86.惨酷王女は命じる。
「…つまり、敵の本拠地は市場とは別の、それでいて同じく国外という可能性が高いですね。本拠地だけならば、我が国からもそう遠くない位置でしょう。」
ステイルと一緒に戻ってきたジルベール宰相は、早速色々な情報を私達に持ってきてくれた。それはもう、数十分程度とは思えない程の。ステイルも途中で隠れていてジルベール宰相が何をどうしていたかは知らないらしいけれど、ジルベール宰相曰く「誓って違法取引ではありませんので御安心を」らしい。にっこりと私に笑顔を向けてくれたけれど、小さな声でアーサーが「胡散くせぇ」と呟いたので微妙に不安だ。
でも、お陰で色々はっきりした。ヴァルが誘拐されたという子ども二人もきっとそちらの本拠地に連れていかれたのだろう。国内じゃないのは手痛いが、場所もある程度特定できた。何より、その人身売買の市場もまだ開かれてないらしいし、ヴァルとの約束の前に売り払われてしまっている心配も無い。五人も身代わりを連れてこいと言っていたのだし、まだ補充が足りてないのは確実だ。ならば後は…
「プライド様、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか。」
突然説明を終えたジルベール宰相に話しかけられて、ビクッと肩が震えた。はい?と変な声が出ながらジルベール宰相を見る。
「…まさか、御自身自らその子ども達の救出に向かわれるおつもりですか?」
私の背に合わせて猫背のように背を曲げ、前のめりに私の目を除くジルベール宰相は表情が読めない。ただ、その言葉と同時にアーサーが息を飲み、逆にティアラとステイルは小さく息を吐く音が聞こえた。アーサーは予想外だったらしいけど、ティアラとステイルは予想の範囲内だったらしい。流石我が弟妹。ひと呼吸置いて、更に私の背後にいるヴァルが「ハァ⁈」と声を上げたのが聞こえる。…うん、多分それが一番正しい反応だ。
確かに私はそのつもりだった。ジルベール宰相の情報のお陰で場所や状況もある程度把握できたし、衛兵や騎士に任す方法もあるけど…それでは人質の子ども達や他の人攫いに合った人達が無事で済むかわからない。やり方や方法によるとは思うけれど、国で兵を動かすならどうしても大掛かりに成らざるを得なくなる。準備期間もそれなりに掛かるし、少しでも敵にこちらの存在を気づかれたら証拠隠滅を図られて被害者の人達がどうなるかわからないし、ここは…
「衛兵や騎士を大掛かりに動かすことで人質の身が心配ならば騎士から短期で少数精鋭に絞り夜の間に忍び込ませれば良いでしょう。一度ヴァルとの取引の為に我が国にやってくるのは分かっておりますし、その跡を付ければそう遠くない場所なのはわかりましたし容易に本拠地の場所を把握もできます。その後に少数精鋭が人質の安全を確保。その後に軍で殲滅を計れば我々の出る幕はありません。」
さらさらと一番効率的で確実な方法がジルベール宰相の口から出てくる。
「それでは人質交換の際に一人も身代わりを用意できなかったヴァルが、人質に取られた子ども達をその場で殺される可能性が」
「ならば新兵や衛兵から仮にその引き換えの五人として見繕うのも可能でしょう。己が身を守ることに長けた者を選べば危険もありません。」
流石天才謀略家。ぐうの音もでない。思わず俯き、彼から目を逸らす。
すると今度はヴァルが「ンなゴツい連中ふん縛ったところで俺が用意したなんざ信用される訳ねぇだろ!」と怒鳴った。確かに、例えばヴァルが騎士団長みたいな屈強な男の人を二日で五人捕まえてきたと言われても正直信じられない。
ただ、恐らくはステイルもジルベール宰相と同じ意見なのだろう、眼鏡の縁に中指を当てながら無言で私とジルベール宰相を見つめている。
…でも、他の捕らえられている人達を救えたとしても本当に万が一、相手がヴァルとの取引に子ども二人を連れてきていたら、もし、例え用意できてもできなくてもその子ども二人を殺すつもりだったら。任務が大規模な殲滅戦とかになったら、例え目の前で子ども二人が殺されても騎士達は見殺しにせざるを得なくなるだろう。その後に敵の跡をつけて本拠地を確定し、確実に他の多くの捕らえられた我が民を救出する為に。
それなら任務とは関係ない私が一人単騎で行って人質を…あれ⁇
ふと、そこで思い直す。商品になってる人達の人数が多い可能性は高い。というか絶対市場を開くぐらいだから凄く多い。子ども二人くらいなら未だしも、被害者全員を守りながら且つ何人いるかも不明な人攫い集団と戦えるのだろうか。
