109.惨酷王女は再び命じる。
「あと少しだ‼︎逃げ遅れてる奴らはいないか⁈」
「隊長!エリック班は既に救出を終えて三番隊と合流したと連絡が繋がりました。」
「いよっしゃ‼︎じゃあ後は俺達が逃げるだけだな⁈」
通信の特殊能力者からの報告にアラン隊長がガッツポーズをし、撤退の足を強めた。私達もそれを聞きながらお互い目配せをし、安堵した。良かった、逃げ遅れた人も居ないのなら…
「それが今!こちらの洞穴の中に保護した子ども二人が飛び込んでいったという連絡が」
「ッまさか‼︎」
報告を聞いていたアラン隊長よりも先にヴァルが反応する。私も多分考えたことは同じだ。アラン隊長が「何やってんだカラムは‼︎」と叫びながら、取り敢えず二手に分かれる道までは全員注意して確認を!と指示を飛ばす中、私は通信の騎士に尋ねる。
「その子ども達はどうやって騎士をくぐりぬけてきたのですか⁈」
私が声を上げると同時にアーサーに顔を出さないようにと頭を再び押し込められる。そのまま今度はジルベール宰相が誤魔化すように「どんな子どもでしょうか?」と質問を騎士へ重ねてくれた。
「十歳前後の男女だ。まだ詳しくは確認が取れていないが、水の特殊能力で逃げられたと…」
「ッだあああああ‼︎あンッのクソガキ共ッ‼︎」
ヴァルが雄叫びのような怒声が響かせるとともに足を速め出した。そのまま先導する為に私達に足を合わせてくれていた騎士達をも追い抜いていく。引き止めようとしたけれど、タイミング悪くそれよりも大きな声で「おい待て‼︎」というアラン隊長の声に打ち消されてしまった。今度こそ呼び止めようとしたら今度はヴァルの「セフェク!ケメト‼︎」という怒鳴り声に打ち消される。騎士達も追おうとしたが、広くない路で、崩落の為に崩れ落ちてきた瓦礫から自分達や私達を守るので精一杯のようだった。その時。
「ヴァル⁈」
少女の、声だ。聞き覚えがある、セフェクの声だ。私が気づくよりも先にヴァルが更に足を速めて走った。アラン隊長も連絡にあった子どもの声だと判断し、後ろの騎士達に「速めるぞ!」と叫び、更にスピードを上げていく。子ども姿のジルベール宰相に肩を貸していた騎士が、とうとう彼すらも抱えて走り、私達全員が一つの塊となってヴァルの背中を追うように二手に分かれた道まで進んでいく。私達が最初に、特殊能力の是非を尋ねられた場所だ。
「ッヴァル!ヴァル‼︎」
私達が追いついた時には丁度、セフェクが目に涙を浮かべながらヴァルへ飛びついたところだった。まだ十一歳で背丈の低いセフェクが身体の大きなヴァルの腰にしがみつく。ヴァルはそれを両手で受け止めながら「ケメトはどうした!」と声を荒げた。
「ケメト、ケメトがあそこにっ‼︎」
ヴァルの服を引っ張り、セフェクが指差した先は既に崩落による瓦礫で道を完全に塞がれた、中級以下の檻への道だった。なんで一緒にいねぇんだと叫ぶヴァルに、どっちの道に進むか悩んでいたところで二人の間に瓦礫が落ち、引き裂かれたことをセフェクが説明する。
ヴァルが舌打ちをしながら目の前の瓦礫をなんとかしようと別方向へ向けて特殊能力で土壁を構成した。能力に引きずられて道を塞ぐ瓦礫がいくらか動くが、思うように移動できない。…瓦礫が多すぎる。土壁を作るにもヴァルが動かしたい瓦礫が動いてくれる訳ではない。彼の特殊能力はあくまで自分の前に土壁を作ることと、自分を中心としたシェルターを作ることの二つだけだ。瓦礫を思い通りに操る能力ではない。
