104.惨酷王女は振るう。
「ッ大丈夫です‼︎我々が必ず御守りします!前の者を押さずに付いてきて下さい‼︎」
騎士の指示を聞きながらも、囚われていた人々の焦りは消えない。檻から出た者から早く、早く外へと無意識に急ぐ足を抑えることができず駆け出す。
「列の間が空いているぞ‼︎動けない者には手が空いている騎士が手を貸せ‼︎」
「負傷者のいる後尾の護衛は自分がします‼︎背後は自分が守るので先輩方は動ける者をどうぞ先に‼︎」
後衛を自ら名乗り出たエリックは民達を焦らせないように声を掛けながら、時には騒ぎを嗅ぎつけた一味を順々に粛清していた。
「申し訳ありません、騎士様っ…!申し訳ありません…‼︎」
自分の前方を歩く女性が自分の歩みの遅さをエリックに詫びた。既に監禁生活の中で身体が弱り切っている。彼女だけではない、その前を駆ける数人も既に体が鈍りきっていた。
「大丈夫です‼︎我々が必ず御守りします。今は急ぐことよりも確実に出口へ進むことを考えて下さい!」
外にも多くの騎士達が貴方達を待っています‼︎と叫ぶと彼らの回りを固めていた騎士達もまた強く頷いた。
「ママを置いていかないよね⁈」
騎士に抱えられていた子どもの一人が叫ぶ。一番後方を走っている女性の子だろう。背後で必死に走る母親を不安そうに見つめている。母親は返事をしない。その主導権が騎士達にあることを理解しているからだ。
ふと、横道から気配を感じてエリックは目を向ける。同時に「来ています‼︎」と声を張った。
「商品が何処へいくつもりだぁあ⁈」
先に駆け抜けていった騎士と民の集団を見つけたのだろう。道から飛び出してきた三人の男達は、それぞれ刃物を振り上げ、怒りのままに彼らへと飛びかかった。うわああ⁈キャア‼︎と悲鳴が上がり、彼らが怯むと同時に傍にいた騎士達が剣を抜く。手前の一人を返り討ちにし、次の一人が刃物を騎士へ投げたが剣で弾かれ、最後の一人が懐から銃を取り出し、的も考えず乱射をしようと引き金を
パンッ‼︎
ー 引く前に、エリックの銃が火を噴いた。脳天を撃ち抜かれ、そのまま男は仰向けに倒れ込んだ。
よくやったエリック!と騎士の一人が振り返り褒める。エリックは本隊歴こそ短いが、先攻や特攻を得意とする一番隊の中では総合力で副隊長、隊長のアランすら抜き出て一番の実力を誇っていた。
ぽかんと、騎士に抱えられた子どもが先輩騎士に褒められたエリックを顔だけ向けて見た。子どもの視線に気づき、エリックは集中を消さずに笑顔を向ける。
「大丈夫です、絶対に置いていきません。誰一人。」
その言葉は子どもへの返事か、それとも前を走る母親に向けてか、それとも己自身への決意か。
「自分の憧れの方は、不要な死を絶対に許さない方です。自分も、…俺も許しません。だから貴方達も絶対に守りきってみせます。」
先ほどアーサーが抱えていた少女の姿を思い出す。四年前、自分を地獄から救い出してくれた第一王女。
彼女のような人間に、そしてあの時のような後悔をしない為に自分は強くなったのだから。
…今は少し、アラン隊長とアーサーが羨ましいけど。
プライド様と思われる少女と共に戦場へ駆けていけた彼らの背を自分も追いかけたかった。でも、それ以上にアラン隊長に任された大任を、…目の前の救いを求める民を優先した。
…羨ましいけど。
未だに俺はあの人の目に、記憶に留まり続けることはできていない。
四年前の崖でお会いしても、叙任式で騎士に任命されても、宰相のパーティーでご挨拶できても。
隊長格ですらない自分はまだあの人には留まらない。
でも、それでも構わない。
その分、目の前の人を救うこと。
それが、四年前にあの人が俺に与えてくれた決意と生き方なのだから。
「…………羨ましいけど。」
小さくそう呟くと同時に、エリックは自分の背後から襲いかかってきた男を後ろ手だけで剣を握り、突き刺した。
