8 地味姫はさらなる企みを計画しているようです。
『――一週間後の猶予の後、王女の身分を返上。国を出るがよい』
謁見の間にて王妃殿下にそう言われて決められたこの期日。王妃殿下はこれ以降表立っては何も言わなかったけれど、実はこれには裏の意味がある。
ティナダリヤ王国で成人として認められるのは十七歳を超えてから。
しかし現在私は十六歳。まだ成人を迎えていない私は、普通なら王女の身分を返上することは許されない。特に十七歳の誕生日は、成人として認められる特別なものだ。たとえ『地味姫』と揶揄されようとも、私はれっきとした第二王女。簡単に王女の身分を手放せる訳がない。
ここで
まぁびっくり。なんと都合がいいのでしょう。
……白々しい演技は置いておくとして、つまりあの謁見の場で言外に王妃殿下が示していたのは「自分の誕生パーティで、きっちりと王国を出ていくと宣言しろ」ということだ。
腐ってもティナダリヤ王国の王女の誕生パーティだ。当然来賓客も多い。参加者には有力貴族だけでなく、政界の重鎮も含まれている。
その中で
全く以て王妃殿下はとことん私をお嫌いなようだ。
状況は非常によろしくないと言えるだろう。
代理とはいえ、国の代表である王妃殿下から直接お許しを得ているのだから、このまま私が国を出ても実質的に問題はない。
しかし現実は思ったよりも面倒くさいもので、国としても体裁というものがある。
きちんとした理由を設けなければ、王女が身分を返上して国を出たということが王国にとって不利益にもなりかねない。
そして王妃殿下はその理由の
「全く……本当に面倒くさいわよねぇ」
『本当だよ。なんでボクがこんなことに付き合わされなきゃならないのさ』
やれやれと溜息を着いて呟くと、視界の下で
下を見ると、
「そうは言ってもあなたの方が妖精見つけるのが早いのだから仕方ないじゃない。今は時間が惜しいのよ」
『だから協力してあげてるじゃないか。ほら、目的の場所に着いた。この
ちょんちょんと前足で場所を示すルツの後について
「ここが入り口なのね。ありがとうルツ! 流石私の相棒ね。頼りになるわ」
その場にしゃがんでルツの艶やかな紫の毛並みを撫でると、彼はピンとしっぽを立てた。
『当然だね。ボクを誰だと思ってるの? 由緒正しきティナダリヤの
ふふん、とどこか誇らしげな声でヒゲを動かしてドヤ顔をキメるルツ。ピンと立てたしっぽからご機嫌になったことは丸分かりだが、褒められてツンデレになるのは彼の愛すべき長所である。
「さて、じゃあ行きましょうか」
『そうだね』
ルツを抱き上げて肩に乗せると、私は洞穴の中へと一歩踏み出した。
♪♪
妖精という優秀な共犯者――もとい協力者を得た私は、ティータニア・ローズの準備をニーネと小妖精たちに任せトルーネの研究塔に赴き、シルクを受け取った。
彼女が自慢した通り、滑らかな手触りのシルクは見事な光沢を放ち、今まで見た中でも一番の出来栄えだった。
「これだけ上質なシルクなら、ドレスに仕立てれば極上の仕上がりになること間違いなしだわ!」
極上の材料が手に入ったのだ。折角ならとびきりの職人にこのドレスを仕立ててもらわなければ。
という訳で、私はもの作りなら右に出るものはいない
「――結構奥まってるのね。道も入り組んでるわ」
『迷子にならないでね。次は右の道』
「分かったわ」
洞穴の中は不思議な光に包まれているおかげで明るく、足元に気を取られなくていい。
その代わりに道がこれでもかと言うほど入り組んでいて、ルツの案内に従って歩かなければ迷子になっていたことだろう。
右に左に歩き進めること三十分。ようやく大きく開けた空間に出ることができた。
「ようやく着いたのね!」
『そうだよ。ここが彼ら――〝ドワーフ〟の住処だ』
「うわ、地下よねここ? 一体どうなってるの!?」
目の前に広がる光景に、驚きを隠せなかった。
洞穴の最奥とは思えないほど広く、明るい空間。地下のはずなのに空があり太陽が照りつけ、緑の木々が生い茂る。その木々の間に小屋が立ち並び、沢山のドワーフが生活していた。
私の身長の三分の二程しかない背丈に気難しそうな顔。男女関係なくヒゲが生えたその姿は、伝承にある通りのものだ。
「妖精とはよく会ってたけれど、こっちの世界に来たのは初めてだわ……。こんなふうになってるのね」
『普通は人間を歓迎しないからねぇ。いくらティナダリヤ王国が妖精女王との契約により共存した世界と言っても、加護契約さえしなければ赤の他人。妖精なんてそんなもんだよ。……それよりあそこに一番デカい木があるでしょう? その根元にヤツが住んでるよ』
「あそこね。分かったわ」
ルツが示した先に一際大きい緑の木があり、その根元に確かに小屋はあった。小さいドワーフ達に気をつけながら道を歩き、目的の小屋に辿り着く。
「それにしても人間がいるのによく驚かないわね?」
道行くドワーフは人間の私がいるのに大して驚いた様子はない。視線を向けるとこちらに気づき、笑顔で
『それは今シャルが本来の姿でいるからだよ。淡い菫色の髪に春色の眼なんて
「そういうものなのね。この姿も捨てたもんじゃないってこと……」
納得して小屋へ視線を戻し、扉をノックする。
しばらく待つと「どうぞ、扉は開いている」と
「失礼します」
恐る恐る扉を開けると、温かみのあるマホガニーで設えた部屋が現れた。部屋も内装もどこか懐かしさを感じさせるほっとする空間。
その真ん中にあるテーブルに、一人のドワーフがいた。
背丈は他のドワーフと変わらないくらいで、茶色い髪を綺麗にまとめ、眉間に皺のよった頑固そうな職人といった面持ちの容貌。口の上には短く剃ったヒゲがあり、それを片手で撫でつけながらこちらを
その鋭い眼差しにたじろぎながらも、私はカーテシーをした。
「初めまして。私はティナダリヤ王国第二王女シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤと申します。あなたはドワーフの名匠グスタフ様でいらっしゃいますね?」
「いかにも俺はグスタフだが、ティナダリヤの姫様が俺に一体何の用だ?」
いかにも歓迎していない様子の声に怯みそうになりながら、本題を切り出す。
「ここにいる
テーブルに持ってきたシルクの布を広げると、ランプの灯りを受けて滑らかな光沢を放つシルクがキラキラと輝いた。
トルーネが絶賛し、私の見立てでも極上な出来のシルク。これをもの作りのプロであるドワーフが見たらどう思うのか。
ドキドキしながら、じっとシルクを見つめるグスタフを見守っていると、気難しそうな顔をしていた彼が突然表情を変えた。
「なんだこの上質なシルクは! こんな光沢を持ったシルクは今まで見たことがない。よし、乗った! 是非引き受けさせてもらおうじゃないか。これはいいモノができるぞ!!」
――よし、釣れた。
先程とは打って代わり、満面の笑みを浮かべるグスタフを見て、私は内心でほくそ笑んだ。
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