騎士達が撤去作業をしようとするが、それより先にまた地響きのように洞穴が揺れ、瓦礫がガラガラと降ってきた。騎士が剣で破壊しようかとも試みるが一箇所の岩がボコリ、と崩れたところでブロック消しのように上から更に瓦礫が落ちて塞がれてしまう。私が剣を振るおうかとも思ったけれど、多分結果は同じだ。一箇所を破壊したところでまた更に上の瓦礫に埋められてしまう。
「クソッ!ケメト!ケメト‼︎返事をしろッ‼︎」
アラン隊長が、とにかくここに立ち往生する人数だけでも減らそうと騎士達に指示を飛ばす中、ヴァルが必死に素手で目の前の瓦礫を逃そうと力任せに岩を掴み、引っ張り出す。更に大きな瓦礫が落ちて塞がった穴の小さな隙間に更に手を突っ込み、また瓦礫を引っ張りだそうと足掻いた。岩に手が何度も挟まれ、力任せに岩を掻き出せば爪が割れ、剥がれ、手も切れて血塗れになっていた。
それでもヴァルは、躊躇うことなく何度もケメトの名を呼び続け瓦礫に向かって穴を掘り続ける。
騎士達が数人手伝い、瓦礫の岩を外し始めるがその間も洞穴自体の崩壊は止まらない。騎士達がせめて私達だけでも避難させようとするが、私はアーサーにしがみついて拒否をした。「彼らだけでも先に」と叫び、ジルベール宰相とステイルだけでも避難させてもらう。ジルベー��宰相は自分も残ろうとしてくれたけど、私が弟をお願いと頼むと、顔を険しくはしつつも無言で頷き、そのまま出口まで連れられていってくれた。セフェクもヴァルと残ると抵抗したが、強制的に騎士に抱えられて連れて行かれてしまった。
「アーサー!ジャンヌ様を絶対死なすなよ‼︎」
騎士二人とヴァル、そして私とアーサーが残り、アラン隊長が歯を食いしばりながら他の騎士達とジルベール宰相達を先導していった。ジルベール宰相達を見送ったあと、私も堪らずアーサーから降りてヴァルや騎士達と一緒に瓦礫を剥がし、掘り始めた。アーサーは最初私が掘り始めたことに戸惑ったけど、すぐに一緒に瓦礫を掘り始めてくれた。悔しい事に非力かつ十一歳の身体の私は殆ど役に立たなかったけれど。ヴァルや騎士達が片手で掘り起こす岩を私は両手で思い切り踏ん張らないと取り外せない。
「…ヴァル?」
崩落が更に激しくなり、アーサーと騎士達が私とヴァルだけでも強制的に避難させようとした時だった。
小さく、くぐもるような声で確かに少年の声が聞こえた。見れば、小さく貫通させることができた穴からケメトが顔を覗かせている。
「ッケメト‼︎そこから動くんじゃねぇぞ‼︎」
貫通した穴を広げるように騎士が、ヴァルが、アーサーが、そして私も微力ながらにそこを掘り進める。私の腕が通るかなくらいの穴から、なんとか大人腕一本分の幅まで広がってきた時だった。
ガラララララララララッ‼︎
激しい音に思わず振り返れば、今度は私達の足場が崩れ始めていた。それに気づいた騎士達が「まずい!この地帯は崖上だぞ⁈」と叫ぶ。それを聞いて私は思わず一瞬息が止まった。上からだけではない、足場からもとうとう危険が迫っている。
早く、ケメトを助けないと。
瓦礫の向こうにいるケメトの叫びによると今本人は瓦礫と瓦礫の間に挟まれた状態らしい。前からも後ろからも瓦礫に阻まれ、全く身動きが取れないと。
なら、瓦礫がこれ以上崩れる前に彼を助け出さないといけない。逃げ場もない場所ではこのままケメトが潰されてしまう。
