91.惨酷王女は作戦を聞く。
「ええと…ステイル…アーサー…?」
…私は今、結構焦っている。
昨晩、私を迎えに来てくれた後から二人の様子がおかしい。
今日は拐われたケメトとセフェク達を助け出しに行かないといけないのに。
「はい?どうかされましたか、姉君?」
「は、はい‼︎な、なな何でしょう⁈」
何故だかステイルは態度こそ普通なのに黒いオーラみたいなの背負っているし、アーサーは私の方を向く度に凄く萎縮した上に顔を真っ赤にする。いつも通りの調子で笑顔でいてくれるのはティアラだけだった。
「あの…昨晩は、本当に心配かけてごめんなさい…?」
その途端。
一気にステイルの黒いオーラが激しくなり、アーサーは何やらボンッ!と破裂するような音と共に顔を益々真っ赤にさせた。
「どうしたの兄様、アーサー?」
二人に向かって首を傾げるティアラに私は苦笑いしかできない。
昨晩…ヴァルの本心を知れた後、気を失うように眠ったヴァルに押し潰された私は、ステイルとアーサーが迎えに来るまでそのまま眠るヴァルの下敷きになっていた。
本当は合図を送ればもっと早くステイルが迎えに来てくれたのだろうけど、物音一つでもたててしまえば起きてしまうんじゃないかと心配で、折角寝入った彼を起こしたくはなかった。ただでさえ、特殊能力者の治療後にまた大暴れしてボロボロになっていたのだから。
そうして約束通りの時間にステイルとアーサー、そしてティアラが迎えに来てくれた。そして、
…私とヴァルの体勢にステイルとアーサーが戦慄した。
私もこれはヴァルに殺される寸前だとか勘違いされるなと思ったので、人差し指を口元に立て、もう反対の手を必死に振って、無事だから静かにアピールをした。そのお陰でステイルは速攻で私の手を取り、私だけを瞬間移動してヴァルの下敷きから解放してくれた。声を潜めながら「何があったんですか?」と詰め寄るステイルとアーサーにここで説明すると絶対ヴァルを起こしてしまうからまた明日!と、手早くヴァルの傷に包帯だけを巻き、ティアラが毛布をかけてそのまま二人を押し切るような形で解散となった。
そして翌朝、朝食後に予定通りアーサーが私達を門前に迎えに来てくれて…これである。
「あの、ね…?昨日はその、ヴァルの話を聞いて…」
「姉君。それよりも先にできればあの体勢の理由を。」
恐い‼︎珍しくステイルが私に対して容赦ない‼︎
笑顔で私の返事を待つステイルと、顔の火照りが収まらないのであろうアーサーに、私は慌てながら昨日のことを説明した。特にあの体勢はヴァルが途中で眠ってしまってそのまま起こしたくなくて敢えて合図を出さずに時間が経つのを待っていたのだということをしっかりと伝えてから。
そして、ヴァルがケメトとセフェクに対してもちゃんと思い入れがあるこということも説明した頃には、なんとかステイルの黒いオーラは幾分かおさまっていた。
「…わかりました。では、本当にそれ以外はなかったのですね?あの罪人に無体や乱暴をされたりなどは…」
「無い!無いわ、本当に‼︎隷属の契約で彼にできる訳ないもの‼︎」
まぁ、実際は下敷きになる前に床ドンもされたようなものだけれど…床ドンという言葉の概念がこの世界には無いし、説明が面倒なので敢えて胸にしまい込んだ。
ステイルはそのまま深く息を吐いた後、「本当に…うっかりティアラとの約束の直後にも関わらず剣の錆びにしてやるところでした。」と更にため息混じりに呟いた。え?剣の錆…って私を⁈ティアラとの約束って⁇
私が疑問を口にするよりも先にステイルが「だ、そうだ。お前は納得したか、アーサー」と隣にいるアーサーに声をかけた。
「…〜〜っ、…いや…わりぃ…俺はまだ、もうちょいかかる…っ。」