「それでも貴方は自らが動き、彼らを助けたいの望むのですね?」
ふと、疑問と不安が込み上げてきたと同時にジルベール宰相からの追撃に言葉を無くす。やはり、ここはジルベール宰相の言う通りにするしか…
「ならば、私も共に行きましょう。」
え。
ジルベール宰相の言葉に驚き、顔を上げる。ジルベール宰相の表情が、さっきの読めない表情から一転して優しい眼差しで私に微笑みかけてくれていた。
「私もお供致します。未来の我が民が為に貴方を死なせる訳にはいきません。そして私個人としても、例え民一人とて切り捨てることはできません。プライド第一王女殿下。誠心誠意で貴方のその御言葉と願いを、望みを叶えて見せましょう。」
突然そう言い出すジルベール宰相に思わず言葉を失う。一緒に来る⁇ジルベール宰相が⁇危険な人身売買組織の本拠地に⁇
あまりに驚いて「い…いえ、でも宰相がそんな危険な所へ行く必要は…。ほら、ステラも産まれたばかりだし…」とやんわり私が断ると、「今の私は民が為に尽くす存在です」と逆に押し切られてしまった。そのまま説得の言葉を失った私へジルベール宰相が優雅にその場に跪く。私の手を取り、その甲に口付けをした。
「全てはプライド第一王女殿下のお望みのままに。」
敬愛の誓いに、不意に二年前のことを思い出して顔が熱くなる。二年前の誓い…恐らく彼が言いたいのもそういうことなのだろう。すると、今度はジルベール宰相の真横にステイルが立ち、同じように跪いた。
「俺もジルベールと同意見です、姉君。貴方は一人でも行くのでしょう。ならば、俺も共に。貴方の御心がそれを最良とするならば、俺も貴方に従います。…全てはプライド第一王女の御心のままに。」
小さな声で「ジルベールに先を越されたのだけは不満ですが」と言いながら私に深々と頭を下げてくれる。
私が驚きで声が出ず、何を言うべきか悩もうとするとすぐに今度は背後から鎧独特の金属音が聞こえてきた。振り向けば、今度はアーサーが同じように私へ跪いている。アーサーの背中で隠れていた筈のヴァルの姿がはっきり視界に入り、私以上に目を丸くして驚いていた。私は口を両手で覆いながら身体ごと振り返ると、アーサーは「俺の意思は昔から変わりません」と深々と私に頭を下げた。
「俺は、貴方の騎士です。例え何があろうと、貴方を守ってみせます。…全てはプライド第一王女の誇り高き御意志のままに。」
頭の理解が追いつかずに横にいたティアラに顔を向けると、まさかのティアラまで優雅にドレスを指先で広げ、私に小さく頭を下げた。
こんなことってあるのだろうか。
私の望みはとても勝手な自己満足だ。王族としてならばジルベール宰相が最初に言った通りに父上と母上を介して騎士や衛兵に指示するのが正しい。王族の私が犯罪者の巣窟に行きたいと言っていたら止めるのが当然だ。
わかっている、私は動くべきじゃないと。
なのに、皆が私の望みを支持してくれている。ティアラやステイルなんて、四年前に私が崖の崩落から帰ってきた時あんなに泣いていたのに。その途端、色々な想いが込み上げてうっかり泣きそうになった。目尻だけでなんとか涙を押し留め、四人に「ありがとう」と感謝を伝える。
「それでは、姉君。どうぞ我々に御命令を。」
ステイルが頭を伏したまま、しっかりとした口調で私にそう委ねる。
今、この場でまっすぐ立っているのは私と、そして目の前の光景に驚愕し、固まっているヴァルだけだ。
私は改めてまっすぐに背筋を伸ばし、正面からヴァルを捉える。彼も私の視線に気付き、そして僅かに一歩後退った。また私をバケモンとでも言いたげな目で見つめている。
ー 彼にとって、私は未だ只の化け物かもしれない。彼を隷属の身へと堕とした害悪かもしれない。
ーそれでも。
「第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーが改めて命じます。」
眼差しはヴァルへ向け、そして私を支えてくれる彼らに呼びかける。
ー 第一王女として、そして彼の主として私がすべきことはただ一つ。
「彼が人質に取られた子ども達を含め、商品となった我が民を助けに行きます。どうか私を支え、貴方方の力を貸して下さい。」
ー 今度は罪人ではなく、民として彼の手を掴もう。
ー 誰の手でもない、この私の手で必ず。
〝仰せのままに〟と。
次の瞬間、部屋中に四人の声が合わさり、響き渡った。