出口がもう小さくではあるが、視界に捉えることができた直後だった。
……
本当の鎖を操る特殊能力者を前に、私は静かに息を吐き切る。
…間に合った。
その安堵と、そして鎖の男への敵意だけが身体中に充満する。
全部、アーサーが私達の壁になって奴の気を引いてくれたお陰だ。
ヴァルを人質にされたとはいえ、アーサーが敵の言う通りに剣を手放したら先に殺されてしまうのは明らかだった。
だから、アーサーが剣を私達の方へ滑らせてくれた時…迷いはなかった。
アーサーの背に隠れ、ジルベール宰相に直接年齢操作を解いてもらうようにお願いする。一瞬躊躇われたけれど、アーサーの身体に鎖が巻き付き始めた時、すぐに決断をしてくれた。ものの数秒で年齢操作が解け、手足が伸びて再び元の十五歳の身体に戻る。
身体が戻り切ったところで一気に飛び出し、アーサーが捨てた剣を取る。そして
思いっきり跳び跳ねた。
意思を持って跳ねれば、望み通りに足音も立てずに空中高く浮かぶことができた。そのまま、最初に今にも絞め殺されそうなアーサーへ降下する。
大丈夫。私なら、できる。
ヤケクソ程度で騎士の鋼鉄の鎧すら真っ二つにできたプライドに、たかが鎖などは無意味だ。確かな確信を持って、アーサーに巻き付く鎖だけを狙い、剣を思いっきり振り下ろした。
バリィィィィンッ‼︎
勢いに任せ落下と同時に振り下ろした剣が、アーサーに巻き付いた鎖を縦に斬り砕いた。鎖の破片が散らばり、半端な長さになって周囲に散らばる。アーサーが膝をついて息をした事を確認し、着地して直ぐに再び跳ね、身体を回転させて今度はヴァルの首に巻き付く鎖へ振るった。バリンッ、とこちらも簡単に砕ける。…望んだ箇所のみを確実に切り落とす。プライドのラスボスとして振る舞われる悪逆非道なチートさえあれば、どんな剣でも名刀レベルだ。
二人の無事を確保したところで、改めて鎖の男を見据える。そこに、王女としての怒りと侮蔑を込めて。
「下臈が。私の民に何をする。」
鎖の男は口をあんぐりと開けながら、散らばった鎖を見つめている。そのまま私の登場に訳が分からないといった様子で周囲をグルグルと見回し、次の瞬間「ふざけるなッ‼︎」と叫んだ。そのまま再び私…いや、私達へ鎖を差し向ける。私に斬られて力を一度失った筈の短くなった鎖が、鎖の大男が肩に掛けていた鎖が、四散した鎖が蛇の群れのようになって襲い掛かってくる。
「見苦しい。」
一言で切り捨て、私は再び駆ける。
そのまま私達に向かってくる鎖をすれ違いざまに今度は一本一本縦に斬り裂いた。鎖の繋ぎ目ごとの〝横〟ではない、中央縦一線に。斬られると同時に全ての繋ぎ目が無くなり、今度こそ鎖が粉々に四散した。私自身がアーサー達を円で囲うように走り、周囲に集まる鎖を全てバラバラには砕き切っていく。
一周回った時にはもう鎖らしき物は無く、全て鎖〝だった〟ものに変わっていた。
「な…なっ、な…‼︎」
鎖の男が言葉にならないように足を開き、一歩一歩すり足で下がり、白目になるほどに目を見開いて私を凝視する。当然だ、素人目には私が走った場所の鎖が勝手に四散したようにしか見えなかっただろう。
足をガクガクと震わせながら、今度は銃を取る。そのまま両手で構えるようにして私へ向けてくる。私の後ろにはアーサー達がいる。避ける訳にはいかない、…ならば。
私は強く剣を握り、構える。鎖の男が思い切って引き金を引き、銃口が火を噴く。
『予知能力で全てお見通しよ‼︎』
私の中の、ラスボス女王プライドが笑った。
目をしっかり開き、瞬間に剣を振るう。
一閃が、二発の銃弾を同時に斬り裂いた。
手ごたえを感じた瞬間、今度は銃弾がまるで私を避けて床へ四散したかのようにして消えた。あまりに他愛もなくて、自分でも驚いた。
