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95.惨酷王女は檻に入る。


「チッ!結局残ったガキ共も特殊能力者でもねぇ只のガキかよ‼︎今日は散々だぜ‼︎」


男の怒鳴り声とともに私とアーサー、ジルベール宰相は男達に見張られ先導されながら檻の中に入った。前世の動物園で見たような大きな檻の中には、すでに多くの人が私達と同じように集められていた。全員、死んだような薄ぼんやりとした眼差しで、私達が檻の中に入ってきても殆どの人が下を俯いたままこちらを見ようとすらしない。

「まぁそう言うな。コイツらは小綺麗な顔をしてるし、それなりに高く売れんだろ。」

そう言いながら男の一人が私の頭を上から鷲掴む。…瞬間、ぞわっと背筋が凍った。男に対してはない、私の前を歩かされたジルベール宰相と私とその男の背後を歩いていたアーサーから凄まじい殺気が男へ放たれたからだ。男にもそれが伝わったのか、突然私から手を離し、他の男達と一緒に殺気の出所を確認しようと辺りを見回した。まさか自分の前後から同時に放たれたとは思いもせず。そのまま「と、とにかく!居なくなった連中と商品をさっさと見つけるぞ!」と言い、最後にアーサーの背中をつき飛ばすようにして檻へ押し込み、扉の鍵を閉めた。

そのまま四人の見張り以外、私達を連れてきた男達は足早にその場を去った。「まさか裏切って商品持ち逃げしたんじゃねぇだろうな⁈」「だがどうやって」と言い合いながら声が足音と一緒に遠ざかっていく。

「大丈夫でしたかプ…じゃ、ジャンヌ。」

「お怪我はありませんか?」

アーサーとジルベール宰相が私の顔を覗き込んでくれる。二人がそれぞれ丁寧に男に鷲掴まれた私の頭を撫でるようにして髪を整え、埃を払ってくれる。ありがとう大丈夫よ、と伝えながら笑みで答えた。

…あの後、ステイルとヴァルが去って暫くしてからまた別の男が私達の馬車へ様子を見に来た。布袋の中にいた私、そして気を失ったふりをしたアーサーとジルベール宰相以外誰もいない馬車の中に大声をあげていた。何故、誰もいない?他の奴らは、馬車の連中は何してやがるんだと騒ぎ、他の仲間を声を上げて呼ぶが誰も来ないことに地団駄を踏んでいた。最後は気を失ったふりをした私達を置いて何処かへ走って行き、すぐに複数人の仲間を連れて戻ってきた。馬車の外から数回声を掛けられた後、ジルベール宰相の呻き声が聞こえた。


そこからは彼の思い通りだ。


何が起こった、お前達以外の連中はと問い詰める男達にジルベール宰相は逆に取り乱したように「此処はどこですか」「フィリップは何処に」「お願いです助けて下さい」と名演技を披露した。布袋越しにでもわかるほど、真に迫った迫真の演技だった。流石としか言いようがない。

誰がどう見ても現状を理解していないただの少年だった。

男達もそれを信じて「とにかく残っているガキ共だけでも運ぶぞ」と私を布袋から出して、アーサー、ジルベール宰相とともにすぐそこの洞穴まで連れて行った。

途中、洞穴を入る手前に「見張りの男はどうした」と異変を感じていたから、恐らくステイル達の仕業だろう。下り坂の路を通り、奥へ入ると二手に別れた道の前で今度は尋問だった。大柄な男の一人が鞭をしならせながら猫撫で声を時には使い私達に問う。長々と語ってはいたが結局は、私達はこれから売られる。そして、只の人間ならば死ぬ方が楽だと思える程の苦痛と掃き溜めの人生。そして特殊能力が少しでもあれば、飼い主からまともな扱いを受けられる。だから特殊能力があるならばこの場で言うのが人生最後のチャンスだといったものだった。勿論、私達三人とも特殊能力のことは言わなかった。上級の人達がいる檻はステイル達に任せたし、私達は他の人達を助けないと。例え暴れ回るとしても、先ずは捕まっている人達を安全なところに避難させないといけない。その為にも私達が行くべきは上級以外…特殊能力を持たない我が民が閉じ込められている檻だった。


「取り敢えず、今は動きがあるのを待つだけね。」

ジルベール宰相とアーサーへ小さく声を掛け、改めて辺りを見渡す。檻の外にいる見張りは、気楽な様子でこちらを対して気にせずに椅子に座って気だるそうに談笑していた。これならこそこそと話す分には大丈夫だろう。多くの人達が蹲り、力無く首を垂らしている。あまり食事を与えられていないのか、それとも下級層にいた時からなのか身体が痩せ細っている人が多くいた。…これでは檻から逃がしたところで、無事ここから自力で逃げ出すことは難しいように見える。大人から今の私達より幼い子どもまでいる。服装から察して、やはり全員我が国の下級層の住人だろう。親子や単独の子ども達もいて、特に小さな子どもは隅に数人ずつそれぞれ集まって小さくなっていた。そっとその中でも特に幼い子ども達が集まっている一角に近づき「大丈夫?」と声を掛けてみる。大分過敏になっているらしく、私の声にも身体をビクリと震わせて悲鳴を上げた。…いや、単純にラスボス女王である私の顔が怖かったのかもしれない。

