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11.義弟は決める。


翌日、従属の契約を交わす日になっても僕は未だプライド様のあの晩の行動が飲み込みきれずにいた。


朝食の時間になってもプライド様と顔を合わす気になれず、部屋で取らせて貰った。

昨夜の夕食と重ねてしまい、王族の反感を買うかと心配にもなったけれど、あのプライド様と国王様相手ならきっと許されるだろうと、少し昨日よりもしたたかな気持ちが強くなっていた。

部屋に篭りながら考える。

昨日まではただ絶望するしかなかったのに、今は少し冷静だった。単に覚悟が決まったのか、噂と違うプライド様を知ったせいなのか、それとも知らずに涙が出たことですっきりしたのかは分からないけれど、昨日より身体が動くのだけは確かだった。

枷のついた両腕が重い以外、昨日みたいに感情に引きずられない。部屋の鏡を眺めて試しに笑ってみる。にっこりと苦もなく笑うことができた。


僕は考える。

プライド様は噂と違って姫様なんてものじゃない、立派な第一王女だ。そして僕や国民のことも考えてくれている。甘くて人が良過ぎる部分も否め無いけれど、僕とほぼ年も変わらないし周りの年上の友達だってあんなもんだった。王族特有の特殊能力も覚醒されているし、あの人が女王陛下になることは間違いないだろう。そして僕も摂政、つまり国で二番目に偉い人になる。

今は難しくても、プライド様に気に入って貰えて、大きくなって僕とプライド様が一番二番に偉くなれば国の決まりを変えることもできるだろうし、そうじゃなくても僕の自由に母さんに会うことだってできるかもしれない。だってその時には文句を言う人はいないのだから。

そう、プライド様さえ味方であれば。大きくなって女王陛下になったらプライド様もやっぱり国の決まりを優先するかもしれない。でも、僕がもしその時迄にものすごく気に入られていれば。そしたら決まり自体を変えることも、特別に合わせて貰えることもできるかもしれない。その為には今から国王様や女王陛下、妹のティアラ様、そしてプライド様に気に入って貰わないと。最悪、プライド様と結婚する相手の、未来の国王様が反対してもこの人達にさえ気に入って貰えばきっとなんとかなる。国王様は摂政と同じくらいの権力しかない。

やっぱり重要なのは未来の女王陛下であるプライド様だ。

補佐としての立場を最大限に利用して、僕がプライド様の傍にいて、一番のお気に入りにならないと。

今のところ僕はプライド様のことはわりと好きだ。僕の為に鍵まで盗んだ上、あんなに泣いてくれたんだから。

それに、あの言葉…


『約束する…私は絶対これ以上貴方を傷つけない…‼︎貴方も、貴方のお母様のいるこの国も皆が笑っていられるようにする…!私の、命ある限り…‼︎』


本心だと、あの時の言葉はそう信じられた。プライド様からあんなに衝撃的な言葉を受けるのは後にも先にもこれが最初で最後だろう。


決まりだ、プライド様に気に入って貰える為に、全力を尽くそう。

自慢じゃないけど街でも僕はそれなりに人気者だった。男の子にも、勿論女の子にも。

きっと気に入って貰える。噂通り我儘で意地悪な人だったらどうしようかと思ったけれど、その心配もなさそうだ。なら良い子に、健気に、そしてもっと優秀になろう。


全てはいつか母さんに会う、その日の為に。


契約の時間が近づき、呼びに来た人がノックを鳴らしてきたからすぐに部屋を出る。

契約場所では既にプライド様が待っていた。僕が来た途端に心配そうな表情をしていたけれど、僕が「おはようございます、プライド様」と声を掛けるとほっとしたように挨拶を返してくれた。

司祭の人の礼に習って契約を進める。枷手で名前を書くのは面倒だったけれど、なんとか恙無く儀式を終えることができた。鼓動が強くなり、不思議なことにしっくりとプライド様と繋がったのだと感じた。


枷が外され、自由になった両手にまだ枷をされて一日くらいしか経っていないのに、こんなに両手は軽かったかと違和感を感じた。

国王様…いや、〝父上〟に肩へ手を置かれ、「これからよろしく頼むよ、わが息子よ」と言われて改めて僕は王族になったのだと実感した。

昨日のように失礼な態度を返さないように笑顔でそれに答える。「この国の未来と、そしてプライドの為にお前も今日から王族として存分に…」と話して下さる時の父上の満足そうな笑みをみて、心の中でほっとした。


話がひと段落して挨拶を済ますと僕はすぐにプライド様のもとへ直行した。

笑顔で、健気に、理想の補佐に、義弟にっ!

