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106.罪人は捨てられた。


…ヴァル。

この世の何もかもに見捨てられた、俺の名だ。


母親は、産まれも育ちもこの国だった。異国から近隣諸国までを渡り歩く商人として訪れた親父と恋仲となり…俺を産んだ。

国と国を回ってたもんだから物心つく頃までに親父と俺が会った回数は記憶の中じゃ片手分にも満たない。親父は帰る度、土産代わりに自分の国の品を置いていったから、俺にとっては〝時々異国の物をくれる人〟程度の認識だった。関わったのだって、親父の国の言語を土産の本と一緒に読んで聞かせてくれた時くらいだ。肌の色が親父似に産まれた俺にとって、目の前の国の連中よりも、俺と同じ褐色肌の人間ばかりという親父の故郷の話や文化の方がずっと興味深かった。


そして俺が七つの時、母親は一年以上帰ってこない親父に見切りをつけ、この国の別の男と恋仲になり、下級層の掃き溜めへ俺を捨てた。

もともと俺なんざ目に入っても見ていなかった母親相手に、不思議と捨てられた悲しみはなかった。

物心つく前から俺に何もしねぇ母親のお陰で身の回りのことは大体できたし、別に住む場所も屋根があれば環境も大して変わらねぇと。むしろ親父への怨みや泣き言を聞かされず済むだけ楽だとも思えた。


理不尽な暴力の世界に、この身が晒され続けるまでは。


今まで殆ど家の隅にいただけの人生で、窓の外の国民と親父と母親のみの世界で、俺は知らなかった。

俺にとって肌の色が違う国民が〝異質〟なのと同じように、奴らにとっても俺が〝異質〟なのだと。


最初は物陰で寝ている時に石を投げられた。歩けば同じように汚ねぇ格好をしている連中にまで指を指された。毎日何の理由もなく下級層の男達には殴られ蹴られ踏まれ唾を吐きつけられた。〝抵抗〟というものを知らなかった俺はひたすらされるがままになり、奴らにとってはただの良い的だった。ゴミを漁りながらなんとか生き続け、ある日刃物を持てば俺を嬲る為に近づく奴等が減る事に気がついた。だが、何度かはそれで逆に武器を奪われ生殺しにもされた。

特殊能力を始めて使えるようになったのもその時だ。死ぬと思ったその時に、瓦礫が俺を包みナイフや連中の足蹴から俺を守った。応用なんざ壁くらいしかできなかったが、自分の身を守ることに関してこの上ない武器だった。

寝る時もこれさえ使えば雨風や石に身体を打たれることも、寝込みを襲われて八つ裂きにされる心配もなくなり、布を被って震えることもなくなった。

身体がデカくなるにつれ、今度は奴等の真似をして自分より弱い相手を脅し、奪う方法も身につけた。この特殊能力を売りにして、デカい集団や組織の中に入れば他の連中に襲われることもなくなり、食う物にも困らなくなった。


脅し、蹴落とし、奪い、裏切り、傷つけ、殺す。


それさえ躊躇なくできれば、自分一人生き抜くことは難しくない。

弱い奴が挫かれる…俺も通ったその道に他の奴らが転がったところで何とも思わなかった。

そのまま、下級層のゴロツキだった俺が国外の崖地帯での良い儲け話を聞いて飛びついたのは大体十五の頃だった。

崖下から旅人や行商人を襲い、奪い殺し売り飛ばす。

反吐がでるほど簡単な仕事だ。

肌の色から周囲と浮く俺にとって、儲けも良い上に国外にも出れる願っても無い機会だった。

国を出て崖地帯で噂の野党集団に会い、話をつけた。特殊能力を見せればそれなりに良い地位も預かれた。崖地帯で仕事するのに俺の特殊能力は重宝された。俺以外フリージアの人間がいなかったことも居心地が良かった。

そこから三年。躊躇いなく仕事を続け、上手くやってきた。


…ある日、行商人だと思った連中にフリージアと隣国の同盟関係に亀裂を入れたいと依頼を受ける時までは。

計画は失敗し、俺だけが生き残り、仕事も生活も地位も手下も全てを奪われ、隷属の身へと落とされた。



当時十一歳のガキだった、フリージア王国第一王女の手によって。


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