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9 取引と形見、そして当日。

「これは見事なシルクだなぁ……たまげた。長く生きてみるもんだ。姫様よぉ、これは絶対に俺の全てをかけてでも見事なドレスに仕上げてみせるぜ!」


 シルクを見せた途端、上機嫌になったグスタフ。何度も確認するように滑らかなシルクに触っては頷いている。お気に召して貰えたようだ。狙い通り、彼のお眼鏡に適う逸品(いっぴん)だったらしい。


 ルツから聞いた名匠グスタフはドワーフ達の中でも人一倍気難しく、頑固者と有名だそうだ。しかしその頑固さは、言い換えれば一流の職人であるからこそのこだわりの深さゆえ。つまり彼は根っからの職人だということだ。


 その腕の高さから様々な仕事を依頼されても、自分が気に入った仕事しか受けないという彼は、それだけ自分の仕事に誇りを持っている。ならば、彼の仕事に見合うだけの素材を用意し、目を引く。それが今回、私がトルーネに頼んで譲ってもらったシルクだったという訳だ。


 これでまずは先方(グスタフ)の興味を引き出した。グスタフも乗り気だ。ならばあとはさらに上乗せして、畳み掛けるのみ。

 私はグスタフに微笑みながら、さらなる取引を持ちかけた。


「それも勿論なのですけれど、このドレスに見合う装飾品と靴も作って頂きたいのです。グスタフ様が作ってくださればドレスが傑作になるのは目に見えているのに、そのドレスに添える服飾品が見合わないものでは意味がありませんし」


 重ねて告げると、グスタフは眉間に皺を寄せて思案げに考え込む様子を見せる。職人気質な彼ならば、折角作るドレスに合わせるものも完璧にしたいはず。

 そこで私は、切り札を出すことにした。


「勿論、タダでとは言いませんわ。代わりにこちらを差し上げます」


 懐から小箱を取り出し、テーブルに乗せる。

 グスタフが興味深そうにこちらを見ているのを確かめてから、小箱を開いた。


「おおっ! これは……!」


 その中身に、グスタフが驚きの声を上げる。

 小箱の中に入っていたのは王家の宝のひとつ、〝緑の貴婦人〟と呼ばれる大粒のエメラルドの原石だった。


「ここまで見事な大きさは私も見たことがありません。これは国王陛下が亡き母へと下賜(かし)されたものです。本来はこれで私の結婚指輪が作られる予定でしたが、もうその予定もなくなったので差し上げますわ」


 国王から貰ったこの宝石を母は加工することなく、そのまま取っていた。いつかアルバートと結婚する私の指輪にして欲しいと、私に預けたのだ。しかし婚約破棄してしまった今、その予定もなくなった。


 母から貰った形見でもあったが、使う予定のないまま腐らせるより、名匠に託して立派な装飾品として生まれ変わった方が宝石としてもいいはずである。


 グスタフは小箱からエメラルドを取り出すと、様々な角度から見上げ、感嘆の溜息を着いた。


「こいつも見事なものだ……。よしわかった。最高のドレスに合う、最高の装飾品も仕立てよう。取引成立だ」

「ありがとうございます!」

「いやこちらこそお礼を言いたいくらいだ。何十年ぶりかの大きい仕事になりそうだ!」


 腕を回して張り切るグスタフ。すっかりやる気になった彼と、出来上がりの期日やドレスのデザインなど細かな打ち合わせを行い、最後に固い握手を交わして取引は完全成立した。


「――それでは、これで全てですね」

「ああ。後は任せろ」

「はい。お願いしますね」


 じつにいい取引ができた私は、ほくほく顔で上機嫌なグスタフとドワーフの住処を後にした。




「――さて。これで()()()は全て完了したわね」


 自室に戻り、羽根ペンを片手に羊皮紙に計画を書き込む。すると、ベッドから相棒のルツがトコトコと寄ってきて、私の手に前足をちょんと乗せた。


『ねぇ、本当にアレ渡してよかったの? あの宝石』


 ルツの問いに、私は羽根ペンの動きを止めた。


「……〝緑の貴婦人〟のこと? 確かにお母様の形見だけど、出ていく私が持っていても意味は無いし、荷物になるだけだもの。手放したことは後悔してないわ」


 これは本心だ。お母様が亡くなった頃は悲しくて堪らず、形見であるあのエメラルドが収められた小箱をよく持ち歩いていたけれど、今はもう吹っ切れている。

 アルバートと婚約破棄して、あのエメラルドも私に使われる機会を失った。だからグスタフに渡したこと自体は後悔していない。


『そう。ならいいんだ』


 スっと視線を逸らし、ベッドに戻っていくルツ。

 ぴょんぴょんと軽い足取りでベッドに登る姿を見て、まさか心配してくれたのかな、と、ちょっと嬉しくなった。


 ♪♪


 そんなこともありつつ、あっという間に期日は過ぎていき。


 十七歳の誕生パーティの朝、目が覚めてベッドから起き上がると、窓辺に白い包みが置いてあった。

 直ぐに起きて中身を確かめると、なんとも滑らかな触り心地と感触の、この世に二つとない美麗なドレスが姿を表した。

 グスタフに依頼したドレスが届いたのだ。


「……うん。希望通り、いいえ、それ以上の出来だわ」


 白い包みの他に傍にあった包みも開くと、精巧な金細工で作られたティアラと、イヤリング。更には特製のハイヒールといった服飾品一式が揃って入れられていた。


「本当にいい仕事をしてくれたわ。ありがとう。グスタフ」


 想像以上の出来栄えの()()()()()を見つめて、パシンと頬を叩く。

 ニーネやトルーネ、妖精といった頼もしい味方達に、ドワーフの名匠が腕によりをかけて仕上げた、これ以上ないくらいの素敵な品々。


 仕掛けも全て仕込んだ。準備は全て整った。

 後は私が舞台に立つだけ。最初で最後『地味姫』と呼ばれた第二王女の一世一代の大舞台。


「――さぁ、始めましょう。私の盛大なる悪戯(イベント)を」



 我慢することをやめ――能ある地味姫は正体を現す。

 全てを清算して、この国を去るために。



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