100.特殊話・不信王女は願う。
百話達成記念。本編と一応関係はありません。
IFストーリー。
〝もし、フリージア王国に七夕文化があったら〟
時間軸は〝無礼王女とホームパーティー〟と〝惨酷王女と罪人〟の間です。
「お姉様っ!お姉様は今年、短冊に何とお願い事を書かれますか?」
短冊を片手にティアラが楽しそうな笑顔を私に向けてくれる。まるで今からその願い事が叶うかのようなキラキラとした笑みに私まで嬉しくなってしまう。
「そうね、私も未だ悩んでいて…一つに絞るのって難しいわ。」
そう言って白紙状態の短冊を片手に肩をすくめて見せる。フリージア王国には竹が無いので、基本的には種類は問わずとにかく背が高い木に短冊を吊るすのが主流だ。私達も庭園にある一番高い木に毎年短冊を吊るして貰っている。
「作法としては短冊に願い事は一つだけ、ですからね。」
ステイルが私とティアラの様子を楽しそうに見ている。そう言うステイルもまだ短冊は白紙だった。
「ステイル、今年はまだ決まっていないの?」
毎年いつもすぐ書き終わっているから何だか意外だ。そう思って尋ねるとステイルが「今年は二つあるので、まだ悩み中です。」といって少し苦笑気味に笑った。どんな願い事なのか気になって聞こうとしたら、その途端に「書けましたっ!」とティアラが嬉しそうに書き終わった短冊を私とステイルへ見せに来てくれた。ティアラから短冊を受け取り、ステイルと一緒に覗き込む。
〝お姉様と兄様とずっと一緒にいられますように〟
可愛い‼︎
私とステイルは読み終えた途端に思わず顔を見合わせて笑ってしまった。そのまま二人で満足げなティアラの頭を撫でる。
ティアラは毎年殆ど同じことをこうしてお願いしてくれている。妹としてこれ以上可愛い願い事があるだろうか。ゲームの主人公としては〝運命の人に出逢えますように〟とかの方が正解だろうけど、これはこれで十分女子力高い。
「兄様は、どんなお願い事で悩んでいるの?」
ステイルから自分の短冊を返され、そのまま小首を傾げるティアラに、ステイルは言葉に詰まる。無言のまま、チラリと私の方を見るとすぐに逸らされた。そうだな…と、何か考えあぐねるように呟くとまたいつもの無表情に戻ってしまった。
「一つは例年同様、〝補佐として姉君と共に在れるように〟だ。もう一つは…。」
そこまで言うと、ステイルはまた少し黙り、今度はボソリと呟くように声に出した。
「……ジルベールに天罰をとでも書くか。」
次の瞬間、ステイルはティアラに思いっきり耳を引っ張られた。「兄様ったら!」と怒るティアラはまるで既にステイルの奥さんみたいだ。
「そんなの書いたら、私は短冊に〝兄様とジルベール宰相が仲良くなりますように〟って書くからね?」
「止めろ、妹の短冊を俺に燃やさせるな。」
そう言って戯れ合う二人はなんだかんだ可愛い。思わず二人の様子を見て、こっそり笑いを堪えてしまう。
「…まぁ、夜までは何度でも書き直せるし、ゆっくり考えましょう?」
私がそう言うと、戯れ合う二人の手が止まり、「はい」と返事が返ってきた。
そんな二人に笑みを向けながら、ふと思う。
毎年私達は城の庭園で短冊に願い事は済ませているけれど、他の人達はどんな願い事を書いているのだろう。
私が家族以外で、願い事を知っているのなんてアーサーくらいだ。
…
「短冊、っすか?」
アラン隊長に引き止められ、俺はそのまま掛けられた言葉を聞き返す。
「そうだ、お前も折角だし書いとけよ。騎士団本隊は毎年同じところに纏めて吊るしてるの知ってるだろ?」
そう言いながら、アラン隊長が俺を手招きする。これからステイルと稽古があるし、急いで書いちまわねぇと。アラン隊長に呼ばれるまま演習場の一角へ向かうと箱の中に既に書き終えたのであろう大量の短冊が盛られてた。丁度これから書くのであろうエリックさんとカラム隊長が俺に気づいてくれたから挨拶をする。