何故か未だに顔を真っ赤にして私から目を合わせようとしてくれない。そんなに心配を掛けたことを怒っているのだろうか。…なんだかへこむ。
「…あの、お姉様。」
ティアラが私の隣に並び、小さく袖を引いた。なあに?と聞き返すとティアラがふんわりとした笑顔を私に向けてくれた。
「…ありがとうございます。ヴァルと話して下さって。」
そういって笑ってくれるティアラが眩しくて、なんだか私がドキドキしてしまう。ただ、何がありがとうなのだろう?私が思わず首を捻るとティアラが跳ねるように私に抱きついてくれた。
「お姉様なら絶対ケメトとセフェクや、他の人達も助けてくれると信じてます!」
柔らかいティアラの身体を両腕で受け取める。こういうイベントを、ステイルやアーサーではなく私にやって良いのだろうかと思った瞬間。
…もしかして、昨日私がヴァルとしていたことも同じようなものだったのかなと気づいた。
その途端、急に私までアーサーみたいに顔が熱くなりだした。どうしよう、第一王女としてかなりはしたない行為だったのかもしれない‼︎アーサーやステイルが怒ったりドン引きするのも当然だ!むしろ引かずに笑ってくれるティアラは女神様だろうか?
「あ…ああああの!二人とも‼︎」
今更になってどんどん火照る頭でテンパりながら、少し顔を赤みが薄くなってきたアーサーと、しっかりしろとアーサーに声を掛けているステイルに声をかける。二人ともティアラと抱き合いながら顔を真っ赤にしている私を見て、不思議そうに瞬きを数回していた。
「わっ…私!き、昨晩っ…は…はしたないことしてごめんなさいっ‼︎」
馬鹿みたいに大きな声でそう叫ぶと、
ステイルとアーサーが次の瞬間同時に吹き出し、笑い出した。
ぶはっ、と笑い出す二人に私は呆然とする。すると、少し間を置いてからステイルが笑いを堪えながら私に「姉君っ…もう、淑女なのですね…!」と声を漏らした。待って弟。これでも十五歳の第一王女の私にそれは無いわよね⁈
「おやおや…あいも変わらず仲がよろしいですね、プライド様。」
ふと、声がして振り向くとジルベール宰相が立っていた。優雅に私達に礼をすると「本日は我が屋敷への訪問、宜しくお願い致します。」と挨拶してくれた。
今日、私達は表向きはジルベール宰相の屋敷の夜会にお邪魔するという名目だった。城の人達にもそう認識してもらっている。流石に犯罪者の巣窟に乗り込むなどと言える訳もない。実際ジルベール宰相の家に留まるのはティアラだけの為、屋敷に到着してすぐに私達はヴァルのいる隠し部屋に瞬間移動した。
ガンッ‼︎
…瞬間移動して早速、ジルベール宰相の肘がヴァルの頭に落下した。突然の衝撃で、私達が現れたことに感想を言う前にヴァルは痛みに悶絶した。
「失礼致しました。私の思い出深き部屋が酷く突飛な模様替えをされていたので、つい。」
口元だけが笑っているジルベール宰相はその目が全く笑っていなかった。…そうだった、ここはマリアが七年も過ごした部屋だった。そんな部屋が一夜でボコボコのクレーターとヴァルの血だらけにされてたら流石に怒る。私がヴァルへの命令が不足していたせいもあるので、私からもジルベール宰相にお詫びした。
…でも、部屋の荒らしっぷりは酷いとはいえ、今朝は昨晩以上に酷くはしていないようだった。ジルベール宰相を鋭い眼差しで睨みつけてはいるが、昨日のように私達を挑発する様子もなく、若干大人しい印象だった。私を睨む目も昨日よりは若干柔らかい。…目が合った途端に逸らされたけれど。
「では、早速ですが…」
ジルベール宰相が何事もなかったかのように、紙を広げて今日の作戦会議を始めた。
