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102.宰相は怒る。


どうなっている…⁈


ジルベールは肩で必死に荒くなる息を整え、腕の中で未だに目を覚まさないステイルの呼吸を確かめながら状況を整理した。

セフェクとケメトを出口付近で合流した騎士隊に預け、彼らに中級以下の檻の場所を説明し、引き止められる前に急ぎ此処まで走ってきた。未だにステイル様が現れないということは何かあったに違いないのだから。

そして駆けつける途中には耳鳴りがする程の爆音。煙と砂塵で視界を塞がれながら、連中の後を追うように雪崩れ込む彼らの背後に続き、目の前の光景に戦慄した。

まるで犇めき合うかのように有象無象が立ち並ぶ、その中に彼らはいた。

ヴァルが倒れ、鎖の大男に足蹴にされていた。更にはステイル様が意識がないのか抵抗することもなく連中の手に


そこまでが思考の限界だった。


人と人の隙間を速攻で駆け抜け、ステイル様の周囲を囲む有象無象の急所を打ち、一撃で薙ぎ払う。腕の中に倒れ込んだ彼が小さく呻き、生きていることに胸を撫で下ろす。だが、それでもこの者達への怒りは収まらない。

「貴様ら…何をした…⁈」

我が国の第一王子。

この御方に刃物を突きつけるなど、許されない。

我が国の次期摂政。未来に私と共に国を、プライド様を支えて下さる御方。私と異なり潔白な心とその意思でプライド様の王政を傍で支え、尽くす存在。

我が、大恩者。


「この御方に…指一本触れるな…‼︎」


私が溢れる殺意と怒りを抑え、彼らを睨めば誰もが一歩後退る。この程度の者共にステイル様が不意を突かれるなどは考えにくい。酸欠だろうか、若干顔色が悪く、更には身体中に焼けたような痕もある。ならば、先程の爆破の余波にうたれたのか。とにかく今は彼にこれ以上刺激がないようにゆっくりと一度、地面に横たえさせる。

…瞬間、視界の隅で突如鎖が蛇のように這ってこちらへ飛び出してきた。


が、


足蹴で跳ね返し、宙に浮いたところで端を掴み、出口の方まで振り投げる。所詮は操られているといっても人の手による特殊能力。私が先に触れ、多少重いが反応されるよりも先に手放せば問題ない。

くるくると円を書いて、鎖が飛び、また蛇のように地べたを這いずり鎖の大男の元へと戻ってきた。

「聞こえませんでしたか。触るな、と。」

反射的にすら笑みを作れず、ヴァルを足蹴にするその男を睨み、見定める。恐らく、一番まともに厄介なのはこの男くらいだろう。人の倍以上はある体格の男を上から下まで見つめる。足元に一本、…いや二本か。そして肩にも数本掛かっている。まずはこの男よりも周りの有象無象を片付けることを優先した方が良さそうだ。何せ、数が多過ぎる。ざっと百は下らない。恐らく大半以上の人間がここに集結したのだろう。先に数を減らさなければ。


「…いやはや、驚きました。貴方以外は雑魚の群ではありませんか。たかだか十三歳の私に負けるなど。」

周りの連中全員の耳に届くように声を張る。誰もが青筋を浮かべ、手の獲物を握り締めて私を睨む。

「宜しければどうぞ、纏めていらっしゃって下さい。子どもに一対一で負けるなど、恥以外の何物でもありませんから。」

なにを、とわかりやすく挑発に引っかかってきた男から素早く鳩尾に肘をぶつけ、動きを硬直させたところでその喉へ手刀を差し込む。次に同時に突っ込んでくる男は三人だ。懐に潜り込み、顎を打ち、心臓を突き、勢いを利用して放り投げ、頭から地面へ叩きつける。


「私も…人の親になりましたから。拐われた子ども達にはそれなりに心を痛めているつもりです。」

茫然と立ち尽くす男達へ語りかければ、意味のわからねぇことをと私への追撃と、そしてステイル様へまた鎖が襲い掛かり、それを払い投げて他の男の顔面へとぶつける。更に追撃してくる男の腕を取り、他の男達へと投げつける。鎖の大男は自ら動くつもりはないらしい。ならば都合が良い。たかだか鎖。操るからとはいえ、別に浮かすことも飛ばすこともできるわけではない。それならばただの蛇と変わらない。


「ですから、私と同族である貴方方の行動は非常に不愉快です。ここは罪人同士、汚れた血を流し合うのが適当だと思うのですが。」

そう言葉を繋げながら、私に滲み寄る鎖を跳んで躱し、そのまま近くにいた男の肩に飛び移る。

乗られた男が驚き、私を振り落とそうと足を掴む。更には私が動きを封じられたと考えた周囲の男達がそのまま私の元へ向かってくる。

だが、それに構わず私は続ける。

「この身体では捥ぐことまでは叶いませんが、…まぁ。」


ゴキッ。


私の足を掴む男の頭と顎を両腕で掴み、捻りあげた。


「その首を、手折る程度は造作もない。」


歪な音が響き、男は私を掴むその手を緩め、地面に倒れこむ。その寸前に彼を足蹴にし、身近まで迫った男の一人の上に飛び乗り、同じように首を捻りあげ、また怯む男へと飛び移っていく。地に足をつけなければ鎖など、障害ですらない。