「そうか、アーサーは書くのは今年が初めてだったな。」
「新兵の時はこの短冊の山を吊るす方がメインでしたからね。」
カラム隊長の言葉にエリックさんが思い出すように笑った。
「はい、去年も本隊騎士の方々の短冊を飾るのばっかで気が付いたら自分が書くの忘れてました。」
思い出して急いで近くの木に吊るしましたけど、と言いながら去年のことを思い出す。確か〝本隊入隊〟だったっけか。こうして叶ったし良かったと思う。
「懐かしいなぁ…自分が新兵だった時に一時期、本隊の騎士の方々の短冊吊るしながら願い事見たら〝プライド様〟の文字がすごくって。大体の騎士の方々がプライド様関連���願い事で埋まってましたよ」
エリックさんの言葉に、多分その一時っていうのが崖崩落事件の後だろうなと察した。
「今年は先輩方、願い事なんて書くんすか?」
アラン隊長から短冊を受け取りながら、先輩達に尋ねる。アラン隊長はもう既に書き終えた後らしく俺やカラム隊長、エリックさんの短冊を覗き込んでた。
「俺はあの時から変わんねぇなぁ。〝プライド様にもっと会えますように〟って書いた。」
すげぇこの人!何の恥ずかしげもなく言い切った‼︎
あまりに躊躇いなく言われて、何故だか聞いてる俺の方が恥ずかしくなる。アラン隊長はそのまま気にせず「本当はもう一度あの立ち回りを、って書きたかったんだけど、万が一にも王族の人や騎士以外の誰かに読まれちゃいけねぇし」と話していた。
「アラン。お前はもう少し恥を覚えろ。」
カラム隊長の言葉にアラン隊長が「なんだよ!お前こそもっと正直な願い事書けって!」とカラム隊長の短冊を引っ張った。アラン隊長が掲げた短冊に〝騎士団の健康と繁栄〟と書かれている。物凄くカラム隊長らしい。
「これ以上無い正直な願い事だろう。」
「単にプライド様の名前書くの恥ずかしかっただけだろ?」
アラン隊長の切り替えしに、心なしかカラム隊長の顔が火照った気がした。そのままアラン隊長から短冊を奪い取り、「エリック、お前は何と書いたんだ?」と声をかける。
「自分は本隊入りしてからは〝プライド様に認められるような騎士に〟と。その前の〝本隊入り〟が叶ったので。」
恥ずかしそうに笑うエリックさんに俺も頷く。やっぱ新兵のうちは誰でも願い事はその一つだけだ。そのまま「自分も去年はそう書きました」と伝えると「だよな」と嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「アーサーは今年は何て書くんだ?」
興味深そうに聞いてくれるエリックさんに俺は少し言葉に詰まる。プライド様に出会ってからは〝騎士団入隊〟〝本隊入隊〟ばっかだった。今はもう叶ったし、あと願うとすれば…。
「…今年は、二つあるんで悩んでます。」
俺の言葉に先輩方が首を傾げる。エリックさんが「どういうのだ?」と聞いてくれて取り敢えず「一個目は〝もっと強くなれますように〟ですかね」と答える。そのまま二個目を尋ねられ、…惑う。
「ええと…〝酒に呑まれないように〟とか…?」
ブフッ‼︎と、次の瞬間にはエリックさんが噴き出した。思わずついた嘘がバレたのかと思ったら「アーサー…!確かに、それは良い願いだな…‼︎」と爆笑し出した。アラン隊長とカラム隊長がつられるように笑いながら「一体どんだけ悪酔いしたんだ」と溜息をついた。あれ、俺…隊長達に酔ったこと話したことあったっけか。
「…まぁ、我々は王族ではないんだ。作法など気にせず書きたければ複数枚書けば良い。何か用事があるならば短冊だけ持ってあとで出しに来い。」
カラム隊長がまだ少し可笑しそうに笑みを浮かべながら俺に予備にと更に二枚短冊を渡してくれる。ステイルとの稽古を思い出した俺は、短冊だけ貰ってそのまま失礼した。書くのは後にしよう。
