105.惨酷王女は逃げる。
…あと、少し。
「ッヴァル!貴方は土壁で我が弟とジル、そして自分の身を守りなさいっ‼︎安全が確認できるか私の許しがあるまで出て来てはなりません!」
鎖の男を粛清した後、私は急いでヴァルに声をかける。私の命令を聞いてヴァルは「クッソ!」と悪態をつきながらステイルとジルベール宰相のもとへ駆け出した。やはり、彼の特殊能力は自分を中心に作ることしか叶わないらしい。でも、今はかなり助かる。
ジルベール宰相が未だ目を覚まさないステイルをしっかりと抱き寄せ、私に向かって頷いた。ヴァルが特殊能力を駆使し、瓦礫を集めて瞬時にドーム状のシェルターを構築していく。崖の崩落からも守った強固なシェルターだ。本人入れて三人までは収容可能なのは実体験済みだし、これで彼らは安全の筈だ。
「アーサー、まだ戦えますね?」
私が振り向けば、既に彼は臨戦態勢だった。「当然です」と、首の周りの痛々しい痣を手首で擦りながらもその目はギラギラと燃えていた。
「ジャンヌ様も戦うんですか⁈」
アラン隊長が未だに敵の返り血を頭から滴らせながら私達の方へ駆け寄ってくる。何故かまた目をキラキラさせている。私が頷けば「じゃあ良かったらこれどうぞ!」と私に自分の返り血塗れの団服を私に羽織らせてくれた。いや血塗れの団服は…と思った瞬間。私は自分の格好を見て、急遽思考が中断された。
「…ッ!っっっっきゃ…‼︎」
もう、いっそ声が出ない。
思わず羽織らせてくれた団服を両手で掴み、押さえてその場に蹲る。どうしました⁈とアラン隊長が驚いたように覗き込み、アーサーの方を見ると私から顔を逸らして耳まで真っ赤にしてる。
あああああ!またやってしまった‼︎こんな格好でっ…‼︎
十一歳の身体から十五歳の身体になったことで子ども服から手足が伸びてはみ出し、気がつけばミニスカ程度の範囲しか隠せていない‼︎こんな格好でさっきまで跳んだり大股で駆けたりしていたのかと思うと身体中が熱くなってくる。例え血塗れだろうがこの団服は有り難く使わせて頂こう。
パンッパンッ!
突如、私達へ向けて銃弾が飛び交う。私もアーサーもアラン隊長も飛んで避け、一気に気を引き締める。そうだった、まだここは戦場だ。「ジャンヌ!」と声が聞こえてアーサーの方を振り返ると自分の袖の服を破いて布を私に放ってくれた。跳んで宙に舞うそれを受け取り、それを顔がバレないように口元へ巻く。焼け石に水だけど、無いよりずっと良い。その間にアラン隊長が私達に発砲した男を一刀両断する。
「銃を、私に‼︎」
声を上げ、アラン隊長が「仰せのままにっ!」と亡骸から銃を奪い取り放り投げてくれた。受け取り、剣の代わりに今度は銃を構える。騎士団と戦う男達の手を、足を狙い確実に撃ち抜いていく。もともと圧倒していた騎士隊だ。少し相手の戦力を削ってやればすぐに一撃で仕留めてくれる。なるべく他の騎士達の前に姿を現したくないし、今は銃が丁度良い。
アーサーが素手で敵を無力化しつつ、その度に奪った銃を私に放り投げてくれるお陰で補充にも困らなかった。流石騎士団に加えてステイル、そしてあのジルベール宰相にも手解きを受けていただけあって剣無しでもかなり強い。ナイフを避け、回し蹴りで払い、飛び跳ね、恐ろしい瞬発力で銃弾すら避け切り、時には背負い投げまで披露してくれた。気がつけば、その場に生きて立っているのは見事に騎士達だけだった。周囲に他に敵が潜んでいないか確認し、そして一拍置いて、全員が時の声を上げて勝利に歓喜した。
「次ィ‼︎このまま他に生き残りがいないが洞穴内をしらみ潰しに探せ‼︎囚われた民なら保護!敵は一人残さず生かすな‼︎」
アラン隊長の号令に騎士達が声を上げ、統制のされた動きで