「これから先、宜しくお願いします。プライド様も妹君様も必ず守ってみせます。」

思った通り、プライド様は優しい笑顔で僕を迎えてくれた。大丈夫、僕は上手くやれる。

でも、その直後のプライド様の発言に僕は不意打ちを受けてしまった。


「ありがとう、ステイル。でも家族なのだから様付けなんて要らないわ。プライドと呼んでちょうだい。母上も叔父様に名前で呼ばせていたもの。」


え…様付けは要らない?たった今、家族になったばかりなのに⁇

女王陛下が摂政にそう呼ばせているとしてもそれは確実な信頼関係があってこそで、補佐としてなら〝第一王女〟や〝プライド様〟、義弟としてなら〝姉君〟と呼ぶべきだ。いやでもプライド様がそうして欲しいと言うのならそれには応えるべきで、でもそれを無しにしても昨夜にあんなことがあったばかりなのにいきなりプライド様を馴れ馴れしく呼び捨てで呼ぶなんて未だ心の準備がー…


ぼそぼそと言い訳も結論も出ずに言葉が溢れるだけで、段々とプライド様を呼び捨てにするという行為自体が恥ずかしくなってきた。

どうしてなのか自分でもわからない。今までだって年上の女の子を呼び捨てに呼んでいた事なんて何度もあったし、でもこの人はこの国の王女様でそれにこんな綺麗で素敵で優しくて…


「プライド第一王女殿下。」


気がつくと見届け人として参列していた宰相が僕とプライド様を覗き込んでいた。口元は笑っているのになんだか目だけが変に冷めてて嫌な感じがする。

「確かにヴェスト摂政は女王陛下をファーストネームで呼ばれてはおりますが、民の前では“女王陛下”または〝姉君〟と呼ばれております。」

宰相の言葉に僕は少しほっとする。

そうだよな、僕も女王陛下と摂政の会話は聞いたことがないけれど、やっぱりそれが正しいに決まっている。変に呼び捨てしてしまう前で良かった。

そう思うのも束の間に、次のプライド様の言葉にまたもや僕は驚かされてしまった。

「なら、人前では姉君で良いけれど、二人でいる時はプライドと呼んでちょうだい。だって私とステイルは家族で、対等な関係だもの」


まだプライドと呼べと⁈


しかも、〝対等な関係〟だなんて!

いま僕とプライド様は従属の契約を行った直後で、それは対等ではなく誰がどう見てもそれは主従の関係だ。

なのにこの人は僕と自分が対等な関係だと、なんの躊躇もなく豪語したのだ。すぐに表情だけは取り繕い、プライド様を〝姉君〟と呼んで握手することができたが、正直周りで驚いている大人達と同じ気持ちだった。


その後、国王様や宰相が会話に入っている間も僕は今後二人っきりになった時にどうやったらスムーズにプライド様を〝プライド〟とお呼びできるか、そのことばかりを考えていた。



だけど…



…最初は少し、どもってしまった。その上、プライド様に聞こえるかどうか分からない音量で〝様〟とつけてしまった。契約を終えた直後、プライド様が城の図書館を案内して下さる時だった。


二回目は、うっかりプライド様と呼んでしまった。でもプライド様は怒らずに「プライドで良いわよ」と笑ってくれた。そろそろ夕食の時間だから戻りましょう。と僕の名を呼んでくれた言葉に応える時だった。


五回目は、プライ…までははっきり言えた。プライド様は少しはにかみ、「プライド。」と返してくれた。次は…普通に言えた。お休みなさい、とそのままお互い部屋に戻った。


八回目は、プライ…ドと辿々しく言えた。嬉しそうに笑ってくれた。今日は天気が良いからと僕を庭へ誘ってくれた時だった。



…そして十五回目。

僕はプライド、と何の詰まりもなく自然に彼女をそう呼ぶことができていた。



気がつけば驚くほど完全に、その時には僕の中に〝プライド〟という存在は浸透しきっていた。


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