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82.惨酷王女は決める。


「ッガキ共を‼︎助けてくれッ…‼︎‼︎」


その言葉と同時に、彼は力尽きるようにしてその場に伏した。息を荒くさせ、どれだけこれを言うまいと抵抗したのかが床に滴り落ちる尋常じゃない汗の量からよく分かる。

「ガキ共…?」

どういうことですか。と私は彼を膝をつく彼を見下ろしたまま説明を求める。すると、彼は今度こそ観念したかのように口を開いた。

「下級層のガキ二人だ。…人身売買の連中に連れて行かれた。」

吐き捨てるように言う彼はそのまま私の方を見上げようとはせず、じっと床を睨んだ。そのまま私は彼に問いを続ける。

「助ける方法は。」

「二日後の夕暮れ時に五人の身代わりと引き換えだとよ。…俺にできる訳はねぇが。」

ヴァルは契約で犯罪関連は何もできない。己で実行することも、誰かに依頼することも。つまり実質的に助けることは不可能だということだ。…何より、その人身売買の人間が本当に引き換えに人質を返してくれるかも怪しい。

「…ちゃんと話してやったぜ、王女サマよ。もう俺に用はねぇだろ、さっさと解放してくれ。」

敢えてだろうか、私が言葉が出ずに黙っていると、ヴァルは嫌な下卑た笑みを私へ向けながらそう言ってみせた。

「……二日後とはいつですか。」

「さてな。俺が這いずり回って最後に意識が途切れたのが翌日の昼だった。それからどれだけ経っているかによるが。」

そう言いながらヴァルは窓の外へ視線を向けた。日がだいぶ陰り、暗くなっている。

私達が城下を降りた時にはヴァルは居なかった。そして帰ったのが夕方手前。つまり彼の二日後というのは明日だ。私が独り言のように「ならば期限は明日ということになりますね」と告げるとヴァルは忌々しげに窓の外を睨んだ。

「…………貴方はどうするつもりですか。」

「…どうしようもねぇな。慈悲深い王女サマが身代わり五人俺に寄越すか、明日一日だけでも奴らをぶっ殺す許可を下されば別だが。」

半ば私を馬鹿にするように笑い、見上げる。口元だけはニヤけているのに、その瞳だけは何処か力なく虚ろんでいた。私が「それはできません」と断ると「だろうな」と鼻で笑った。

多分、彼は半ば諦めている。隷属の契約で手段も奪われ、為す術は何もない。ここで彼を解放したところで彼はきっと代わりの身代わりを一人も用意することはできないだろう。

だからこそ、私は彼に命じる。

「…ヴァル。貴方を今晩軟禁します。」

私の言葉にヴァルは「なっ⁈」と声を上げ、そのまま摑みかかる勢いで立ち上がった。

「待て‼︎俺にゃもう用はねぇ筈だろ⁈ならさっさと解放をっ…」

「なりません。貴方は今晩帰すわけにはいきません。」

そう言って私がステイル達のもとへと歩む。ヴァルはその場に立ち尽くしたまま声を荒げた。

「どういうつもりだ⁈これも俺への罰だってぇのかこのッ…バケモンがッ‼︎」

彼の発言に、ふと懐かしい気さえする。そうだ、彼は四年前私をそう呼んでいた。

バケモン、という台詞にアーサーが反応して剣を握り直す音がした。ステイルがそれを手で制す。

「ステイル、アーサー。」

ヴァルを無視したまま私はステイルとアーサーの間に立ち、二人を見つめた。二人とも私の声ですぐにこちらを見つめ返してくれた。そのまま、私が次の言葉を続ける前にステイルは「プライド第一王女の御心のままに」と深々と頭を下げ、アーサーはその場に跪いてくれた。ティアラがその二人の様子に息を飲み、そして私の方を向き、覚悟したように頷いた。


「彼らを助けます。」


そう言って、再びヴァルの方へ振り返る。彼は私の言葉を信じられないように目を剥き、開いた口が塞がらない様子で私達を見つめていた。

…ヴァルへの答えは決まっていた。人身売買は我が国では禁じられた違法行為。そして子どもを攫う外道、見逃しては置けない。何より、あのヴァルが自分以外の誰かを助けたいと心から望むのであれば私はその手を掴む義務がある。


四年前、彼にそう命じた私には。


「命令です、ヴァル。その者達の情報を出来得る限り私達に話しなさい。攫われたその子ども達についても含め、全て。」


私との隷属の契約によって彼は人を傷つける事も、嵌めることも、そして奪うこともできない。ならば。


「我が民を、そして貴方の大事な人達を私が奪い返します‼︎」


今再び、この世界のラスボスが立ち上がる。

名もなき悪党を征伐する。

その強い意志とともに。


本日20時次話更新致します。

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