とうとう男達が恥も外聞も忘れて銃を構えた。このような密集したところで撃とうと相打ちにしかならないものを。引き金の音と同時に男の肩を足場に蹴り上げ、避ける。そのまま私の代わりに撃たれた男が呻き声を上げた。一度銃を誰かが取れば他の者も真似をするかのように銃を構え、末路を目にしたにも関わらず銃口を私へ向ける。だが慌て震えた照準でいくら撃とうが、跳び、捻り、さらに跳べば意味はない。勝手に人数を減らしていくだけだ。本来ならば鎖の大男を一番に無力化したかったが距離が遠すぎた。ステイル様を守りながらでは些か難しい。


…そろそろの筈だが。


小さく考えを巡らしながら、「ヒィッ!」と怯え怯む男達の首を捻り、視界に入る者からひたすら無力化していく。その間際、ステイル様へ再び鎖が近づいていることに気がつく。男から飛び降り、鎖を払いのけるついでに襲いかかって来た男の首へその鎖を巻き結ぶ。そして男の顔を見てふと、唇が引き上がる。

「あぁ、貴方は。あの御方を布袋へ乱暴に詰め込んだ…」

覚えてますよ。そう言いながら、怯える彼へ躊躇いなく首に巻いた鎖を引き絞った。


「ッ動くんじゃねぇ‼︎」

とうとう焦り出したのか、鎖の男が声を張り上げた。見れば、銃をステイル様とヴァルへと片腕ずつ向けている。取り敢えず気づかぬ振りをして今足場にしている男の首を捻り上げると同時に蹴り飛ばし、その反動でステイル様と銃の間に立ち塞がるように着地する。

鎖の男は、私とヴァルそれぞれに銃を向けながら口元を引き上げ笑った。だが、その額には汗が滲んでいる。「コイツの命が惜しかったら動くんじゃねぇ」と宣いながら、再びヴァルの頭を踏み躙る。

「ケッ…俺なんざが人質になる訳ねぇだろうが、デブ。」

無駄に鎖の大男を挑発し、更に体重を乗せて顔を躪られる。余計な言葉を言わなければ良いものを。このまま用済みで始末されたらどうするつもりだ。

「それがなるのですよ、残念ながら。」

肩を落とし、仕方なくそう返すと鎖の大男のニヤつきが増すに反してヴァルの目が驚愕に見開かれた。「なっ…」と声を漏らす彼に、敢えて笑みを返してみせる。

「貴方に死なれてしまっては私がケメトとセフェクに殺されますから。」

特にセフェクに。そう付け足すと開いたままの彼の口が「アイツらはっ…」と動いた。彼らの無事を伝えようと思ったが、その前に鎖の大男の


銃口が火を吹いた。


パンッ、と乾いた音が響き、熱のこもった激痛に肩を押さえる。

撃たれる直前に、受けた振りをして身を捩り急所は避けたが、流石に子どもの身体では痛みに耐えられず、少し身を屈めた。

「俺を無視して話してんじゃねぇぞ、ガキが。」

舌なめずりをし、優位に立った余裕か先程よりも物怖じしない笑みがこちらに向けられる。この肩では残念ながらこの巨体の首を手折るのは難しそうだ。

「これは失礼致しました。」

再び銃口を向けられ、笑みで返しながら私は考える。また多くの有象無象がじわじわと私を包囲するように近づき集まってきている。彼の銃撃を避け、反撃するのは簡単だ。だが今、避ける事はできない。私の背後にはステイル様がおられるのだから。

…そして、ヴァルを見殺しにすることもできない。まだ、理解しきれてはいないが、少なくともケメトとセフェク。彼女らにとってヴァルは必要な人間なのだ。

そこでふと気付き、再び目の前の男に笑い掛ける。

「そうそう、ところで騎士団がいま此方に迫っていることをご存知ですか?」

言ってみれば鎖の男が明らかに動揺し、「なんだと⁈」と声を荒げた。やはり、彼らは未だ把握していなかったらしい。ハッタリだろうと無様に狼狽える彼らに笑みを向け、私は続ける。

「本当ですとも。爆破までして騒いだ此方に、それ以上の増援が来ないのはおかしいと思いませんか?」

肩から血が滲み、押さえつけたところで変わらず流れ続ける。止血をしたいがまだこの状況では難しいだろう。

私の言葉に男は周りを見回す。私が無力化した男達の亡骸と最初にいた有象無象以外、駆けつけた人間は誰もいない。

「今もこちらに向かっているかもしれませんよ?」

私へ再び注意を向ける為、少し大きく声を張りながら男達へ呼びかける。鎖の男が怒り、私に銃口を再び向け、その引き金を今にも引こうと指を震わす。だが、私は構わず笑みとともに言葉を紡ぐ。


「我が国の誇る」


駆け出す軽やかな足音が聞こえる。鎧を着込まぬ、身軽な姿で。


「誇り高き騎士が。」


タンッ、と軽やかな地を踏み締める音とともに鎖の男の頭上に突如、剣を降り仰いだ青年が現れた。



「そいつらに手ぇ出すな。」



普段の彼からは想像できないような鋭く、低い声とともに剣の残像が弧を描き、私へ銃を向けていた巨体のその腕を肩ごと一瞬で切り落とした。


ザシュッ、と。

鋭い肉の斬れる音と血が吹き出す音、そしてそれを搔き消すような男の絶叫が響き渡った。





アーサー・ベレスフォード。

我らが主を守りし近衛騎士。


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