…そういえば。
ふと、短冊を団服の中に仕舞いながら考える。新兵の時に騎士団本隊の人の短冊を大量に吊るしたけど、父上やクラークのは見なかった。騎士の短冊は無記名のものが多いが、あの二人なら字を見ればわかっただろう。たぶん俺じゃない他の新兵が吊るしたんだろうが…あの二人が今年は何て書いたのか、少し気になった。
……
「そういえば今年からはアーサーも短冊を吊るすんだな、ロデリック。」
思い出したように話すクラーク副団長に騎士団長のロデリックは「そうだな」と短く答えた。
「親子で同じ木に願い事なんて何年ぶりだ?」
「…もう、数えるのも忘れたな。」
喉の奥で笑うクラークにロデリックが長く息を吐きながら素直に答える。アーサーが子どもの頃は家族三人で家のそばの木に吊るしたこともあったが、喧嘩するようになってからは自然とやらなくなった。更には…
「お前の願い事はアーサーにだけは見られる訳にはいかなかったからな。」
楽しそうに言うクラークに、ロデリックは小さく睨みつける。
プライド様とアーサーが出会う迄はずっと、〝息子の行く先を〟と。そればかりを願っていた。アーサーが騎士を目指すようになってからは〝息子が騎士に〟と願い続けた。
去年からはアーサーが新兵として短冊を吊るす為、騎士団長として妥当に〝騎士達の精進〟と願った。
「今年は私の家の木に吊るさなくても良いか?」
意地の悪い笑みを浮かべるクラークにロデリックは「必要ない」とだけ答えた。自分が願わなくてもアーサーは自身の力で騎士になってくれたのだから。
「クラーク、お前の方こそ今年はアーサーのことは心配せずに妻と妹のことだけ願え。」
クラークは毎年二枚、短冊を吊るしていた。一枚は妻と妹の幸せ、もう一枚は毎年ロデリックと同じ内容だった。
肩を竦めてみせるクラークは「もう毎年恒例になってしまったからな」と短冊を二枚団服の中から出して見せた。一枚はいつも通りに妻と妹の幸せ、そしてもう一枚の内容を読んだ途端にロデリックはまだ溜息を吐いた。
「…考えることは同じか。」
今から箱の中に出しに行くが、お前のもついでに紛れさせておこうか、と言うクラークに無言でロデリックは自分の短冊を託した。受け取ったクラークは自分短冊と、そして友の短冊の内容を確認し一人ほくそ笑んだ。
〝友の家族の幸福が続くように〟
〝家族、友とその妻と妹の幸福〟
ロデリックのこの書き方ならば一枚で済んで良いな、そう思いながらクラークは騎士団演習場の一角へと足を伸ばした。
「さて、…城下もそろそろ祭りで盛り上がっている頃か。」
……
「大丈夫かい、マリア。あまり無理はしないように。」
少しお腹が大きくなってきたマリアに気を払いながら、人通りの多い広場をゆっくり歩く。城下の様子を小まめに確認することも宰相としての大事な任だ。友である王配のアルバートから「折角今日城下に降りるのならばマリアンヌも一緒に連れて行ってやれ」と勧められた。彼女は暫く寝たきりだった為、こうして城下の祭りを目にするのも久々だった。彼なりに私へ気を利かせてくれたのだろう。街の様々な飾りを見上げるマリアはとても楽しそうで、アルバートの言葉に甘えて良かったと心から思う。街中で短冊が配られ、私も民と共にそこから二枚を受け取った。既に街中の木の至る所に願いの込められた短冊が吊るされている。近くの木陰に彼女を座らせ、短冊を一枚手渡す。私も手に取り、並んで一枚したためようとした時だった。
「…おや。」
ちょうど私の前を横切った女性が風に煽られ、手に持っていた短冊を溢れ落とした。ヒラリと優雅に風に流されるそれを私は反射的手を伸ばしてつかまえた。
「ありがとうございます、申し訳ありません。」
