108.罪人は出逢った。
「命令は以上です。貴方は解放されました、この城から出て行きなさい。」
…訳の分からねぇ命令の後、俺はそのまま城から追い出された。意図は知らねぇが、とにかくこれでもうあの王女に関わらなくて済むことに安心した。
あれは、バケモンだ。
十一歳のガキが剣や銃や素手、更には俺の特殊能力まで知っていた。今思い出しても怖気が走る。俺に何の気紛れで処刑か隷属か選ばせたのかは知らねぇが、あんな異質な生物がこの国の王女なんざ気味がわりぃ。隷属の契約さえなければ今すぐにこの国から出てるってのに。
『貴方は、これから解放となります。…この先、どう生きるつもりですか。』
そんなの、分かる訳がねぇ。
この生き方しか知らなかった。その手段を全て奪われ、いきなり真っ当に生きようなんざ無理な話だ。
だが…まだ、死にたくはなかった。
いつ殺されてもおかしくねぇ生き方をしてきた筈なのに、目の前にそれをぶら下げられた途端に死にたくねぇと思っちまった。今までテメェの命と金だけを一番に生きてきた報いか、生への執着が無駄に強くなっちまった。
もうこれで全てが終わるのが、掻き毟るほどに嫌だった。
とりあえず、数年ぶりに以前の下級層の住処へ戻ることにする。別に何の思い入れもねぇが、他に行く所も思いつかなかった。三年前まで俺が身を寄せていたゴロツキの吹き溜まりに戻ることもできねぇ。犯罪行為全般を禁じられた俺にはもう関われねぇ世界だった。
適当に歩けば、すぐに住処に辿り着いた。住処だった場所が残っていた事がむしろ意外だった。住処、といっても屋根と壁があるだけの空間だ。どうせもう無くなっているだろうと半分思っていたが。
「そこには何もないわよ。」
突然、住処に足を踏み入れようとした途端に声を掛けられた。振り向けば、ボロボロの格好をした女のガキが俺を見ていた。…見たところ七つってところか。人身売買で色々と売ってきたお陰か大体の年齢は見積れる。今はもう役に立たねぇ目利きだが。
「アァ?…テメェ、ここに住んでるのか。」
別に驚くことじゃねぇ。空き家があれば誰かが住む。大人でも老人でもガキでも変わらねぇ、下級層の暮らしなんざどこもそんなもんだ。俺だって下級層に放り込まれたのは八つの頃だった。
「住んでないわ。寝てご飯食べて隠れているだけ。」
それを住んでるって言うんだが。相手にする気にもなれず「ああそうかよ」と適当に返し、背中を向けた。
「…帰るの…?」
ガキが意外そうに声を漏らす。隷属の契約さえなければこんなガキさっさと捻り殺していたが、今はもう無理だ。「興味ねぇ」とだけ言い残し、さっさとその場から離れようとした時。
カンッ
突然俺の後頭部に石が飛んできた。振り返れば俺が来た方向と反対側から十歳前後のガキ共が石を片手に振り被っていた。俺を狙った、というよりも俺に当たったという様子だ。さっきまで俺に対していた女のガキを狙って。
…これも、大して珍しいことじゃねぇ。俺がガキの頃から全く変わっちゃいなかった。テメェより弱い立場へ石を投げる、この忌習は。
石が当たったことに腹が立ち、ガキ共をそのまま睨み付ける。石を振り被る手を震わせ、ガキ共が顔を真っ青にして逃げていく。褐色肌ではあるものの、昔と違い図体のデカい俺に喧嘩を売れる程の度胸はガキ共にはなかった。…いや、この辺りの何処にも居やしねぇだろう。石を俺に当てたガキ共も殺してやりたかったが、契約のせいで指先一つ出す事も叶わなかった。
舌打ちだけ残し、今度こそ俺はその場を去った。適当な廃墟を選び、そこを今晩の仮住まいにする。…屋根さえあれば良い。今回は屋根付きが見つかったが、例え無くても地べたと瓦礫さえあれば能力でテメェを囲うこともできる。昔みてぇに過ごす、それだけだ。
取り敢えずそこに身を屈め、今晩の宿にした。
その日は早朝から騎士団と国に帰った上、あのバケモンとの対話、そして石投げのガキと色々あったせいで疲れていた俺はそのまま泥のように眠りについた。
そして翌朝。
目が醒めると俺の仮住まいの横には昨日のガキが座っていた。…何故かもう一人更に小せぇガキを、膝に抱えて。