴れ回り、身体が言うことをきかねぇ。

アイツらのことを考えると、…苦しくて、苦しくて、仕方がなかった。


騎士の手を借り、再び立て直す。また一歩、一歩とアイツらの背中へ近づいていく。俺に気づいた周りの連中が、避けるように俺へと道を開けていく。未だに泣き喚き、俺に気付きもせず空へと吼えるガキ共二人の背中を目の前に見据える。声を掛けるか躊躇い、そのままガキ共の背中を前に立ち尽くす。このまま死んだことにして身を隠せば一生コイツらに纏わり付かれることもなくなると、過去の俺が囁いた。近くで見れば、ケメトもセフェクも耳まで真っ赤にしてやがる。垂れ流した涙が顔を、服を、地面を酷く濡らす。喉が震え過ぎて「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ!」と発作みてぇな声を漏らす。


…俺は、記憶の中じゃ泣いたことなんざ一度もなかった。

親に捨てられようと、嬲られようと、隷属の契約を命じられようと…目の前のことが現実だとただ受け入れるだけだった。…あの、夜以外は。


頭の中で、王女から放たれたあの言葉が何度も蘇る。うざってぇあの言葉が、鮮明に。


膝をつき、腕を広げる。

それだけで身体中が悲鳴を上げ、歯を食い縛る。そのまま倒れ込むようにガキ共の背中へ覆い被さり腕でそれぞれケメトと、そしてセフェクの肩を抱く。ビクリと二人の肩が跳ね、セフェクが真っ赤にした目で振り向きざまに一撃食わせようと手を俺へ構えた。ケメトもセフェクの手を握り、怯えた目で振り返る。そして、


目を、見開いた。


馬鹿みてぇに口を開け、目を丸くして絶句する。ここまで間抜けなツラみるのも初めてだと、思わず鼻で笑ってやる。


…次の瞬間、二人同時に俺へと飛びついた。

直前に俺の名を呼んだようにも聞こえたが、涙声と嗚咽で言葉になっていなかった。馬鹿力で俺の首に飛びつきやがったせいで息が詰まった。情けねぇことに、まるでガキ二人に支えられるようにしてなんとか地べたに突っ伏すことなく膝をついたままで持ち堪える。


セフェクが俺の耳元で大声で泣き喚きやがるから耳が痛ぇ。甲高い泣き声に頭まで痛くなる。

ケメトが俺の身体に顔を埋め、俺の服を濡らす。涙が傷口に染みて更に身体が痛む。

…変わらねぇ、死ぬ程うざってぇガキ共だ。



なのに今はもう手離せねぇ。



口が、動く。

唸るように声が漏れる。

言わずにはいられねぇ、この言葉を。

できるもんなら誰の耳にも届かず、ガキ共のこの喚き声で塗り潰されてくれと願いながら。










「………本当に…うざってぇ、家族だ…。」










闇夜の月が、俺達を薄く照らした。


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