私に駆け寄り、丁寧に礼を返してくれた女性に返事をしながら短冊を彼女へ手渡した。頭を下げてくれた女性が顔を上げ、笑ってくれる。そして、その顔を見た途端私は言葉を失った。
「……様。」
「え?…あの、どうかなさいましたか?」
口の中で呟いた言葉は幸いにも彼女には届かず、私は取り急ぎ笑みを作って返す。ある程度以上であろう齢の女性は、黒髪と漆黒の瞳。何よりその顔付きはどこか、あの御方に似ていた。
「…いえ、私の知り合いによく似ていたもので。失礼でなければお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
彼女の答えに私は「そうですか」と頷く。間違いない、彼が王族の養子になる際に、顔以外の情報は全て書類で一度目を通したのだから。
「やはり人違いだったようです。失礼致しました。」
深く関わってはならない。私は笑顔で彼女に頭を下げながら、先程彼女に手渡した短冊へ改めて目を向ける。そのまま先程手渡した時に、偶然目に入ってしまった内容を思い出す。
〝城にいる一人息子が、どうかこれからも沢山の人に愛され、幸せでいてくれますように〟
去り際にもう一度私に頭を下げてくれた女性を見送り、完全に背中を私に向けてから今度は私から彼女へ深々と頭を下げた。
「…ジル。」
ふと、マリアの声で振り返る。小さく首を傾げながら「どうかしたの?」と私を心配してくれていた。
「すまない、少し知っている方だったから挨拶をしていたんだ。」
彼女の元へ戻り、短冊はもう書き終えたかと思うとまだ白紙のままだった。まだ考え中なのかと聞くと、彼女は首を横に振り微笑んだ。
「いまさっき、街の子どもに代わりに願い事を書いてあげていたの。ペンも無いし、字も書けないからって。」
とても可愛らしい子ども達だったわ、とマリアはそのまま思い出すように自分のお腹を撫でた。
「姉弟かしら、それとも友達…?二人の子ども。ずっと手を繋いで仲良しで…お願い事も二人ともお揃いだったわ。」
産まれてくる子どもは男の子かしら、女の子かしらと呟きながらマリアは自分の短冊を摘んだ。私がどんな願い事を書いてあげたのか聞くと彼女は私の方を向き、こみ上げるように笑みを浮かべた。
「〝ずっと一緒にいられますように〟って。」
可愛いでしょう?と口ずさむ彼女に私は同意する。
「…君は、どんな願いを書く?」
座る彼女の前に片膝をつき、ペンをとる。
「〝お腹の子どもが元気に産まれてきますように〟…それだけで十分。」
陽だまりのように笑う彼女の額に口づけをして、彼女が書くのと並び私も自分の短冊に書き続る。「貴方はちゃんと、この国の人達の幸せを願ってね?」と念を押され、思わず笑ってしまう。
「わかってる。」
〝永久にこの国の民に、幸福を〟
…それ以外の願いは全て、あの日プライド様が叶えて下さった。書き終えた短冊を彼女から受け取り、なるべく高い場所に吊るすべく辺りを見渡した。
これを飾り、城下をひと回りしたらすぐ城に帰らねばならない。更には夕暮れ時はアーサー殿と手合わせの約束もしている。それまでには今溜めている仕事を全て片付けてしまわなければ。
……
「そういえば、アーサー。お前はもう短冊は書いたのか?」
アーサーとの手合わせを終え、剣を腰に仕舞いながら俺は声を掛ける。
「いや、まだだ。この後書こうと思ってよ。お前は?」
アーサーの言葉に俺は首を横に振る。結局まだ一つに絞れず終いだ。二つのうちどちらにすべきか悩んでると伝えるとアーサーから「俺もだ」と返事が返ってきた。
「まぁ俺は王族と違うし、騎士の先輩にも何枚書いても良いって言われたけどよ。」
アーサーが団服を羽織り、中から三枚の短冊を取り出して見せた。
「それで、何と書くつもりなんだ?」
「一つは強くなれるように、で…もう一つは…。…。」
