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87.惨酷王女はうたた寝をする。


「やはりここで一度分かれるべきでは?」


「ならば、不測の事態の場合に備えて…」

「なるほど。あと、やはりここは騎士団が適任かと。特に…」

「良いだろう。あともし人攫い連中が馬車やそれ以外の方法で運搬した場合もいくつか考えたが…」

「それならば先ずはここで…」

「それだと姉君の希望に叶わない可能性がある。だから…」

「確かに。では、そのように致しましょう」

「だが、懸念もある。もし俺や姉君が」

「お任せを。」


ステイルとジルベール宰相の白熱した作戦会議に私達は全く入れない。というか入れる気がしない。私とティアラはヴァルが寝ていたベットに腰掛けながら私の横で警護するアーサーと一緒に二人を見比べていた。

ステイル、ティアラ、アーサー、ジルベール宰相が私の願いに応じてくれた後、ヴァルの為に用意された筈の救護棟の個室は完全なる作戦会議室に変わってしまった。

今は、ステイルとジルベール宰相が二人で私の希望を叶えるべく明日の作戦を練ってくれた。

なんかもう、今更ながら凄く申し訳ない。

因みに、今回の発端となったヴァルは今ここにはいない。怪我の治癒能力者の治療を受けたとはいえ、まだ完全に能力が効くまで一晩はかかるし、彼自身の体力の消耗も著しかった。でも、だからといって一晩救護棟に泊める訳にもいかず…最初は一晩私の部屋にこっそり泊めようかと思ったのだけれど、ヴァル含め全員に猛反対されてしまった。別に隷属の契約をしているから、安全だと思うのだけれど。

結局、今は使われていない隠し部屋に一晩身を隠し、身体を休めてもらうことになった。ジルベール宰相の奥さんであるマリアが以前保護されていた部屋だ。家具とかは全部撤去されてただの素泊まりになってしまうけれど、毛布とかあればまぁ大丈夫だろう。

ヴァルにはその部屋を私の許可が降りるまで出ないこと。そして部屋の中では大声で喚くなどしなければ、ある程度自由に過ごしていて良い。と伝えてステイルに瞬間移動して貰った。因みに今のステイルは更に瞬間移動できる重さが増えて自分を入れて大人四人分は余裕で瞬間移動できるようになった。年々可能な重さが増えていて我が弟ながら恐ろしい。

ヴァルはなかなか未だに状況が飲み込めずに戸惑っている様子だったけれど、ステイルが容赦なく瞬間移動してしまった。

多分、二人の作戦会議も長引くだろうし暫く経ってから様子を見に行こう。


ふと、肩に温もりを感じて振り返るとティアラが私の肩に寄りかかって眠っていた。そういえば今日は朝から色々忙しかったし、城下の視察でもすごくはしゃいでいた。しかも、私の都合でジルベール宰相の屋敷に行ったり、更にはヴァルの登場。…きっと疲れたのだろう。

眠るティアラの頭を撫でて、私の肩からそっと膝へ降ろし、眠らせる。…攻略対象者のステイル、アーサー、ジルベールの膝枕じゃなくて申し訳ないけれど。柔らかい髪を撫でると、すごく気持ちよくて私まで眠くなってしまう。アーサーに部屋に戻るかと聞かれたけれど断った。二人が私の為に作戦会議してくれているのにそれは悪い。というか、こうしてうたた寝するの自体すごく失礼だ。

ちゃんと起きていないと。…なのに、一度眠気を意識してしまうと、どうにもまた瞼が重く、視界がぼやけた。頬をつねったり、頭を振ったけど凄まじい眠気に襲われる。

気がつけば私はそのまま、アーサーの心遣いも虚しく膝に眠ったティアラに被さるようにして眠ってしまった。



また、知らぬ悪夢を見るとも思わずに。


……



「…良いか、ティアラ。…俺がもし…の時は、これを…!」


…誰…?

男の人だ。誰なのか、顔が黒く塗りつぶされているようでわからない。でも、…私はこの声を、この人を…知っている。


「そんなっ…きっと、他に方法がっ…」


…ティアラ。

主人公の、ティアラだ。

今より背も伸び、女性らしい身体つきで目には涙を浮かべている。

必死に、手の中の物を抱えながら首を振っている。


ティアラ…。

…私の大事な妹…

何故、泣いているの…?