一瞬で弾が飛んでくる場所とタイミングが、まるで手に取るようにわかったから。
男も目の前の現象に更に目を剥き、血走らせる。信じられなかったらしく、今度は弾の限り連発する。パンパンパンッ!乾いた安い音が響き、今度は何度も剣を数閃にわたり連続で振るう。
まるで、私の前に見えないバリアがあるように次々と銃弾が四散し床へ散らばる。カンッカンッと、とうとう弾も切れたらしい。鎖がどこかに残ってないか目で探すが、鎖の形状をした物など何処にも無い。ゆっくりと彼に歩み寄れば今度はナイフを取り出した。来るな、と私に喚きながらそれでも私が近づくと今度は周囲の仲間に自分を助けろと騒ぎ出した。だが、既に殆どの者は騎士隊によって粛清されている。誰もが自分のことだけで精一杯だ。ナイフを振り回しながら来るな来るなと喚き、とうとう涙を浮かべ、唇を震わせて私に叫んだ。
「…っ、…このッ…バケモンがァ‼︎‼︎」
また懐かしい響きだと、思う。全く心も揺らがない。そうであることは私が誰より理解しているのだから。
「…特殊能力を持っているということは貴方もまたフリージアの民なのですね。…残念です。」
彼に静かに語り掛けると、分かりやすくナイフを持つ手がガタガタと震えた。…また、一歩近付く。
「ッき、来てみろ‼︎刺し違えになろうが殺される前にテメェをこの手でブチ殺」
「殺しませんよ。私の手が汚れます。」
私の言葉にきょとんとし、次には媚び諂うようにニヤニヤと笑った。そうかいそうかい、優しいねぇと急に頭を下げ出す男を視界から消すべく、一度目を瞑る。
そう、王は基本的に己が手を汚してはならない。処刑を言い渡すのとは訳が違う。身を守る為などの緊急の事態でなければ、ゲームのプライドのようにその手を血に染めるなど以ての外だ。
そして私は第一王位継承者。未来の女王だ。
だから、どれほどに彼が許せなくても直接手は下せない。四年前の奇襲者だって直接は誰も殺していない。今の今まで守り続けてきた潔白の手だ。
だから。
「殺しませんよ、私の手では。」
そう宣言し、彼の目の前で手の中の剣を高々と宙へ放り投げた。男が口を開けたまま、宙で回転する剣を見上げる。
「フリージア王国が女王、ローザ・ロイヤル・アイビー陛下の命は〝組織の殲滅〟。」
目を開き、真っ直ぐに彼を見据えながら静かに告げる。そう、彼は我が国の民だが、それ以上に我が民の敵、そして女王の定めた彼の行く末は。
「粛清なさい、アラン隊長。」
私の命令と同時に空中の剣へ向かって影が飛び出した。放たれた剣が、在るべき正当な持ち主の元へと帰る。剣を掴み、着地と同時にその剣を振り上げた。鎖の男が気づいた時にはもう遅い。
「仰せのままにっ‼︎」
弾けるような声と、敵を粛清する寸前とは思えない満面の笑みで彼が剣を振り下ろした。男の身体が、一閃と共に赤く染まる。
真っ二つにされた身体がそれぞれ倒れ込み、噴き出す血が私の頬にかかった。
「…ジャンヌ様。」
ニカッと笑みを浮かべたアラン隊長が、見事に白の団服を赤く染めながら私に向けて小さく振り返った。
ーここから、本当の主犯格を倒したことで、急速に組織の殲滅は進行される。
「う、わ〜…。」
ー ただし
「めっちゃ壊滅してんじゃん。折角重いの詰め込ませて来たってのにさぁ。」
岩場の更に遥か上空から、双眼鏡を片手に男が笑う。
ー その〝殲滅〟は騎士団の作戦とも
断崖の上にある岩場を上から眺め、その様子を嘲笑う。
「暗くてよく見えねぇけど絶対どっかに襲われてんじゃん。あの白い服ってフリージアの騎士団じゃね?…あーあ、勿体ねぇ。」
ー そして、ステイル達の作戦とも異なる事態へと展開される。
双眼鏡を外し、目測だけで煙を放つその場所を見定めた。
「まぁ折角なら君も来てくれたんだし、も〜少し荷を軽くして帰ろうか。…ねぇ?」
ー 彼の、道楽によって。