私達は表向き、ジルベール宰相のお屋敷にいることになっている。ジルベール宰相本人も同じくなので、今日は非番じゃないのに大丈夫かと尋ねると「王配殿下には許可を取りましたし、今日の内に片付けねばならない仕事は全て終えましたから」らしい。…まだ、午前過ぎの筈なのだけど。
作戦を説明されている間もヴァルは今回は大人しかった。何処か、私達の様子を伺っているようにも見えたけれど、真剣な眼差しでジルベール宰相の話を聞いていた。最初は少し意見もだしていたけれど、その度に完璧なまでのジルベール宰相とステイルの対応策に途中からは口を挟むのを完全に諦めていた。
「とまぁ、そんな流れで敵の本拠地を壊滅する予定ですが…」
紙を最後にもとの状態に巻き上げ、ジルベール宰相が一言にっこりと笑った。
「以上、囚われた人間の安全確保後、鎖の特殊能力者諸共、敵とその本拠地を殲滅。それまでが本日の予定となります。」
殲滅。
その言葉の意味を正しく理解して、私達は頷いた。
今、我が国では二年前から人身売買に関する犯罪への重罰改正が進んでいた。そして、例え我が国の国境を越えようとも他国の国境へ踏み入らない限りは見逃されない。最終的には人身売買が合法化された他国であろうが我が国の民の売買を禁じ、罰することまでがジルベール宰相の目標らしいけれど。
そして今や人身売買は例え、売った人数が一人であろうとも重罰、または死罪だ。今回は組織で既に複数人の我が民が捕らえられている為、関わった人間は全員が死罪を免れない。
昨晩、非番にも関わらず城に戻ってきたジルベール宰相から父上と母上には報告がされ、女王である母上から正式に騎士団へ捕らえられた我が民の救出と組織の殲滅が命じられた。
ジルベール宰相に昨夜、母上を通して騎士団に正式な依頼を、と提案された時は彼らを巻き込むことに少し躊躇ったけれど、もともと人身売買は違法。更には捕らえられているのは我が民だ。何より、彼ら以上に信頼できる戦力はいないと私も思い、「そうですね、騎士団ならば私も信頼できます。」と同意した。ステイルも頷き、アーサーも少し誇らしそうに笑ってくれた。
本当は殲滅戦ともなれば、事前準備とかが必要なのだけど、今回は我が民が他国に売り飛ばされるまで時間が無いという緊急性の高い事案だった為、騎士団の中からすぐに出動できる隊のみで形成され、今も殲滅戦の為の体制がロデリック騎士団長、クラーク副団長の指揮のもとに早朝から着々と進んでいる。
そして、私達はその戦場となる場所のど真ん中へこれから侵入する。
父上、母上…騎士団にも内密に。
何故かアーサーとステイル、そしてジルベール宰相がこそこそと「一番隊と三番隊が恐らく…」「ああ、その隊長なら…」「ならば最悪の場合は…」とか相談していたのだけが少し不安だ。
「では、先ずは敵地への侵入ですが。」
ジルベール宰相が両手をパンッと合わせて鳴らす。
「ご存知の通り、アーサー殿はともかく王族であるプライド様、ステイル様、そして罪人の裁判に携わる私も前科者には顔を知られている可能性があります。」
その通りだ。特に私とステイルは式典だけでなく最近は城下へ視察も行なっているから、わかる人ならわかるだろう。
なので、とジルベール宰相が言葉を切る。そして切れ長な目を薄く開き、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「ここは手早く〝別人〟になりましょうか。」
ジルベール宰相の言葉に私とアーサーは首を捻り、ヴァルは眉を潜め、ステイルは私達のその様子をみて
にっこりと、笑みを浮かべてみせた。
…なんか、もともとの天才策士の気質に加えて天才謀略家による英才教育が施されている気がして、可愛い弟が少し心配になった。