「驚かせてごめんなさい。…ねぇ、いつからここに?」

少しショックを受けながらも子ども達がこれ以上怯えないようにゆっくりと語りかける。子ども達はまだビクビクと怯えながら「わからない」「怖い」「ずっと」と答えてくれた。たしかに、外の光も届かないここでは、時間の感覚もないのかもしれない。大丈夫、大丈夫と言いながら子ども達をそっと抱きしめる。すると、完全に冷え切った子ども達の温度が身体に伝わってきた。小さく啜り泣く声も聞こえる。子ども達を手が届く範囲で抱きしめながら、ふとジルベール宰相とアーサーの方を振り返る。

ジルベール宰相は大人の人、一人ひとりに何やら話を聞いていた。男達の特徴やどのような場所で、どのような方法で捕まったのか、聞ける情報を事細かに聞き取っている。アーサーを見ると怪しまれない程度にうろうろと檻中を歩き回っていた。「大丈夫っすか」「すみません、通ります」と言いながら捕まっている人達ひとり一人に触れて回っている。恐らく、特殊能力で体調不良者だけでも癒そうとしてくれているのだろう。

そうしている間にも、私が抱きしめていた子ども達が震えだした。何人かの子どもがお父さん、お母さんと呟き出した。しまった、抱きしめたことで逆に不安や恐怖を思い出させてしまったのかもしれない。数人が言い出すと、呼応するかのように私が抱きしめている子ども以外の他の子達まで小さく呟き出した。今の私より年上の子どもまで膝を抱えて目に涙を溜め出した。

どうしよう。あまり声が大きくなってしまったら見張りの人間に気づかれるどころか、騒いだ子どもが酷い目に合わされるかもしれない。子ども達を落ち着かせる為に仕方がなく一度抱きしめる手を緩めて離れようとしたが、今度は逆に抱きしめていた子ども達が私の腕を掴み、離れまいと抱き付いてきた。お父さん、お母さん、母さん、父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんと子ども達それぞれからの呟き声が広がっていく。

「ッうるせぇぞガキ共‼︎大人しくしてろッ!市場前に処分されてぇのか‼︎」

ガンッ‼︎と檻を思い切り蹴飛ばす音と金属音が勢いよく響きわたった。子ども達が悲鳴を上げ、身体を硬くさせて縮こまった。

…何故、こんなに大人がいるのに子ども達の傍に付き添っている人が殆どいないのかよくわかった。きっとこうして子どもが泣いたり騒いだ結果、傍にいると自分達が目をつけられてしまうからだろう。その証拠に今、檻の向こうから檻を蹴った男が私のことをじっと睨みつけている。


「おい、そこのガキ。売る前から傷モンにされたくなかったら大人しくしてるんだな。これ以上騒がせたら俺がその口塞いでやるぞ。」


なにでとは未だ言わねぇが。と下品な笑みと共に男が付け足すとその途端、ギャハハハハッと他の男達からも笑い声が響いた。あんなガキがお前は良いのか、色気もなにもありゃあしねぇと言われ、取り敢えず侮辱されていることは察した。まぁ、昨日のヴァルに色々無礼な事言われた後だし、何とも思わないけれど。…ただ、その時のアーサーとジルベール宰相の表情が凄く怖かったのでそちらの方が凄く気になってしまった。二人共小さく男達の方を振り返りながら、アーサーは両手で、ジルベール宰相は片手だけで指の関節をバキバキと鳴らしていた。確かに王族に対しては失礼な物言いでしかないけど、今の私はただの十一歳なのだからそこまで怒る必要もないと思うのだけれど。

男達の笑い声と騒ぎ声が響き、その間に私の腕の中にいる子ども達も萎縮したまま口を固く閉ざしてしまった。

ギャハハハハハハハッ‼︎という笑い声に紛れて周囲の子ども達の鼻を啜る音やしゃくり上げが私の耳まで届いた。その時だった。





「…ヴァル。」





えっ。

甲高い少年の呟き声だ。聞き違えかと思いながらも声のした方を振り返る。

私が抱きしめた子ども達から数メートル離れた壁際に、その子はいた。小さな男の子と、今の私と同じくらいの歳の女の子だ。…七歳と十一歳くらい。ヴァルが言っていた年齢とも見かけが一致する。黒髪を寝癖のようにはねさせた男の子は小さく膝を抱え俯いていた。その男の子を守るように隣に寄り添い、寄りかからせるようにして肩を貸してあげているのは少しだけ目元の鋭い茶髪の女の子だ。前世でいえばワンレン…といった感じだろうか。前髪と後ろ髪が同じ長さで肩に余裕でつくまである。二人共、鬱鬱と暗い表情をして地面へ視線を落としていた。私が驚きのあまり一度ジルベール宰相とアーサーの方へ振り返ると、二人も声が聞こえていたらしく目を丸くしてこちらへ顔を上げていた。

…やはり、聞き違いではないようだ。


「……ケメトと、セフェク…?」


恐る恐る、子ども達を抱き締めたまま私は彼らの方へ名前を呼んでみた。

二人共同時に顔を上げ、私の方へ瞳を向ける。何度も瞬きし、私の言葉を確認するようにじっとこちらを凝視している。

間違い、ない。



…でも何故、彼らがここに?


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