男の人の言葉に首を振り、それでも手渡された物を受け止め、服の中に仕舞いこむ。

最後には強い意志と覚悟で彼に頷き、…泣き出した。

「逃げられたら良いのにっ…、ー…だけでもっ…。」

「…その言葉だけで十分だ。でも、お前を守る為にそれはできない。それにー…」

男の人の言葉一つ一つに泣きながらもティアラが何度も頷く。

わかってる、わかってる、と呟きながら。

最後には大丈夫…!とティアラが顔を上げた。

「私も、絶対守るから!ー…を、死なせたりしないっ…!」


ああ…これは、…ゲームの終盤の方だ。

最後の戦い前に、彼が…ティアラに……。


プライドから…私から民を、彼を守る為に主人公であるティアラが唯一自ら立ち上がるルート。


ティアラ…ごめんね。


プライドの…私のせいで、辛い決断を。


優しくて

大したことでなくても誰かに親切にして貰えると嬉しそうに笑って

傷ついた人のことを放っておけなくて

人を傷つけるのが嫌いで

誰よりも人の心の傷に敏感な貴方に。

最後に立ちはだかる外道王女の私は更に心の傷をつけるのだから。



死して、尚。



「ア゛ァァアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」

心臓に衝撃が走り、胸を押さえる。

足元がフラつき、石畳みを高価な靴が鳴らす。

血が滴り、耐えきれず口からも鮮血を吐き出す。

憎憎しげに相手を睨みながらも、最後は恨みの言葉を最後にその場の血溜まりに倒れこむ。真っ赤な髪を自らの血で更に赤く染めて。


…ああ…私だ。


私の、最低なラスボスに相応しい最後だ。

これで、国は救われー…


「…っく…ひっ…くッ…!…う、…うぅ…」


……。…泣いてる。


両手で顔を覆い隠し、ティアラが泣いている。

そうだ、ティアラはこのルートで…。


ごめんね…

…ごめんなさい、ティアラ。



私のせいで貴方は…



……



「…ライド様…プライド様…プライド様!」


ふと、アーサーの声で目が覚める。

ぼやけた視界で見上げると、アーサーが心配そうな顔をして私を覗きこんでいた。アーサーの背後からはステイルとジルベール宰相まで同じように心配そうな顔をしていた。

「あ…ごめんなさい…?私、眠って…、…⁇」

寝ぼけ眼を手で無意識に擦ると、不意に湿った感触がした。驚いて改めて目元を拭うと目からは涙がとめどなく溢れていた。その上、変に喉も渇いている。

「…!ティアラまでっ…‼︎」

ぽかんとしたままステイルの声で、私の膝で眠っていたティアラへ目を向ける。私が被さっていてさっきまではティアラの顔が見えなかったようだ。


ティアラも、私の膝で泣いていた。


魘されているのか、可愛い顔を苦しそうに歪め、閉じられた目からは雫が滴り落ちていた。

どうしたのだろう…?

急ぎ、ティアラを揺らして声を掛ける。

薄く瞼を開いたティアラはぼんやりと私を見上げ、寝ぼけているのか暫く私を見上げたまま何も言わなかった。心配になって、ティアラの目元を指先で拭うと、その小さな唇がゆっくりと動いた。


「…お姉様も…泣いてます。」


そのまま手を伸ばして、今度は私の目元を細い指で拭ってくれる。自分も泣いているのに私なんかを心配してくれるなんて、どれだけ優しい子なのだろう。

「姉君も、ティアラもどうしたのですか?」

ステイルがアーサーの隣まで来て、私とティアラを覗き込んでくれる。その後に続くようにジルベール宰相も駆け寄って、私とティアラに一枚ずつ救護室のタオルを手渡してくれた。

「…何か、夢見が悪かったみたい…。…心配かけてごめんなさい。」

続けてどんな夢だったのかジルベール宰相に聞かれたけれど、思い出せない。膝の上にいるティアラも同じく覚えていないそうだ。変な時間に変な体勢でうたた寝をしてしまったから悪夢でもみてしまったのだろうか。涙が止まるまで目元をタオルに押し付けながら、ティアラとお互い首を捻り合う。すると突然ティアラが はっとした表情をした。どんな夢な思い出したのだろうか、と思ったらのだけれど。

「…え?…キャアッ⁉︎私お姉様の膝でっ!ご、ごめんなさい‼︎」

…どうやら違うらしい。やっと目が覚めたのか、私の膝から飛び起きて、自分の涙で染みを作ってしまった私のドレスを改めて確認して大慌てしている。

「いいのよ。もう外出はしないのだから。私こそ勝手に膝に乗せちゃってごめんなさい。」

ティアラの慌てた様子が可愛くて、思わず涙が引っ込んだ。そのまま起き上がったティアラの頭を撫でる。「いえ、私こそ」と謝り返してくれるティアラも驚きのあまり涙が引っ込んだようで、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。

「二人とも疲れが溜まっていたのでしょう。こちらも大体の策は練りました。そろそろ夕食ですし、王居に戻りましょう。」

ヴァルが消えたことに関しては救護棟の者に俺が上手く言っておきます。とステイルが笑いかけてくれた。ジルベール宰相も作戦をがっつり書き込んだ紙をくるくると丸め、そのままステイルの特殊能力で瞬間移動してもらっていた。

馬車で王居へ向かう途中、アーサーには「この後、あの罪人のヴァルの様子見に行くんですよね?」「その時は、絶対に俺も呼んでください」と念を押された。ステイルも異議がないようで、夕食を終えたら改めてこの四人で食料を持ってヴァルの様子を見に行くことになった。後はヴァルが大人しく休んでいてくれていれば良いのだけど。


明日、万全な状態で連れ去られた子ども達を助け出すためにも。


馬車を降りて私とステイル、ティアラはアーサーに一度別れを告げた後、近衛兵のジャックや近衛侍女のロッテ、マリー達と一緒に我が城へと戻った。


…ティアラが恥ずかしそうに、私のドレスの染みを自分の背中で隠しながら。


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