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92.惨酷王女は放り込まれる。


「で…確か、五人の身代わりと引き換えといった筈だが。」


約束の時間、下級層の中でもスラムといっても違いない程の貧困街。廃屋以下の壁と屋根しかない小屋のような場所の前にヴァルは立っていた。壊されたのか、周りにも何かが暴れた跡のように至る所に瓦礫が転がっている。その瓦礫の傍には手足を縛られた四人の少年少女もいた。大体十歳前後だろうか。一人だけ十代後半の青年もいるが、全員気を失っているのか縛られた体制のままぐったりと地面に倒れ、動かない。

約束の時間にやって来た男は五人だった。四人は顔を知られないように深く口元を布で隠し、もう一人の男は顔こそ同じように隠しているものの他の四人と風貌からして違った。背丈は平均身長より少し高いくらいだが、横幅は平均の倍はある巨漢の大男だった。首に何本もの鎖を掛け、歩く度にジャラジャラと音を立てていた。

「五人目は俺だ。さっさとテメェらが連れていったガキ二人返せ。」

ヴァルがはっきりとした口調で告げる。その言葉に男達はガッハッハッと笑い出した。

「テメェに価値なんざある訳ねぇだろ‼︎俺達が商品にしてぇのはこの国の人間だ!テメェみてぇなの売れる訳が」

「俺は特殊能力者だ。」

次の瞬間、ヴァルの足元に散らばった瓦礫が動き出した。ガラガラと音をたてながら瓦礫の山が作られ、次第に大きな壁のようなものを形成した。男達はその様子に少し驚いたように口を開け、…更に大笑いした。

「こりゃァ良い‼︎とんだ貴重品を逃すところだったぜ!」

男の一人が指を指しながら腹を抱えた。

「なら、問題はねぇだろ。さっさとあのガキ共を返…ッ⁉︎」

ジャララララララァッ‼︎とけたたましい音と共に大男の首にかかっていた鎖が動き、ヴァルの身体に巻きついた。まるで蛇のように手や足、そして最後には口を塞ぐように鎖が巻き付き、彼の自由を奪った。バランスを崩し、そのまま受け身も取れず地面に転がった。目を見開きながら何やら唸るヴァルに男達が腹を抱えて笑う。「本当に五人も調達できるとはな」「この調子で行けば市場を開くまであっという間だ」と話しながら、最後に男の一人がヴァルの頭に目掛けて足を踏み下ろし、その意識を奪った。

「馬鹿が。わざわざ調達した商品を返すヤツが何処にいるんだ。」

巨漢の大男が気を失ったヴァルの焦茶色の髪ごと頭を踵でグリグリと踏み躙り、四人の男に残りの四人を運ぶように命じた。ヴァルを縛った鎖が動き、ヴァルは鎖ごとずるずると頬を地面にすらせながら引きずられていく。他の四人の子どもも手慣れた様子で運ばれていく。十代後半の青年は担がれ、他の子ども達に到っては両脇に抱えられ、小柄な子どもは乱暴に布袋へ縛られたまま詰め込み運ばれた。


そう、ステイル達の計画通りに。


数分歩いた後、今度は子ども達とヴァルは荷馬車に放り投げるように詰め込まれた。中には既に他にも手足を縛られ身を屈めて小さくなっている子どもや大人が何人も詰めこまれてた。中にはヴァルのように鎖で縛り上げられている者もいる。

男達が扉を乱暴に音を立てて閉じると、暫くして勢いよく馬車が動き出した。左右前後に揺れ、縛られた人達が互いにぶつかり、時には押し潰されて悲鳴が上がった。

「ッ大丈夫っすか、プラッ…ええと。」

先程放り込まれた十代後半の青年、アーサーがもぞもぞと動きながら、布袋の中に放り込まれたままの少女に呼び掛ける。袋がもぞりと動き、「今のところは大丈夫」と割と元気な返事が帰ってきた。「まだ、他にも連れ込まれる人がいるかもしれないからまだこのままで良いわ」とそのまま言われ、アーサーは両手足を縛られたまま芋虫のように動き、他の人間に布袋ごと少女が潰されないように自分の身体で囲った。

「いいぞアーサー。姉君には絶対指一本触れさせるな。」

先程放り込まれたもう一人の少年がアーサーに声をかけた。同じように馬車に揺られ、身体をくねらせながらアーサーの方へ近づいていく。「姉君を布袋に放った男、顔は覚えた」と少年とは思えない黒い殺気を放ちながら、振り返る。