そこまで言うと、何かあとは言いにくそうに口を閉ざしてしまった。まさかと思い、考えを巡らせるとアーサーから「テメェはどうなんだ」と先に尋ねられてしまった。
「一つは例年通り、姉君と共に在れるように。もう一つは…、…。」
俺も思わず口を閉ざす。そこでアーサーと目が合い、お互いに考えていることが同じ気がし、合図もなしに確かめるように「プライド様の…」「姉君の…」と声を順々に合わせ、そして
「「料理」」
…同時に互いの言葉が重なった。
何とも言えない気持ちになり、更に同時に溜息を吐いてしまう。俺より溜息が長かった筈のアーサーから「…ジルベール宰相のパーティの時、…すげぇ気にされてたから…。」と、先に言葉が漏れてきた。俺もそれに頷く。
何故か、プライドの料理の腕は壊滅的だった。不器用の域を超え、あまりにショック過ぎたのか俺達に料理を任せた時には小さな声で「私の呪われた腕じゃ食材を無駄死にさせちゃうから…。」とかなり大袈裟な言い回しまでしていた。俺やアーサー、ティアラの目から見ても、原因は不明だった。あの時は姉君に意外な弱点があることを知れたことが逆に嬉しくて笑ってしまったが、プライド本人はかなり気にしていた。初めてだったのだし練習さえすれば、とも言ったがそれ以降はプライド自身から料理をしようとすることはなくなった。��折、ティアラに料理を勧めることはあったが、自分自身がしようとはしなかった。
神頼み、といっては情けないが…正直いま現時点で俺が一番手の届かない難題だ。
勿論、料理自体は第一王女であるプライドがする必要は全く無い。料理をする、というあの機会自体が稀有だった。それに、プライドは料理が出来ない程度では問題にならないほど女性としても立派な王女だ。このままでも全く問題ない。ただ、本人にとってはそうでなかった。それに…。
「いや、プライド様は王女だし料理くらい出来なくてもって思うんだけどよ…。」
ただ、とそこで言葉を切るアーサーにコイツも俺と同じ意見かと言われる前に察した。
「………プライド様の料理…食ってみてぇし。」
それだ。
アーサーの言葉に俺はまるで己の心境を指摘されたかのような気分になり、紅潮する顔を片手で覆い隠した。そのまま「わかる」と思わず本音が溢れでる。
プライドは料理をしない。つまり、失敗作すら作らない。ジルベールの時に作った料理は液状化か炭になってしまったし、あとは林檎をバラバラにしただけだった。だが、何故か姉君は料理に関してのアイディアは豊富にあり、ティアラに指導して作らせた巻き卵も、初めて食べたがとても美味だった。いや、例え珍しい創作料理でなくても良い。ただ…正直、誰でもないプライドの作った料理への願望が、あれ以来消えない。
更にいえば、あのプライドが満面の笑みで料理を作れたと喜ぶ姿を見たいと思ってしまうのも本音だ。
「プライド様…あれから自分で作るの嫌がってたし、…〝失敗しても良いので食べてみたいです〟なんて口が裂けても言えねぇ…‼︎」
気がつけば、顔面を真っ赤に茹だらせたアーサーがその場に座り込んでいた。気持ちはわかる。
「俺もティアラと何度か勧めたが、自分がその手に振るうのは拒み続けたままだ。」
俺の言葉に小さく唸るようにアーサーが「やっぱあそこで笑っちまったのが…」と落ち込み始めた。それに関しては俺も少し反省しながら、やはり短冊にはプライドの料理について書くべきか惑う。だが、万が一にもプライドに内容を読まれたらまた落ち込むか変に圧力をかけることになる。俺とプライドは同じ木に短冊を吊るすし、見られる可能性は十分ある。
そう考えている間にもアーサーも俺と同じ考えに至ったのか「やっぱ願かけしかねぇか…」と呟き出した。「だが俺は姉君に短冊を見られる可能性もあるからな…」と返すとまさかの意外な返答がすぐに返ってきた。
「…ンじゃあ、お前も二枚書けよ。一枚は俺ン家に吊るしといてやる。」
