113.惨酷王女は目撃する。
「あの〜…プ、…ジャンヌ様。色々説明して頂けます…か?」
小さく振り向くとアラン隊長や他の騎士達が私達へ歩み寄っていた。まずい、アラン隊長の他にも栗毛の人とかも檻の前とかジルベール宰相のパーティーでも見覚えがある!確かエリック。他の騎士達も並んでいて速攻で再び私はぐるりと顔を彼等に背けた。アーサーが前に出て、庇おうとしてくれる。エリックが「アーサー。もう隠しきるのにのも無理があるぞ…?」とアラン隊長の背後から苦笑いしてこちらを見ている。…とうとうがっつりアーサーの存在が騎士達に確認されてしまった。アラン隊長は未だ私を「ジャンヌ」と隠してくれてはいるけれど、そろそろそれも難しくなってきた。もうこうなったら、と若干覚悟を決めたら今度はジルベール宰相が私の前に立って、説明をしてくれた。…いや、上手く誤魔化そうとしてくれたと言う方が正しいかもしれない。まだ十一歳の妹は後先考えずに…とか。ヴァルの特殊能力がこんなところで開花するとは私達もー…とか。アーサーは極秘に潜入捜査を宰相に依頼されていてー…とか。恐らく今は全て其の場凌ぎだろう。ジルベール宰相は作戦前に「何が起きようともお任せを」と、かなり含みたっぷり自信満々に言ってたし。
ジルベール宰相が説明してくれてる間、私はせめて顔は見せないようにと彼等に背中を向けたまま、小さくセフェク達の様子を覗いた。
未だにケメトを抱き締めて泣き噦っているセフェクと、それを少し開けた距離でじっと眺めてヴァルがいた。何故か何かを考えているかのように仏頂面のまま、無言で唇を引き絞って彼女達を見つめている。何か思うことでもあるのだろうか。そして、セフェクが一頻り泣いた後、小さく顔を上げてヴァルへ視線を向けた。そのままケメトから手を離し、今度はヴァルの方へ駆け寄った
ー 瞬間、空から爆弾が降り注いだ。
ドガァッドガァドガァッドガァッッ‼︎
連続で激しい爆音が耳のすぐ傍で響き、四方からの爆風に吹き飛ばされてその場に集まっていた誰もが散り散りになった。
キーンと耳鳴りが酷く、グラグラと頭痛で揺れる視界の中、土煙の隙間から時折人がいるのが見えた。騎士か、ジルベール宰相達か、ヴァル達か、視界がぼやけてそれすらもわからない。暫く身を屈めたまま待ち、「お前ら無事か⁈」「負傷者は声を上げろ‼︎」とうっすら騎士達の声が聞こえてきて、私もやっと耳鳴りが治った頃にゆっくりと立ち上がった。
ぼやけながら私の視界に映っているあの影は誰か。
目を凝らしてみると、その影が耳を抑えながらゆっくりと私と同じように起き上がる。大人の体格から騎士の誰がだろうかと思ったが「おいセフェク!ケメト‼︎」と叫び声を聞いて、姿がはっきりする前にヴァルだとわかった。
ヴァルの方も正面にいた私に気づき、軽く眉間に皺を寄せるとキョロキョロと周りを見回した。彼等や他の人達もその辺に飛ばされただけなら良いのだけれど…。そう思った時だった。
「ッヴァ…ル…!」
セフェクの声だ。彼女の呻き声が掠れるように耳に入った。私とヴァルも気づき、周りを見回すが煙が邪魔でよく見えない上、他の人達も声を掛け合い始めたせいでセフェクの声が上手く聞き取れない。もしかして爆撃で負傷したのだろうか、と不安が過った時だった。
「!ヴァル‼︎うしろっ‼︎」
私は思わずヴァルの背後を指差し、声を上げた。セフェクだ。大分飛ばされたらしく、崖の手前一メートルの程の位置に転がり、足を捻ったのか転がったまま痛そうに顔を歪め、足を引きずっていた。「セフェク!」とヴァルが叫び、彼女へ駆け寄り手を差し伸べようとした途端
彼女のいた足場が、丸ごと歪な音と共に崩落し始めた。
まるでケーキの先にフォークを突き立てたようにストン、と綺麗に崩れ落ちようとしていた。さっきの爆弾の衝撃だろう。突然の出来事に反応することができない彼女は目を丸くしたまま身動ぎ一つしなかった。
「ック…ソ…がァァアアアアッ‼︎」
突然の落下に足場に失い出した彼女へヴァルは勢いのまま飛び込み、無理矢理に腕を伸ばし、硬直する彼女の腕を掴んだ。そのまま共に落下しながらも身体をぐりん、と捻らせ、力任せにセフェクを上へと投げ飛ばす。下への重量から上への推進力に振り回されながらも彼女はドザッという音とともに崖上の地面に背中から落下した。突然の衝撃と背中からの痛みに息を詰まらせ、小さな身体で強く咳き込んだ。
「セフェク‼︎」
ケメトの声がして、はっと顔を上げる。落下から、放り投げられ、ここへ再び落下するまでが一瞬のことで頭がついていかない。それでも弟の声を聞き、やっと意識がはっきりした。ケメト!と叫んで倒れたまま手を伸ばし、無事だったのねと喜んだ。
その直後、ケメトの口から「ヴァルを知らないですか?」と聞かれるまでは。
目を見開き、腕の力で無理矢理起き上がり崖を見る。さっきまで自分がいた場所が綺麗に無くなっていた。さっきの一瞬のことが夢でもなく、そして自分の身に、ヴァルの身に何が起こったのかをそこで初めて理解して全身の血が凍った。
そう、自分は落ちたのだ。あそこから。そしてヴァルが自分だけを上へと放り投げてくれた。ガタガタと遅れて身体が酷く震え、喉が干上がった。ケメトがどうしたんですか、足に怪我をと声を掛けてくれるがそれどころではない。
自分はこうして崖上にいる。そして、ヴァルは。
「ヴァルッ‼︎‼︎」
再び彼女の高い悲鳴が崖上に木霊した。