93.義弟は消す。
ギギギッ…と、馬車の扉が開く。
男はこれから馬車の中に積み込まれた商品となる人間を檻まで連れて行く作業を任されていた。やること自体は簡単だ、全員手足は縛られているし、足の縄だけとって脅して歩かせれば良い。鎖で縛られている者は一度後回しにして、まずは他の者から…
「…ん?」
扉を開けた途端、男は首を捻った。
殆どは縛られた人間が怯えた顔でこちらを見つめているだけだ。だが、その中で一人だけ少年が立っている。手だけはちゃんと縛られているが、足は拘束されている様子もなく、馬車の奥で真っ直ぐに立ってこちらの様子を伺っていた。
「おい、そこのガキ。なに勝手に足の縄解いてやがる。」
なにかの弾みに縄が取れたのか、それとも誰かが縛り損ねたのか。取り敢えず暴れたりしないように凄み、ゆっくりと馬車の扉から中に入り、奥に佇む少年に近づく。何故か怯える様子も、逃げる様子もなくただその場に固まっていた。
「よーし、良い子だ。…良いか?泣きでもしたら」
瞬間、男が消えた。
一瞬のことだった。男が少年の肩に触れた途端、跡形もなく消えたのだ。振り返り、捕らわれながらも様子を見ていた人達も訳がわからない様子だった。
「ッおい!馬車の扉開けたまま仕事放り出した奴は誰だ⁉︎…ん?」
扉が開けたままにされたことに気づいた別の男が怒鳴り、そしてまた馬車の奥に佇む少年に気づく。今度は後ろに二人を連れている。馬車の中に三人同時に入り、…また馬車からその三人が出てくることはなかった。その後もまた二人、そしてまた一人と次々と気づいては馬車の中に入り、そして音もなく消え続けていく。
「馬鹿め。」
馬車の奥に佇む少年、ステイルは静かに笑った。
繰り返していく内にとうとう馬車の異変に気付く人間が居なくなった。恐らく雑用を任された人間以外は別の場所に移動したのだろう。改めて周囲を見る。捕まった人達が皆、怯えるような目をステイルに向けている。自分達を攫った連中とはいえ、目の前で次々と人が消えたのだ、無理もない。ステイルはその一人一人と目を合わせるように顔を眺め、最後に薄く笑んだ。
「こんにちは。そして、さようなら。ちゃんと皆さん、ありのままの事実を話して下さいね。」
まるで悪役にも聞こえる台詞を語り、足の縄と同様に手の縄を瞬間移動して消す。そのまま自由になった両手で縄で縛られた彼らに触れ、彼らもまた、瞬間移動で消していった。片手それぞれでバラバラと手当たり次第に触れては消していく。人数の多さにとうとう面倒になり小さな身体で馬車に敷き詰められていた人達の上を駆け出した。足蹴にされる瞬間、ステイルの足の裏と人が触れる途端にまた消える。十歳の身体がぺたぺたと駆け回る度に馬車から人口密度が一気に減っていくその光景は奇怪でしかなかった。二分もかからずに気がつけば馬車にはステイル達だけが残される。
最後、満足げに一人で笑うステイルは、したり顔でジルベール宰相とアーサーを見下ろした。
「チョロいな。」
……
「おい、アラン。本当にここで良いのか。」
「ああ、ジルベール宰相が確かに此処だって言ってたからな。」
騎士団隊長のカラム、アランはとある場所に来ていた。今朝、ロデリック騎士団長から命じられた殲滅戦。その命令の直後、ジルベール宰相が作戦会議室に自ら訪れ、わざわざ名指しでアランを呼び出したのだ。「今回の殲滅戦ですが、重要な参考人を少なくとも一名以上指定の場所にお連れしますので、どうぞお役立て下さい」と言って。何故か、自分達一番隊と同じく今回の殲滅戦を騎士団長に任された三番隊隊長のカラムと共に、と。最後に怪しい笑みで「このことは女王陛下、王配殿下にはどうか御内密に」と言われたことだけは妙に引っかかる。
「だが、いつまで待つつもりだ。作戦会議を終えたとはいえ、先ずは敵の本拠地の座標を予測しなくてはならないんだ。捕らえられている民を安全に一人でも多く救出する為にも」
ドサッ、と。突然何かが落ちる音が聞こえ、思わずカラムとアランはその方向へ振り返った。
そこは、誰もいない筈だったのに。
だが、目の前には確かに男が一人、目を丸くして転がっていた。
「なっ⁉︎こ、…何処だここは⁈」
目の前にいる騎士二人を前に威嚇し、次に自分がいる場所を理解して目の前の鉄格子を両手で掴む。
「なんで、俺が!檻に⁈」
取り乱し鉄格子を握ったまま腕を振る男にカラムとアランは顔を見合わせた。
「なんで、って…なぁ?」
「独房に檻があるのは当然だ。お前こそ何故ここにいる。」
見るからに裏稼業の人間の顔付きと風貌である男に、特殊能力者か?とカラムは訝しむ。それに対して男は絶句し、まだ言���が纏まらないのか口をパクパクと閉じたり開いたりしながら手にある銃をガタガタと二人へ向ける。だが安い銃程度で壊れる程に檻の鍵は脆くない。何より今ここで発砲しても自分の立場を悪くするだけだ。すると…
「ッぎゃあ⁈」
ドサドサドサッ、という音とともに男の上に更に別の男達が今度は三人落ちてきた。お前は!此処はどこだ⁉︎と男四人が顔を見合わせ問答し合う姿を騎士二人はまじまじと見つめた。
「まさか…これが重要参考人、か?」
「だろうな。…確か、話では〝一名以上〟ということだったが。」
アランの言葉にカラムが頷く。
「よくわからねぇけど…この調子だと、まだ来そうだよな?」
もう暫く待つか?と問うアランにカラムは同意する。それからほんの数分で、狭い檻の中に次々と男達が降ってきた。檻の中が満員以上になり、ぎゅうぎゅう詰めされた男達にどちらが騎士団長に報告するかを話し始めた時だった。
「んーー‼︎んん〜‼︎」
「此処はっ…⁉︎」
「ッキャアッ‼︎」
また、自分達以外の声が聞こえた。今度はドサッという乱暴な音は聞こえず振り返れば檻の外側に手足を縄や鎖で縛られた男女や子どもが次々と現れた。中には布袋がうねうねと動いているのもある。こちらはどう見ても一般人だ。これには流石に二人も驚き、急いで彼らに駆け寄った。
本拠地の座標を知る加害者、そしてその被害者が一同に騎士団へ届けられたことをロデリック騎士団長とクラーク副団長が知るのはそれから間もなくのことだった。