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99.惨酷王女は交差する。


「ねぇ、ジル。本当にこっちで良いの?」


「さぁ?私も詳しくないのではっきりとは。ですが…音はこちらから聞こえるようですねぇ?」

ケメトの手を引き、前を進み続けるセフェクに私は適当に相槌を打つ。

彼らが向かおうとしているのは上級…特殊能力者が捕らえられている檻だ。表向きは上級の檻に何者かが立てこもり、捕らえられている商品を嬲りものにしているということになっている。故に彼らはそこにヴァルがいると考え、助けに行くつもりらしいが…実際は単なる陽動だ。ヴァル本人が騒ぎの主犯の一人と説明しようかとも思ったが、あの様子から鑑みるに、彼らはそれでもヴァルと合流する為に今の行動を変えはしないだろう。

引き止めてもあの放水を受ければ流石の私でも彼女を抑えきれそうにない。実際、ここまで歩いてくる最中にも数人の男をあの凄まじい放水攻撃で卒倒させた。取り敢えず今は彼女らの興奮が冷めるまで、こうして別方向へと誘導しながらステイル様がこちらに合流するのを待ち、もしステイル様が最後まで間に合わなかった時は隙を見て、彼女達の気を


「…なんだか、逆に音が遠退いてないですか?」

ふと、腕を引かれたケメトが口を開く。セフェクがそれを聞き「そう?」と首を捻った。それもその筈だ、こちらは全く違う路なのだから。中級以下の檻まで連れてこられた時に覚えた出口までの道。意外と年上のセフェクよりもケメトの方が賢いのかもしれない。そんなことを思いながら私は話を逸らすべく彼らに笑い、語り掛ける。

「ケメト、と言いましたか。まだ幼いのに言葉遣いがお上手ですね。ヴァルに教わったのですか。」

「ハァ?ヴァルがそんなの出来るわけないじゃない!」

ケメトの代わりにセフェクが答える。勿論、私もそんな訳はないとわかってはいたが。彼女の中でヴァルはなかなかの…いや、ある意味正当な評価を受けているようだ。

「ケメトには私が言葉遣いを教えてあげたの。この子には絶対必要になるから。」

セフェクの言葉にケメトがこくりと頷く。そうですか、素晴らしいと答えながら私は言葉を続ける。

「貴方方はヴァルとはどのようなご関係で?」

今は出口に着くまで彼らの注意を逸らすことが優先だ。話題を続け、彼らの反応を伺う。


「関係⁇…。」

意外なことに、セフェクは言葉に詰まったようだった。あそこまでヴァルに執着にも似た感情を露わにしたというのに、その反応が逆に不自然にも見える。


「僕は!ヴァルが、大好きです。色々知ってて、格好良くて、大きくて、強そうで…優しい時もあります。」

「強そう、なだけでしょ!アイツが喧嘩してるのなんて見たことないもの!」

ケメトの言葉にセフェクが鼻を鳴らす。まぁ、暴力行為をできなかったのは彼の意思ではなく隷属の契約の効果だろう。ふとそこで疑問が過ぎり、続けて二人に投げかける。

「貴方方は、出会う以前のヴァルについてはご存知で?」

「?知ってるわ。ここにいる連中と同じか、もっと酷い事をやってきたんでしょう?」

どうしようもないんだから、と溜息をつきながら彼女は躊躇いなくヴァルを助けるべく足を進める。

…てっきり、幼い彼らが隷属の契約で暴力を振るえない彼を美化しているのかと思ったが、そうではないらしい。特にセフェク。彼女の言い方から推測するに罪人であるヴァルをそのまま受け止め、その上で行動を共にしているようだ。


「…それが、なに?」


一度、足を止めセフェクとケメトが私の方を振り向く。その目は恐ろしいほど真っ直ぐと私を見つめていた。私を脅しているようにも聞こえる言葉だったが、声色からは察するに本当にそれを疑問に思っているようでもあった。

そのまま彼女らは互いに首を傾げ「何故何とも思わないのか、って…ヴァルにも聞かれたわ」とぽつりと呟いた。


「今の私達にとっては大事なの。それで良いの。」


そう言って彼女らは再び歩を進めた。…何だろうか。単に「過去のことなど関係ない」という意味なのだろうか。それにしては何かが引っかかる。

彼らの言葉に考えあぐねていた、その時だった。今度はセフェクの方から疑問を投げかけられる。

「ジル。貴方は、大事な人はいる?」

その言葉にケメトも興味深そうに私の方を振り返る。私が「ええ、いますよ」と答えると彼女は続けて「それは、家族?それとも友達?彼女⁇」と追及してきた。

「…家族、ですね。あと友人もいます。」

妻と娘。今の十三歳の姿では説明できないが、私にとってかけがえのない家族だ。そして、王配であるアルバートもまた、私にとって大事な友だ。

「それと別に大事な方もいます。大恩ある方々が。」

プライド様を含めた三人の方々を思い出し、思わず笑みが零れる。この悠久の命全て捧げても足りぬ���どの大恩だ。

セフェクはそれに「ふぅん」と答えるとケメトと繋ぐ手を改めて握り直した。


「私達とヴァルもそんな感じ。」


深くは追求せず、そのまま背後からの私の指示通りに角を曲がる。風が吹き込んできた、出口も近いようだ。

「そうですか、てっきり私は家族のようなご関係かと。」

檻を出た時はヴァルと共に暮らすと宣言していたが、家族でなく〝大事〟の方に分類されるとは。少し意外に思いながら敢えてそう返してみると今度は歩みを止めぬままセフェクが私の方を振り返った。


