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115.罪人は、落ちる。


ー …何故…俺が、こんな目に。


瓦礫が、足場だった岩塊が、落ちていく。

軽く首を捻って下を覗き込んだが、全く底が見えやしねぇ。崩落した土塊と瓦礫の塊の中で俺だけが一人、崖下の常闇に吸い込まれていく。

いっそこれほどの落下だと宙に浮かんでるような錯覚さえ覚える。セフェクを放り投げた体勢のまま、落ちてきた崖を見上げるような、仰ぐような体勢で背中からどんどんと落ち、空に浮かぶ月が遠く離れ瓦礫に隠れて消えた。

浮遊感が、ここまでくりゃあ心地良い。


ー …俺ともあろう人間が、ガキ一人の為にこんな。


…いや、一人じゃねぇか。ケメトが瓦礫に潰されると思った時は、頭でわかっていてもその場から離れられなかった。アイツが死ぬなら最後まで俺も踠いて駄目なら一緒に死んでやると馬鹿なことも考えちまった。俺を置いて去っていた王女サマには感謝すらした。…意味がわからねぇ。

自分のことさえ良ければ、他がどうなろうとどうでも良かった、俺が。

気晴らしの感覚で人の命を掃いて捨ててきた、俺が。


もう、手放したくないと思っちまった。


ケメトを、セフェクを二度と失いたくないと。

無くす直前の姿を何度も何度も思い起こし、その度に胸が締め付けられ、吐き気がして、心臓が気味悪く脈打ち、奥底から胸糞わりぃ知らねぇ感情が込み上げる。

あんな思いはもうこりごりだと。

死んだ方がマシだと、そう思っちまうぐらいに。

四年前の俺なら、信じねぇだろう。

こんな情けねぇ、落ちぶれた俺なんざ。

たった二人のガキに、テメェの全部を持ってかれちまった俺なんざ。


『…答えます。何故、貴方が苦しんでいるのか。それが貴方への罰だからです。』


昨夜の王女サマの言葉を思い出す。

なんつー最悪な〝罰〟だ。これじゃあ拷問じゃねぇか。

変わっちまった。テメェだけが幸福ならそれで満足だったこの俺が。

苦しんでいるアイツらの事を考えると苦しくて苦しくて仕方がねぇ。

アイツらが笑っていると…あんな暮らしすら悪くねぇと思っちまう俺がいた。


『貴方が今までそうした分、きっと貴方はこれから先ずっと苦しみ続けるのでしょう。』


なら、もう終わりだ。


これで良い。

やっとこのしんどさから開放される。

アイツらのことで嬉しくなったり、辛くなったりすることももう無くなる。

感情がぐちゃぐちゃに蠢き、テメェが変わっちまうあの感覚ともおさらばだ。

そう思えば、ここで死ぬのも悪くねぇ。

むしろ、ちょうど良い。


『答えます。何故、貴方の知る〝大事〟とは違うのか。それは貴方が今まで本当に大事なものを持たなかったからです。』


そうだ。俺は大事なモンなんざ一つも無かった。

昔から何も持ち合わせちゃいなかった。

だから、気楽で身軽で何だってできた。誰に心を揺り動かされることもなかったし、他人を理解してやる必要だってなかった。

俺はそれで良かった。

あんなに楽で、何も考えねぇで、自分だけは生き長らえ続けることができたのに。


なのに。


セフェクへ手を伸ばしてた。

テメェが死ぬことになるのなんざ、わかりきったことだったってのに。

それでもセフェクが落ちるよりはずっと良いと。

セフェクが死ぬよりマシだと。


セフェクを助けられて…良かったと。


テメェが落ちることよりセフェクが助かったことにほっとした。

俺みたいなのよりセフェクが助かった方が良いに決まってるとか、ケメトにはまだセフェクが必要だとか、国民全員をぎゃあぎゃあ助けたいと喚いていた王女の望みとか。

そういうの全部抜きにして、ただ勝手に身体が先に動いた。


ー 〝大事〟…か。


上か下かもわからず、背中へ吹き荒れる風圧だけに煽られながら考える。


ー 最後に手に入れられたのか、俺は。


脳裏にケメトとセフェクの姿が浮かぶ。

今まで手にしていなかったそれを、やっと手にすることができたのかと。

そして、守り通すことができたのかと。

最後の最後に手にし、そして最期まで守りきれたというのなら…




わりと悪くもねぇ人生だ。




自嘲じみた満足感に浸り、自分の意思で目を閉じる。ただ下へ下へと吸い込まれるその感覚に身を任








「ッ目を開けなさい‼︎ヴァルッ‼︎」








は、と。

突然響き渡ったその声に思い切り強く目を見開く。俺以外は瓦礫しか落ちていない筈のその空間に。


奴は、いた。


俺のように天を仰ぐような体勢じゃねぇ。

真っ直ぐと。まるで深海へと潜るみてぇに下へ下へと落ちる為、頭を下に俺の方へと急速に落下してきているその影は。


「な、ン…⁉︎」


言葉が出ずに息を飲み、目を疑い近づいてくる影から目を離せねぇ。


「命令です‼︎私の手を掴みなさい‼︎」


王女の命令に、理解するよりも先に身体が動く。必死に腕を天へと、王女へと伸ばしー…


掴み取る。


ガシッ、と手と手がぶつかり握り合う音がしたと思えば、王女が強引に自分自身を俺へと引き寄せるように腕を引き、そのまま反対の腕を俺の首へと回し、更に密着するように引き寄せる。

「ッなにしてやがる⁈テメェまで死んっ…」

やっと言葉が出る。意味がわからねぇ、何やってやがるこのガキは?もう捕まっている連中は全員助けた‼︎ケメトとセフェクも無事だ‼︎なのに何故、何故コイツがまだ俺へ手を伸ばす必要がある⁈


「ッ貴方も、私の国民でしょう⁈」


何の、迷いもなく言い放つ。

真っ直ぐと俺の目を見て告げるその言葉に、瞬きすら忘れる。

王女が俺の首に回していない手の指を口へと運ぶ。風圧でテメェの髪が乱れ舞う中、上か下かもわからねぇ真っ暗闇の天へと向かい、思い切り息を吸い込み、そして次の瞬間


ピィィィィィィイイイイイイッッッ‼︎‼︎


崖全体に、いやそれ以上に響き渡る程の甲高い音が鳴り響いた。耳鳴りのような、つんざくその音に俺は顔を顰める。そして王女がもう一度指笛を鳴らそうと息を更に吸い込んだその時


「プライド!」


今度は別のガキが声が響く。振り返り、その姿を確認すると王女から満面の笑みが溢れた。

「ッステイル‼︎」

嬉しそうに王女が腕を伸ばし、テメェへ差し出された王子の手をしっかりと掴み取った。



…次の瞬間、俺の視界は一瞬で切り替わった。



ー …どうやら、王女サマの俺への〝罰〟はまだ暫く続くらしい。



浮遊感の無い地面の感触を背中で感じながら、他人事のように静かに、そう…悟った。


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