「!そうだわ、ヴァル‼︎今ケメトが近いのだから、今特殊能力で自分を中心に瓦礫の」
ドームを作れば!と言おうとした途端に「駄目だ!ケメトの体格じゃ俺の能力で瓦礫と一緒に飲まれちまう‼︎」と声を荒げた。
「ッもう良い‼︎テメェらは出口に行ってろ!」
ヴァルが歯をギリリと鳴らしながら私達へ叫ぶ。暗に〝自分だけ残る〟と言っているのだ。…彼はわかっているのだろうか。例え自身の特殊能力を使っても崖の崩落の時のようにはいかない。今回は足元からも崩れているのだから。自分の周りを瓦礫で覆うだけで精一杯な彼は、足元が崩落したらきっと為すすべもない。
騎士達がそんなことはできない、とヴァルをとうとう避難させる為に二人掛かりで瓦礫から引き剥がそうとする。だが、ヴァルは瓦礫に腕の力で齧り付き「やめろッ‼︎」と怒鳴った。
「テメェらは新入りの騎士か⁈それとも覚えてねぇのか‼︎俺は罪人だ‼︎四年前の騎士団襲撃でテメェらの騎士団長嬲って捕まって隷属の契約に堕とされた大罪人だ!」
だから放っておけと、一息に早口でヴァルが言い切る。だが、それでも騎士は構わず彼の身体を掴み、引き剥がそうとした。しかし彼も頑なに動かない。私が思わず「ヴァル」と声を掛けると、その途端「ッ言うな‼︎」と叫び、血走らせた目で私を睨みつけてきた。
「ッ言うな…‼︎絶対にっ、命じるんじゃねぇ…‼︎」
フーッフーッと獣のように荒い息を吐きながら、ヴァルが唸った。私が命じれば隷属の契約通り彼がどれほど拒んでも無理矢理この場から撤退させることができる。それを先に、彼は拒んだのだ。…当然だ。
それはケメトを見捨てるということになるのだから。
ー …これは、きっと間違っている。
そう思いながら、私は敢えて口を開く。騎士達と未だ抵抗を続け、瓦礫を引き剥がそうとしがみつく彼へ。
「…ヴァル。」
私の言葉に目を見開き、喉だけで「やめろ」と呻く。私が命じれば、彼は逆らえられない。
崩壊が続く中、静かに私はヴァルの目を真っ直ぐに捉えて、…命じた。
「素手と土壁の能力で私達を引き剝がしなさい。」
騎士達が、アーサーが、私の発言を理解するよりも先にヴァルが動いた。許しを得たその両手で騎士を突き飛ばし、特殊能力を振るう。瓦礫を積み上げ、高い土壁を騎士と自分との間に構築していった。瓦礫の山がガラガラとヴァルの姿を隠す中、彼は小さく私の方を振り返り
…笑っていた。
洞穴の崩落と瓦礫の土壁が積み上がる音で聞こえなかったが、確かに私へ向けて彼の口が動いた。
「ありがとよ」と。
それだけを見届け、彼は私達の前に土壁が築かれ、彼は姿を消した。
言葉を絞り出せない私をアーサーが再び抱えた。そのまま騎士二人へ「行きましょう」と声を掛けたアーサーが、先導するようにそのまま駆け出した。騎士二人も、何か察したように無言でアーサーに続く。
アーサーの肩にしがみつき、ぐっと歯を食いしばる。それでも涙が目尻に滲み、堪らなくアーサーの肩に顔を埋めて擦りつけた。ヴァルがいた場所が、土壁が、どんどん小さくなって、瓦礫に降り落ちていく。
…こうするしか、なかった。
ヴァルの望みがこれだったのだから。
外にはセフェクがいる。彼女のことを考えるならせめてヴァルだけでも連れて帰るべきだった。
でも、彼はあの時確かに望んでいた。
ケメトを救えないくらいならば共に瓦礫の下敷きになることを。
ー その後すぐに私は、この決断を酷く後悔することになる。