二枚⁇俺が王族の人間は作法に則り一枚だけだ、と説明すると「テメェ半分は庶民だろォが」と返された。
「俺も騎士の人達に見られる訳にいかねぇし…、…今夜家に帰っから、ついでにお前の分も飾っといてやる。」
そう言って俺に自分が持ってきた短冊のうち一枚を差し出し、俺はそれを受け取る。…まぁ、作法とはいえあくまで行事だしこれくらいならば問題ないだろうと自分を誤魔化しながら。
正直、口に出したら短冊に神頼みでも良いから願いたくて仕方がなくなってしまった。無言でアーサーから受け取り、ペンを走らせる。
一枚は城の庭園に、一枚はアーサーに託す為に。
〝補佐として姉君と共に在れるように〟
〝姉君が料理をできるようになりますように〟
書き終えた短冊を一枚、アーサーに渡そうとした時ちょうどアーサーも願い事を書き終えるところだった。隠す素振りも無いから覗き込んで見てやると、騎士団で吊るす用と家に吊るす用に二枚にペンを走らせていた。
〝プライド様を守れる、父上のような強い騎士に〟
〝あの人の料理を食ってみたい〟
書き終わり、俺の方を振り返るアーサーは手を出して俺の短冊を一枚受け取った。
ンじゃあ吊るしとく。と団服の中にしまうアーサーは、そのまま一度騎士団演習場に戻ると身支度を始めた。
「…に、しても…我ながら何とも他人任せな方法に出てしまったな…。」
ふと、省みてしまい恥ずかしくなる。思わずアーサーにそれを言ってしまうと、アーサーも俺から顔を背けながら「言うな」と一言切った。
「こればっかは俺の努力だけじゃどうにもなんねぇンだから仕方ねぇだろ。」
アーサーの言葉に俺も頷く。むしろ今までの願い事は全て己の努力次第でなんとかなったが、今回のこの願いはそういう意味では史上最大の難易度の願掛けといえる。
「あっ!アーサー、ステイル!」
ふいに、入口の方から声がして振り返ると、プライドがティアラと手を繋いでやってきていた。良かった、行違いにならなくてと笑ってくれるプライドに笑みを返しながら、目だけでちゃんとアーサーが例の短冊を団服から出していないか確認する。
「兄様、そろそろ短冊を飾るって。」
ティアラが俺の顔を覗き込み「もう決まった?」と尋ねてくる。俺がいつもの願い事を書いた方の短冊を二人に見せると「いつもと同じね」と言いながらも俺らしい、嬉しいと並んで笑ってくれた。
「アーサーはどんな願い事を書きましたか?」
俺のを見た後のティアラがそのまま短冊を一枚摘んでいるアーサーに気づき、興味深そうに声を掛けた。プライドも同じように目を向ける為、アーサーが渋々といった様子で短冊を二人に見せた。父親やプライドを名指ししたからか少し恥ずかしそうだ。「ありがとう」「とても素敵な願いです」と二人に笑まれ、更にアーサーの顔が火照った。
「そういえば、姉君は願い事は決まりましたか?」
まだプライドの願い事は俺も今年のは見ていない。今までは「ステイルやティアラが今年も幸せでいられますように」や「早く淑女らしくなれますように」や「アーサーが今年の本体試験に受かりますように」など、その時によって変わることが多かった。
プライドは少し苦笑しながら、手の中にある短冊を俺達に見せてくれた。ティアラはもう知っているらしく満面の笑みをプライドに向けている。
〝皆の願いが叶いますように〟
「その、本当は色々考えたのよ…?〝ステイルの努力がこれからも実りますように〟とか〝ティアラがずっと笑顔でいてくれるように〟とか〝アーサーがこれからも立派な騎士でいられますように〟とか〝ジルベール宰相とマリアがこれからも幸せでいられますわうに〟とか…。」
あと騎士の方々が、民が、父上と母上がと次々と願いが出てくる。そのままプライドが途中で俺達に気付き、ボッと顔を赤くさせた。
「なっ、なんで皆そんな笑っているの⁈」