「おい、ジル。お前も姉君を守れ。」

自分達と同じく放り込まれた四人目の少年にステイルは小さく声を荒げた。

「まさか弟君にこの名で呼ばれる日がくるとは。」

一人呑気に微笑みながら馬車の揺れに沿うように転がってくる少年はにっこりとステイルに笑みを向けながらにじり寄ってきた。

「お望みなら大声でフルネームで呼んでやる。」

フン、と鼻を鳴らしながらステイルはジルベール宰相を睨みつけた。

「ステ…、ええと〝フィリップ〟!ヴァルは大丈夫⁇」

布袋の中の声にフィリップ、と呼ばれたステイルは小さく振り返り、ヴァルの方を確認した。

「まだ気を失ってますが、大した怪我ではないですし大丈夫でしょう。」

馬車の揺れに合わせて人と人の間を転がるヴァルを��ながらステイルは「それよりもご自身の心配を」と布袋の中にいる少女…プライドへ声を掛けた。

「ええ、わかっているわ。」

プライドは布袋の中から小さく頷き、静かに喉を鳴らした。


ヴァルが用意した身代わりに成り代わり、男達に敢えて本拠地まで連れて行かせる。

それがステイルとジルベール宰相の計画だった。本当は五人目の身代わりに騎士の非番の誰かや近衛兵のジャックに頼もうかとも考えた。もし、万が一子ども二人が本当に引き換えに解放されたらヴァルが居ないと二人を迎える人が居なくなるから。でも、ヴァルがそこははっきりと「あのガキ共は俺無しでも平気だ」と明言した上、自分から身代わりを名乗り出た為、結局ヴァルと私、ステイル、アーサー、そしてジルベール宰相が下級層の人間に扮して身代わりになることにした。


私とステイル、ジルベール宰相は子どもの姿に変わって。


最初にジルベール宰相から別人に変わると言われた時から予想はついていたけれど、下級層の子供の衣服だけ用意された後、ジルベール宰相の年齢操作の特殊能力によって私は十五歳から十一歳に。ステイルは十四歳から十歳に、それぞれ四年分若返らせて貰った。どうせ年齢操作なら身体的に戦闘力が上がっている大人の姿になりたかったけれど、子どもの方が敵も油断するし、特に女性の私は幼い方が大人しくしないといけない間、色々安全だと言われた。…布袋に放り込まれた時点で安全かどうか疑わしいけれど。

ジルベール宰相の年齢操作を始めて目の当たりにしたヴァルは最初かなり動揺…というかドン引きしていた。まぁ、目の前で人が子供になったら当然びっくりする。その後すぐにジルベール宰相まで幼くなって十三歳の姿になった時は「ジル⁈」と叫びたい衝動を抑えるのが大変だった。流石攻略対象者というか、十三歳の姿でもジルベール宰相は凄く綺麗な人だった。薄水色の髪を垂らしながらにっこり微笑む姿はゲームの正体不明の美少年を演出する妖しさと可愛さが滲み出てて…思わずジルベール宰相ということも忘れてガン見してしまった。ついでに、ステイルの十歳姿にも失礼ながら少しはしゃいでしまった。ずっと一緒に育った筈なのに、たった四年前のステイルが可愛くって。あどけなさが残るステイルの顔もまじまじと見つめて、自分より背が高いステイルを思わず抱き締めてしまったほどだ。ふと、仲間外れにされて疎外感を感じていないかとアーサーの方を振り返ると、…目を丸くし真っ赤な顔で私を見ていた。下級層の子どもの格好とはいえ、別にそんな露出もないし、むしろ露出があってもたかだか十一歳の子どもなら気にならないと思うのだけど…。何故だか「あの、プライド様の年齢せめてもう少し上げ下げできないっすか…⁉︎」とジルベール宰相に詰め寄っていた。でも、ジルベール宰相が用意してくれた服のサイズにピッタリだったのがこの年齢だったので結局このままになった。…何故か、私の横でステイルが腹を抱えて大笑いしていたけれど。そんなに十一歳の私は変だろうか。折角今朝からやっと私をまともに見れるようになってくれたアーサーがまた赤面状態に戻ってしまったけれど、それでも最後には十一歳の私の手を握って「今度は、絶対守ります…‼︎」と力強く言ってくれた。今度はというか、毎回私はアーサーに守られているばかりなのだけれど。

一応、名前でも違和感を持たれないようにジルベール宰相のことは「ジル」。ステイルのことは養子になる前の昔の友人の名前を借りて「フィリップ」、私も「ジャンヌ」という名前で呼び合うことになった。ジルベール宰相はともかく、ステイルに対しては違和感すごいし、私自身まさかこの名前を私自身が使う事になるとは思わなかった。でも、他に良い名前が思いつかなかったし、ロッテやマリーと呼ばれるのもすぐに自分だと反応出来なさそうで不安だった。自分で発案しておきながら恥ずかしくてそれを誤魔化すように十三歳のジルベール宰相に対して「ち…父上!」と冗談で呼んでみたら、ジルベール宰相がきょとんとした顔を一瞬見せた後、もの凄く慈愛に満ちた笑顔を私に直球でぶつけてきたので余計に恥ずかしくなった。


馬車に暫く揺られ、本拠地に着くまでに更に二回、馬車の扉が開いて数人が放り込まれてきた音がした。私達だけでもわりとぎゅうぎゅうだったのに、更に人が詰められて、更に私は布袋の中だったので到着する前に酸欠で死ぬんじゃないかと心配になった。

そして、馬車がある時再び動きを止めた。

ガチャンガチャン、と金具や周りの音もかなり騒がしくなってきた。恐らく本拠地に着いたのだろうと思う。

馬車の中で捕まっている人達が怯えるように悲鳴や泣き声を上げている。当然だ、この後自分達がどうなるかなんて簡単に予想はできる。


「では、行ってきます姉君。」


ステイルの声がした。

これからどうするかの段取りは全て頭に入っている。私が袋越しに「気をつけて」と返事をすると次にはペタペタという子どもの足音と他の捕まっている人達であろう戸惑いの呻き声や「そこの子!大人しくっ…」という潜めるような声が聞こえた。



ー ここからが、作戦始動だ。



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