「〝家族〟っていうのは…片想いじゃなれないのよ。」


どこか憂いと、そして冷めきったようにも見える瞳が私へ向けられる。そのまま繋いだままのケメトの手を軽く上へ持ち上げ「この子は家族」と私に示した。

やはり、彼女達とヴァルとの関係は単に行動を共にしただけのものではないようだ。私が己の中の考えを改め、分析を始めた時。


バダバタ…タタタタタッ


出口である筈の方向から多くの足音が聞こえた。更にそれがこちらに駆け込むように近づいてきている。

やっぱりこっちだったんだわ、と向かってくる足音のぬし達を迎撃すべく、セフェクがケメトと繋いでいない方の手を前へと構えた。その瞬間


私は彼らの首へ手刀を軽く叩き込み、意識を奪った。


あっという間のことに正面を向いたまま息を吐き、そのまま倒れ込む二人を地面に衝突する前に抱き抱え、ゆっくりと地面に寝かせた。

「貴方方にとって彼が大事なことは十分理解致しました。」

大勢の足音がどんどんと近づき、次第にその影もはっきりとしてくる。十や二十の数ではないことは理解している。それ以上の大群だ。

「だからこそ、貴方方を危険な目には合わせられません。」

大群が私達の前で一度足を止める。それを見据え、笑んでみせる。



ここからは、我々の出番だ。


……


「大丈夫ですかプ、…ジャンヌ。」


アーサーが周囲を見回しながら、私に小さく耳打ちした。セフェクとケメト…そしてその後を追ったジルベール宰相が檻から出て行って暫く経つ。最初はセフェクの攻撃音であろう破壊音や、時には爆音や喧騒も聞こえたが、今はあまり聞こえない。ステイルとヴァルの合図からも大分経っているし、ステイルがとっくに此処に来てくれても良い頃なのだけれど…。既に破壊された檻の扉を注視して今から逃げるべきか、それとも酷い報復を受けない為にもここで大人しくすべきか、誰もが悩み、周りの様子を伺っている状態だ。私やアーサーからも今飛び出すのは危険だと皆に声を掛けてはいるけれど、アーサーはともかく子どもの私の話を受け入れ続けてくれるのも難しいだろう。


「ステ…フィリップに何かあったのかしら…。」

ふと、込み上げた不安を口にすると、アーサーからも唾を飲む音が聞こえた。私と同じ言い知れぬ不安を彼も感じているのかもしれない。

本当は今頃にはステイルが来て、檻の中にいる人達を瞬間移動して私達も国へ戻っている筈だった。なのに…。

ステイルが無事なのか、ヴァルは、ケメトとセフェク、ジルベール宰相は。考えれば考えるほどに不安になる。今すぐにでも私達もステイル達のもとへ駆け付けたい。でも、今私達が檻から出たら、捕まっている彼らも出て来てしまう。一緒に彼らを先導するとしても、子どもや動くのが難しそうな人達を含めて全員を残らず連れていくことは難しい。


…どうしよう、私の我儘のせいで誰か一人でも万が一のことがあったら。

突然爆音が鳴り響く。余波か轟音とそして激しい振動に檻の中の誰もが声を上げ、震え上がる。どこかで爆発があったようだ。恐怖に耐えきれず檻から今度こそ飛び出そうと周囲をキョロキョロする人が更に増え出した。

ステイル…ジルベール宰相…、そしてアーサーも、本当はこんなところに来る必要なんてなかったのに。

気を抜くと震え出しそうな両膝を抱える手に力を込める。考え出したら止まらない。どうしよう、もし此処にいる人達どころか、ステイル達にまで


「大丈夫っすよ。」


突然、声を掛けられ膝から顔を上げる。そのまま声のした方を見上げると、アーサーが私へ優しい笑顔を向けてくれていた。

「俺が、絶対に貴方を守ります。それに…」

突然、また檻の向こうで騒ぎ声が聞こえた。アーサーの言葉を打ち消すように大人数の怒号や叫び声が響き渡る。「クソッ‼︎」「誰一人逃すな!」「いつの間にっ」と様々な声が混ざり合い、一つの大音量となって私達の耳を晴らした。檻にいる誰もがその音に身を固め、恐る恐る声の方向を覗くように目を向けた。

「おい!こっちだ急げ‼︎」

どこか、聞き覚えのあるような声が聞こえる。誰だろうかと考えを巡らせるとアーサーが私の前に移動し、その大きな背中で私を隠すように位置を変え、立ち上がった。そのまま再びさっきの言葉を続けるように「それに」と声に出し、続けた。


「アイツの策は何があろうと完璧っすから。」


そう言って小さく振り返り、歯を見せて笑ってみせる。

アーサーの言葉を聞いて、私は思い出した。今朝方、ステイルとジルベール宰相が考えてくれた作戦。

ステイルがいくつも想定できる事態を予測し、対応策を全て考え、そしてジルベール宰相がそれに適した人材配置を組み立てることで肉付けされた、策士と謀略家、二人の天才が作り上げてくれたその作戦を。


「貴方には俺やアイツ、あの人もいます。でもそれだけじゃありません。」

私に背中を向けたまま、アーサーが独り言のように言葉を続ける。

その背筋は真っ直ぐに伸びていた。


「我が国には」


騒ぎの原因と思える人達の声が近づいてくる。「ここか⁈」「はい!さっきの少年が教えてくれたのはこの先で…」と慌しい叫び声とともに大勢の人影が私達の前に飛び出して来た。



「騎士がいます。」



アーサーの言葉と同時に白の団服を身に纏った騎士達が私達の目の前に現れた。檻の中に捕らわれた人々が一気に歓喜し、立ち上がった。目を輝かせ、彼らの存在に助かったと声を上げる。

私も驚きのあまり、息を飲み、反射的に自分の胸元を掴んだ。


来てくれた…!我が国の誇り高き戦士。

民を、直接その手で救う者。




フリージア王国騎士隊が。


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