流石にこれは仕方がない。
そのまま「やっぱり欲張り過ぎた⁈」と焦るプライドを見て更に込み上げる笑いを堪えながら最初に俺がなんとか言葉にする。
「…っ、…い、いえ…姉君らしいなと、思って…っ。」
目をキラキラとさせて、俺達のことを願ってくれるプライドが可愛くて仕方がない。俺の名前まで上がっていたからか少し顔が熱い。アーサーを見れば、やはり顔を少し火照らせながら口元を覆い、笑いを堪えようと俯き肩を震わせていた。「あ…りがとうございます…っ」とくぐもった声はなんとかプライドまで届いてた。
最後にプライドが、顔を赤くしながら「だから、その、全部を纏めるとこうなるかと思って‼︎」と必死に訴えてくるから俺はアーサーと一緒になんとか頷いて返事をした。
「とっても素敵だと思いますお姉様っ!お姉様が願ってくれるならきっと皆叶いますね。」
プライドの腕を引いて笑うティアラは、本当に嬉しそうだった。それに吊られるようにはにかむプライドから、やっと火照りが引いていく。
そのまま、それでは帰りましょうか。というティアラの言葉で俺達とアーサーはそれぞれ帰路へ向かった。
暗くなり始めた空を見上げ、今夜の星に彼女の願いが届くことを願って。
…おまけ…
「…あの、アラン隊長…そろそろ新兵達が短冊回収にくる頃なんですけど、…何をされているんですか…?」
もう空が大分暗くなり、一番星が見え始めようとした頃。ふと、通り過ぎ際にエリックは短冊の箱をガサゴソと漁っているアランを見つけてしまった。
「あー、今年はプライド様関連の短冊どんくらいあるかな〜って思って。」
人の願い事を勝手に見るのはちょっと…、と言いにくそうに言葉を濁すエリックにアランは背中を向けたまま「冗談冗談」と答える。
「いやさぁ、俺はお前やカラムみてぇに記憶力良くねぇけど…っと!…。…まぁ、アイツの字くらいはわかる、から…さ!ま、これくらいか?」
何か目当てのを見つけたのか数枚の短冊を摘み、そのまま悪戯っぽい笑みを浮かべてエリックを手招きする。隊長に呼ばれ、仕方なしと興味半分に一緒に短冊を覗き込む。
「…これって、…もしかして全部カラム隊長のですか?」
「アイツ意外とすげぇ書くんだよ。人前ではアレ一枚しか見せねぇけど。」
エリックも目を通せば、確かに全て同じ字だし見覚えもある。
自分達に見せた〝騎士団の健康と繁栄〟以外にも騎士の名を名指しで〝アーサーがこれから騎士として精進していけるように〟や〝アランがもう少し無茶な行動を控えますように〟〝エリックがアランの行動に胃を痛めないように〟など、個人個人の願いを一枚の短冊に小さく大量に書き綴りまくっている。数枚の短冊が小さな字だらけで黒色になっている。更には
〝プライド様のあの御心がこれからも清くありますように〟〝プライド様とお会いできる機会に恵まれますように〟など、プライド関連の願い事も短冊一枚ずつ使ってしっかり書き込まれていた。
「…あー…。………カラム隊長…。」
「素直じゃねぇよな?」
俺にあんだけ言ったくせに。と笑うアランはそのまま苦笑するエリックから短冊を受け取るとまたバラバラと他の短冊に紛れるように混ぜ込ませた。
「あ、これ誰にも内緒なー?」
「はい。…でも、アラン隊長…?」
やっぱり勝手に見るのは悪いです。と続けるエリックに、アランは「今回だけだって」と笑って見せた。
多分毎年やってるんだろうなこの人。と、エリックは来年から短冊用の箱は鍵付きを提案しようかと小さく思った。
100話達成致しました…!
これも本当に皆様のお陰です!ありがとうございます…‼︎
明日からまた本編更新致します。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。
本当に本当にありがとうございます!感想も毎回読ませて頂いております!