ドッガァァアアアッ‼︎ドォォオオオオッ‼︎ガッガガァァァアアア‼︎
突如、耳に劈く爆音と振動が数度連続で私達を襲った。
地震のように地面に全体が揺れ、天井からパラパラと破片が崩れ落ちてくる。「なんだこれは⁈」「敵の攻撃か⁈」「まだ勢力が残っていたのか⁈」と騎士達が口々に叫ぶ。あまりの振動に足元がふらつく程だ。
「落ち着け!作戦変更、一時撤退だ‼︎あと救護すべき人間が残っていないか隊を…」
「ヴァル‼︎」
アラン隊長の言葉を聞いて、私はヴァルを呼ぶ。私の言葉を合図に瓦礫のドームが崩れてヴァル達が姿を現した。「この揺れはどうなってやがる」と聞こうとするヴァルへ先に私が彼に問う。
「他に捕らえられている人達は居ると思う⁈」
ヴァルはこの系統の専門家だ。それにステイルがどこまで捕まっている人達を逃したかも彼が一番よく知っている。ヴァルは私の問いに少し驚いたように目を丸くした後、「いや…」と口を開いた。
「ここに捕まっている連中は一人残らずコイツが逃した。他に隠し場所があるなんざありえねぇ。」
コイツ、と言いながらヴァルは視線だけでステイルを指した。ステイル、あんなにボロボロになるまで皆を逃してくれたんだ。思わず涙が滲みそうなのをぐっと堪える。
ヴァルの言葉を聞いてアラン隊長が頷き、騎士達全員に撤退命令を出した。怪我人には手を貸し、エリック達がまだ逃げ遅れていないかの確認と、必要なら応援をと指示を飛ばす。
騎士達全員が今度こそ駆け出し、私とアーサーもジルベール宰相達に駆け寄った。ジルベール宰相に手を伸ばせば、この手を掴んで年齢操作でまた私を十一歳の姿に変えてくれる。身体が縮み、団服をぶかぶかにしながら未だに眠るステイルの額を撫でた。小さく呼吸の音が聞こえて心からほっとする。
「ジャンヌ、行きましょう!」
今度はアーサーが私に手を伸ばし、また顔が見えないように抱えてくれる。ぶかぶかになった団服を取り外してアーサーがアラン隊長へ放り投げた。肩を怪我しているジルベール宰相と気を失っているステイルを騎士達がそれぞれ肩を貸し、抱えて走り出す。ヴァルもそれに続くように駆け出した。何が起こったのか、この爆破音はなんなのがわからないまま、今は逃げ出すことだけを考える。
とにかく今は早く逃げないと‼︎
……
ガチャ…ガチャ…ガチャ…
「とにかく逃げろ〜、とか騒いでんのかなぁ、あいつら。」
ケラケラと上空から笑いながら男が崩れていく洞窟を見下ろしている。
「いや〜、後処理の為に持ってきた爆弾無駄にならなくて良かった良かった。なぁ?ティペット。」
男はティペットと呼ばれた全身ローブ人間に声を掛けた。頭からローブを被ったそれが、男が女かすら判断はつかない。
「半分しかまだ投下してねぇけど、威力なくても数あれば案外いけるもんだな〜。こう、じわじわ崩壊して行くのを見るのも味わいがあるっつーか…なぁ?」
夜じゃなけりゃもっとよく見えるのに。と零しながら投げかける彼の問いかけに、ティペットは頷かず、ただ聞いた。まるで人形のように全く反応を見せない。
「取り敢えずはこのまま出て来るまで見物するから、お前らちゃんと操縦しろよ?少しでも操縦誤ったらここから投げ落としてやるからな。」
軽い口調の彼に、周りにいる男達が身体を震わせた。彼が本当にそれをする男だとわかっているからだ。
「あ。あとお前、ちゃんと仕事しとけよ?フリージアの連中にバレたら洒落になんねぇからな。」
ティペットに指を指し、「ここ最近はあの国も昔みたいに情報網もチョロくねぇんだ」と続けた。
ティペットは初めてそこで小さく頷いた。自分の役目をただ、全うする為に。
「折角来たんだ、せいぜい僕を楽しませてくれよ?フリージア騎士団。」