20 建国祭
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青銀と朱金の双頭の竜の頭の上に太陽が登る意匠が施された大きな旗が風に揺れて、二つの尖塔を頂く荘厳な王宮に掲げられた。
セインブルクの王族の紋章が夏の国の一番高い場所に登る日。それは建国の祖である二匹の偉大な竜を称え、国の永遠の繁栄を祝う日。
「――ここに、我が祖先である偉大なる炎竜王リュートヴルグ、水竜王セレンヴィレンの名を称え、建国祭を行うものとする」
パタパタと常夏の陽射しを受けて輝く王旗の元、王宮の中庭では厳粛な儀式が進められていた。二匹の竜の宮殿を繋ぐちょうど中間に位置する中庭。ここで建国祭の開始宣言を国王陛下が行うことが長年のしきたりとなっているらしい。
先日訪れた際とはまた違った様相を醸し出している中庭には、あちこちに朱金と青銀の布が巻かれ、国王陛下に恭しく頭を垂れる貴族で溢れている。貴族たちは皆一様に鮮やかな刺繍の施された布を身につけ、国王陛下の言葉に黙礼で答えた。
「この輝かしい日を祝して、身分も貴賤も関係ない。ただ、皆がこの先も健やかであるように、我が竜の祖先たちから受け継いできた永遠の夏の国に繁栄があらんことを願う」
国王陛下がそう言葉を締めくくると、同時にシャン・ヴェルデの頂上に据えられた金と銀の鐘が鳴る。
涼やかな鐘の音は王都シーリャン中に響き渡り、余韻を残しながらその音が収まると、静かに清聴していたは貴族たちは一斉に活気だった。
「これから三日間、セインブルクの建国祭である『氷炎舞祭』は続く。毎年この三日間は賑やかで下町では露店も並ぶから楽しんで行かれると良い」
「はい。そのために来たので、是非楽しませていただきます!」
「それと……」
挨拶を終え、退席したファルオン陛下はつかつかと私へと歩み寄ると静かに肩に手を置かれる。
「フィオンのことをよろしく頼む」
フィオンの今の状態のことを陛下は把握されている。妃殿下にそう頼んでおいたからだ。
その上で、建国祭の最中はなるべく私がフィオンを監視することになった。
「はい」
しっかり頷くとファルオン陛下は少しだけ表情を緩めて立ち去っていく。
妃殿下もヒラヒラと私に手を振ると、陛下に付き従って去ってゆく。
「任されたのだから、しっかりしないとね」
建国祭を楽しむことは勿論のこと、敵はまだどう出るか分からない。
万が一の事態に備えて、しっかり仕事をしなければ。
「それはそうと、フィンはどこに行ったのかしら?」
『氷炎舞祭』の目玉である竜騎士隊による氷炎舞は三日続く建国祭の最終日に行われる。
それ以外は騎士団で警らの仕事に当たることはあるが、比較的自由に過ごせると聞いている。
しかし、今ここに彼の姿は無い。
こんなことなら待ち合わせでもしていれば良かった。私はあくまで客人の扱いだから自由に行動していいとは言われているけれど……。
春の国のオベウレム城よりも広いシャン・ヴェルデ宮殿はともすると迷いそうになる。
途端に手持ち無沙汰になりどうしようかと考えていると、後ろから声をかけられた。
「――ああ。シャルル嬢、ここにいたのかい。探したよ」
「フィン!」
噂をすれば、とばかりに本人がそこにいた。
私を探していたらしく近づいてきたフィンは、私の目の前に立つなりこちらを見下ろしてくる。
赤と青のオッドアイがあまりにも熱心に見つめてくるものだから、私はどこか服装がおかしいのかと自分の姿を思わず見下ろす。
「どうかした?」
「……その服はリリックのお店のもの?」
「これ? ええ、リリックさんから頂いた服のひとつよ」
着ているワンピースの裾をつまみながら私は返事をする。
今日着ているのは膝下程までの薄緑の袖のないワンピースに踵が低い同色のヒール。
さらにワンポイントとして腰には白いフリルが着いたコルセットを重ねたもの。
夏の国なので長い髪は一纏めにして後ろに括った。少しは涼しく過ごせる筈だ。
私無言で自分の姿を再度見下ろし、そして視線をあげる。そうすると何故かフィオンが動揺したように一歩下がった。
「なにかおかしかった?」
重ねて尋ねると、彼は無言でブンブン首を振る。
本当にどうしたのだろう。
「いや、なんでもないよ。今日はその格好で露店を回るつもりかな?」
「ええ、そうだけど」
「そうか……」
そう答えて、フィオンは口元に手を当てて何かを思案している。私は敢えて黙ったままでいると、彼は「うん」と頷いて口を開いた。
「折角だから私が露店を案内しよう。穴場の店を知ってるんだ。色々見て回れるから」
「え。でも騎士団の仕事は?」
「『団長は常日頃から仕事をし過ぎです。建国祭の初日くらい羽を伸ばして来てください』と言われて追い出されてしまった」
「それは、つまり……」
「今日一日休みという訳だ」
いい部下を持って私は幸せだよ、と白々しくつぶやくフィオン。
聞けば部下の仕事の一部までやっていたらしい。団長としてそれはどうなのかとも思ったけれど、建国祭を理由に体良く露払いされたというわけか。
――まぁ私も陛下にフィンのことを託された訳だし。丁度いいかもね。
「分かったわ。案内よろしく」
やれやれと首を振ってお願いすると、彼は嬉しそうに笑って了承した。
「さて、じゃあ私はこの格好だと目立つから一回着替えてくるとするか」
見れば彼は騎士服のままだ。
ただでさえ浮世離れした美貌で目立つ彼がそんな服で下町に現れればたちまち注目の的であろう。
「支度ができたら迎えに行くから、部屋に戻っててくれるかい?」
「分かったわ」
頷いて踵を返そうとすると、フィオンに「待って」と再度声をかけられた。
不思議に思って振り返ると、フィオンはいつになく真面目な表情で告げる。
「ひとつ言い忘れていたよ。その格好、とても似合ってる」
去り際にそんな台詞を吐いて、彼は去っていく。
私は数秒間を置いて、固まった。
「えっ……」
不意打ちでそんな台詞言うぅ!?
何やらヤケに熱心に見つめられているな、と思ったらそんなこと考えていたの!?
「それは、反則じゃない……?」
しかも美形であるが故にキザな言動すら様になってしまうのも腹立たしい。
去り際のフィオンの楽しそうな表情を思い出して私は思わず頬が赤くなった。
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