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117.惨酷王女は笑う。


ピィィィィィィイイイイイイッッッ‼︎‼︎


……聞こえる。これは…合図だ。

つんざくような甲高い笛の音。この、鳴らし方は…。


プライドだ。


『…何かあれば、必ず合図を。』


そうだ、俺が言った。…プライドに。


薄く目を開ければ薄ぼんやりと視界が開く。

ぼんやりと、今の状況や記憶の前後よりもさっきの音の方に思考が巡る。

今の音は…気のせいか?


…いや、違う。

プライドが、俺を呼んでいる。

自身の力でも…アーサーでもジルベールでも騎士団でもヴァルでも誰でもなく…


この俺を。


ー 行かないと…!

頭が完全に覚醒する。


行かないと、今すぐに彼女のもとへ。


この世で最も大事な人が、この俺だけを呼んでいる。



……



「ッステイル‼︎」


ステイルに伸ばされた手へ私は腕を伸ばす。そして掴み、強く握り返した瞬間に視界が一瞬で変わった。


ドサッ、と。

空中にいたせいか、少し宙に浮いた状態で瞬間移動してそのまま数センチ下へ着地した。

ヴァルが仰向けのまま私達の下敷きになる形で地面に転がり、その上に彼の首に腕を回した私とステイルが重なるようにして倒れて込んだ。


…良かった、ちゃんとヴァルも無事だ。合図を用意しておいて本当に良かった。


未だ現実を把握しきれていないように茫然とするヴァルの首からゆっくりと手を緩めながら私はひと息ついた。

ステイルが私やアーサー、ティアラみたいに特定の相手への瞬間移動が可能になってから、私達はステイルを呼ぶ時の合図を決めていた。


それが、指笛だ。


ゲームの中でもプライドがステイルを呼び出す時に使っていたし、一番確実だと私が提案した。恐らくこれもゲーム内での設定都合なのだろうけれど、ステイルは指笛の音に関してはもの凄く敏感だった。城からかなり離れた城下からアーサーが試しに指笛を鳴らした時もステイルの耳には届いたほどに。…まぁ、でも基本的に私とステイル、ティアラはずっと一緒に居るし、アーサーも昨日私達の所に猛ダッシュしてくれた時みたいに第一王子を呼び出すなんてとか言ってなかなか使わない技だけれど。でも昨日、ステイルから教えて貰って早速使ったジルベール宰相にはなかなかの好評だった。


「…ッ何故あんな所にいたのですかプライド⁈」


ステイルが声を荒げて私の方へ一気に起き上がる。そのままじっ、と私の顔を覗き込むステイルに私は思わず苦笑いして口元を引攣らせた。

「ええと…その、…ヴァルが崖から落ちちゃって…。」

言い訳も思いつかず正直にそう答えると、ステイルは一瞬気が遠くなったかのように頭を後ろへ傾け、手の平を自分の額に叩きつけた。小さな声で「それで飛び込んだと…」と呻くように呟き、ぐったりと項垂れた。

「…もし俺が合図に気づかなかったらどうするつもりだったのですか…?」

ステイルの話によると私の指笛の音で目が覚め、起き上がるよりも先に瞬間移動してきてくれたらしい。そのまま片手で顔を覆い項垂れるステイルを見て、珍しさもあってか何だか少し可笑しくなり笑ってしまう。確かにステイルの言う通り、あの時指笛に気づいて貰えなかったら私はヴァルと一緒に崖下でぐしゃり、だったけれど…それでも。

「そうね、確かにそうなのだけれど…。」

私は苦笑いしながら、ステイルと繋いだままの手にもう片方の手も重ね、両手で彼の手をぎゅっと包み込んだ。


「ステイルなら絶対来てくれるって、…そう思えたから。」


今まで何度も自分を支え、助けてくれたステイルだからこそ、そう思えた。合図の音さえ耳に届けばきっと来てくれると。さっきまでどれ程の騒音や声掛けにすら応じず目を覚まさなかった彼だけど、自分がピンチの時には必ず来てくれると…そう、確信とも言えるくらいに。

そう思って笑うと、ステイルは目を丸くした後に少し顔を赤く染めて私から顔を逸らした。怒ったのかとも思ったけれど、一泊おいて私の方へ再び顔を向けてくれた時、少し照れたような優しい笑顔を向けてくれた。それが嬉しくてそのまま私はステイルを思い切り抱き締めてしまう。

「ステイルは私の王子様ね!」

いつもずっと傍にいて、時には一瞬で駆けつけて私に手を差し伸べてくれる。甘えかもしれないけれど、絵本で読む王子様のようだと本気で思えたから。…でも、国の第一王子にこんなことを言うのも逆に失礼だったかしらと後から少し反省する。

ふと、私の言葉に今度は何も反応し���いステイルに今度こそ呆れられたのかと不安になる。恐る恐る抱き締めた腕を緩めて離れ、ステイルの顔を覗き込むと…


顔が茹でダコのように真っ赤になっていた。


無表情のまま放心状態のように固まるステイルに、え、え⁈と驚き、もしかして強く抱き締め過ぎただろうかとかそんなに怒らすことを言っただろうかとか考えを巡らしながら私が慌てる間もステイルは動かない。どうしよう、もしかして急に動いたから熱が上がったとか体調が…


「…おい、姉弟でイチャつくのは俺の上から降りてからにしろ。」


低い、溜息混じりのげんなりとした声が下から聞こえた。見れば、ヴァルがやっと状況を受け入れたかのように私達の下敷きになりながら目だけでこちらを睨んでいた。しまった、退くのを完全に忘れてた。

謝りながら茹でダコのステイルの手を引き、彼の上から降りる。そこでやっとヴァルが上半身を起こし、頭をガシガシと掻いた後に改めて周囲を見渡した。そのまま「で、ここは何処だ…?」と尋ねるヴァルは未だに現実感が戻ってないような様子だった。

私も気が付き、周囲を見回す。てっきり崖上の何処かかと思ったけれど、見回してみると…

「俺の稽古場だ。」

そう、顔の赤みが少し薄れたステイルがポツリと答えた。そのまま「一瞬のことで何処が安全かわからなかったので」と私へ話してくれた。

「…バッ…ケモンが。」

バタン、とヴァルが完全に呆れたようにまた地面に倒れ込む。でもさっきまで落下中だったのに急に我が国に戻ってきていたら、呆気を取られるのも無理はない。

気を取り直したようなステイルが「それで姉君、一体何が…?」と私に尋ねてくれる。そこで、私自身がはっと息を飲む。そうだ爆撃‼︎皆無事だろうか。私はヴァルが落ちた瞬間に追い掛けるように崖下へ飛び込んだからあの後の皆の安否を確認できていない。ステイルに早く崖上へ!と早口で状況を説明した後にそう頼むと、彼は私の手を取り、


もう片方の手をヴァルへ差し出した。


ステイルの今までのヴァルへの態度から察すると問答無用で引っ掴むかと思ったのだけれど。無表情ではあるけれど、自分からヴァルが手を取るまで待つような仕草に私もヴァルも少し驚いた。そのまま、ヴァルがステイルの手を掴んだ瞬間




私達の視界はまた一瞬で切り替わった。


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