107,惨酷王女も、知り得ない。
「セフェク…、セフェク、起きて下さい。」
ケメトは気を失っているセフェクをゆっくりと揺り動かした。
う、う…と小さく呻きながら、セフェクは目を開ける。視界が広がり、最初に目に映ったのは今にも泣き出しそうな少年、ケメトの顔だ。ケメト…?と未だに状況を理解できずに呟くと、ケメトが再び口を開いた。
「ヴァルが…居ないんです。」
その言葉にセフェクは一気に覚醒し、身体を起こす。周りを見回せば馬車の中だった。自分達以外にも檻に捕らえられていた人が座り込んだり、目を丸くして扉を開けたままにされた馬車の外を眺めている。セフェクが馬車の中から身を乗り出し、外を見渡す。
「カラム隊長!無事捕らえられた人々の保護は終わりましたが、自分達はアラン隊長達のもとへ…」
「ダメだ、エリック。原因は未だわからないが、このままでは洞穴崩落の恐れもある。」
「カラム隊長!先程の降って来た爆弾は一体…⁉︎」
「未だわからない、俺達三番隊はここで洞穴から出てきた連中を討伐しながらずっと監視をしていたが…爆弾が落ちてきた時には敵らしき軍は周囲や上空にも見当たらなかった。…この暗闇では未だどこかに紛れている可能性も大いにあるが。」
「では今のうちにこちらだけでも更なる爆弾の追撃に備えてっ…」
騎士がバタバタと走り回りながら、馬車の周りを右往左往している。馬車の傍にもやはり檻の中にいた人の内の何人かが座り込み、壁に寄りかかっていたが、セフェクの探し人らしき人物はいなかった。
「アランは!もう一つの檻に捕らえられた者を救出に向かった隊はまだ戻らないのか⁈」
カラム隊長と呼ばれた騎士が歯痒そうに声を荒げる。そのまま「また敵の殲滅ばかりに気を取られているのではないだろうな⁈」と心配そうに歯を食いしばった。
「…もう一つの檻…。…上級…。…ッヴァル!」
セフェクがはっ、と振り返りケメトを見る。ケメトは依然として泣きそうな顔で何度も彼女へ頷いた。「行きましょう」とセフェクはその手を取り、馬車から飛び出した。馬車の中にいる人が引き止めたが彼らは止まらない。洞穴に向かい、走り出す途中で騎士にも引き止められ追われたが、彼女の放水攻撃で煙に巻かれる。終いにはケメトを抱きしめた彼女が背後に向かい勢いよく水を放射し、その勢いで大砲のように二人同時に洞穴へ向かって飛び出した。
「ヴァル‼︎」
彼女達は走り出す。
崩落が既に始まり、今にも崩れ出しそうな洞穴の中へ、一瞬の躊躇いもなく。
ー それが。
「ケメト!どっちの道行けば良いかわかる⁈」
ー 更に、事態の混乱を招くことも
「わからないです!セフェク、瓦礫に気をつけて下さい‼︎」
ー 更に、彼を追い詰め窮地に立たせることも
「ケメトはあっち!私はこっちからヴァル呼ぶから‼︎」
ー 幼い彼らは理解もせず
「!ぁ…うわ…セっ、セフェ」
ー ただひたすらに
ドシャアァァアアアアアアアアッッ‼︎
ー 動き続けることしか、できなかった。
「ッケメト‼︎‼︎」