15 兄弟
フィンの纏うそれは、とても不思議なデザインだった。
大元のデザインとしてはフィンが常に着用している騎士服と同じ。しかし右と左で色が違うのだ。片側が薄青色で、もう片方が淡い赤色の布地。
そこに青銀と朱金の糸で見事に縁取られた刺繍が施され、美しく目に鮮やかな仕上がりとなっている。
「とても綺麗だわ。式典用か何かの服?」
私がまじまじと見つめると、フィンはそっぽを向いた。銀髪から覗く耳が心做しか赤く見えるのは気の所為だろうか。
私の質問に視線を逸らしたフィンに変わり、満面の笑みのリリックさんが答えてくれた。
「綺麗でしょう? 何を隠そう、アタシがデザインしたの。氷炎舞祭で竜騎士隊が着る衣装なのよ。国王陛下から依頼を受けて、フィオン殿下には最終確認をしてもらっていたの」
竜王が治める夏の国、セインブルクが誇る屈強な竜と精鋭の選りすぐり騎士たちが選抜され、組まれた竜騎士隊。
セインブルクの建国祭の名前の由来であり、その目玉の一つである氷炎舞は竜の息吹の魔法で炎と氷の盛大なイリュージョンを行い、その中を竜騎士たちが竜に跨り、空を飛翔しながら舞い躍る一大行事。
セインブルク王家も毎年のように王子が誰か一人参加するのが習わしであるらしく、フィンは今年で三回目の参加になるそうだ。
「そういえばウォルト殿下がフィンの竜操術は素晴らしいと仰っていたものね。当日の楽しみのひとつにしておかなくちゃ」
「それは張り切らないといけないな。シャルル嬢のためにも最高の演舞にしてみせるよ」
そっぽを向いていたフィンが照れくさそうに頬を掻きながらこちらを見つめてくる。
今度は私がそっぽをむく番になった。
いつ見ても相変わらずの美貌に少し恥ずかしげな仕草。さらに美麗な騎士服が相まってとてつもない破壊力を生み出し、非常に心臓に悪い。
「フィオン兄様、か、格好いいです!!」
パタパタと手を仰いで頬の熱を逃がしていると、それまで黙っていたウォルト殿下が突然声を上げた。
びっくりしてウォルト殿下に視線を向けると、爛々とした青銀の瞳でフィンを見上げる彼の姿が目に飛び込んでくる。
「その、勿論兄様はいつも格好いいですけど、その衣装はさらにお似合いです! その格好で竜に乗って演舞をすれば会場の視線独り占めは間違いなしですよ。僕が保証します。絶対にフィオン兄様が一番です!」
一息でそう言い切り、興奮冷めやらぬ表情でウォルト殿下は力説した。怒涛の猛攻にフィンはぽかんと口を開けて固まっている。
弟の突然の言葉に驚いた彼は、しばらく固まったままだったが、やがて耐えられないと言ったように破顔した。
ひとしきり笑った彼は、最後にウォルト殿下に自ら近寄るとその頭にポンと手を乗せた。
「そうか。ウォルトがそこまで言ってくれたんだ。兄としていい所を見せないと、それこそ格好がつかないな」
今までに見た事がないほどの柔らかな表情でウォルト殿下に笑いかけ、ひたすらその頭を撫でる。
ウォルト殿下は少し呆然としていたけれど、その後嬉しそうにはにかんで大人しくフィンに頭を撫でられていた。
数年ぶりの兄弟のふれあい。
それは少しずつ、しかし確実に彼らがかつての仲の良かった兄弟へと戻り始めるきっかけとなるだろう。
――いつか見たあの日の夢のように、兄弟で中庭を散歩できるようになる時が来るといいですね、ウォルト殿下。
そう願った私はリリックさんと顔を見合せると互いに目配せしあい、和やかな兄弟のふれあいをしばし見守ることにした。
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