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14 思わぬ接点

「――来たれ、導き手(ロフラ・ネーゼ)!!」


 妖精言語を使い、転移魔法を発動した瞬間。

 王都シーリャンの荘厳なシャン・ヴェルデ宮殿から景色は一変した。


 ウォルト殿下と繋いだ手からフィンの魔力を逆探知し、転移魔法を持って降り立った場所は、王都でも最も賑わいを見せると言われている繁華街の市場だった。


 マクスター領とはまた違った活気を見せるこの市場はこの間買った本によれば『竜王のお膝元(リュード・テア・ヘル)』と呼ばれ、セインブルク各地からこだわりの特産品が集まるのだという。


 市場の周りには食料から衣服、文具に本。様々な商店が立ち並び、建国祭が近いとあってか人の往復も激しい。馬車が並走できるように広めに作られた道の途中に警ら中の騎士が見えて、私は後ろにいたウォルト殿下の外套のフードをつまむと、頭からすっぽり被せた。


「わあっ」

「失礼。騎士がいるので外に出ている間はフードを取らないようにお願いします」


 ウォルト殿下に目を合わせて、端にいる騎士の方へ視線を滑らせると彼はこくこくと頷き、深く外套に身を埋めた。


「ありがとうございます。では、フィンを探しましょうか」


 目立たない場所を選んで転移したのでフィンの魔力を感じた場所からは少し距離がある。ウォルト殿下越しに感じた魔力感知では、この繁華街のどこかのお店の中に居るようだった。


 しかし思ったより店が多く、絞り込むのが難しい。

 さて、どうしたものかと頬に手を当てると、グイグイとウォルト殿下が私の手を引っ張ってきた。


「こっちです。フィオン兄様の魔力を感じます!」

「そうでした。殿下の感知能力ならフィンを探せるんでしたね」


 人は大小に関わらず誰かしら魔力を持っている。

 しかしながら魔法を会得するのは才能と後天的な努力を必要とし、誰もが自在に魔法を扱える訳ではない。


 その代わりに魔法具と呼ばれる、誰もが魔力を注ぐだけで簡単に魔法を扱うのが一般的なのだ。魔力感知は目に見えない流れを掴むような集中力と、繊細な神経を要する。


 その中にあってこれだけの練度で魔力を自在に操り、他人の魔力を感知する才に長けたウォルト殿下はまさに天才と言うにふさわしい魔法の使い手なのだろう。


 グイグイと先導するウォルト殿下を頼もしく思いながら歩くこと数分。一件の店の前でウォルト殿下はようやく歩みを止め、そのお店を見上げた。


「ここにフィオンお兄様はいらっしゃるようです」


 ウォルト殿下の言葉につられて、目線を上にあげる。

 そして、目を丸くした。


「このお店、ですか……」


 赤煉瓦の壁の装飾に、やけに可愛らしい白い小窓。そして華奢な金の取っ手を持つ扉。そこには『開店中』と書かれた札がぶら下げられていて、窓の中から()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――『リリィの服飾店・本店』。


 そう書かれたお店の上部に取りつけられた看板を見て、私は一言呟いた。


「まさか、本店もあったとは……」


 ♪♪


「いらっしゃいませ――あらまぁ、本店の方にも来てくれたの!?」


 カランカラン……とお店の扉のベルが鳴ると、壁の脇からひょいと出た人影が私とウォルト殿下を出迎えてくれた。


 一際高い身長と、鍛え上げられた筋肉が特徴の体を包み込むのは淡い花のレースが美しいシャツに、同色のスカート。肩には透け感のあるショールを羽織り、全体的に涼やかな印象。


 いつかのマクスター領で立ち寄ったお店『リリィの服飾店』のオーナー兼デザイナーのリリック・ベルーさんが私を見るなり上機嫌でこちらへ向かってくる。


 マクスター領で見た時と相変わらずの服装だが、中性的な容貌によく似合っている。私はにこやかな笑顔を浮かべて挨拶を交わす。


「どうも、ご無沙汰しております」

「お久しぶり、というほどでもないわね。無事にマクスターからこっちに来られたのね。それに、今日も私の服を着てくれているし。あれからまた新しいデザインを思いついたのよ。またモデルになってくれたら嬉しいわ!」

「はい、頂いた服も着心地がよくてすっかり気に入りました。私でお役に立てるならいつでも仰ってくださいね。それにしても、こちらが本店なんですね」

「そうなのよ。マクスターの方は二号店。あの時はたまたま用事で立ち寄っていたの」


 と二人で会話を続けていると、戸惑ったようにウォルト殿下が声をかけてくる。


「あの、おふたりはお知り合いなんですか?」


 おっと。リリックさんとの思わぬ再会が嬉しすぎてウォルト殿下のことを忘れかけていた。

 私はこほんと咳払いして誤魔化すと、改めてリリックさんに向き直る。


「こちら私がマクスター領に滞在する際にお世話になった『リリィの服飾店』のオーナー兼デザイナーのリリックさんです。リリックさん、こちらは……」


 リリックさんにウォルト殿下のことをそれとなく紹介しようとすると、リリックさんはウォルト殿下を見るなり跪いて、頭を垂れた。


「存じ申し上げております。ウォルト殿下ですわね。お会いできて光栄に存じますわ」

「え、私のことを知っているのですか?」

「ええ、フィオン殿下からお噂はかねがね。それにその青銀(せいぎん)の瞳と容貌は殿下にそっくりですもの。今日は我がお店に足を運んで下さりありがとうございます」

「い、いえ。こちらこそ突然押しかけてすみません。こちらのお店に兄様……兄上がいらっしゃると思ったのでお忍びで参ったのですが……」


 ウォルト殿下の言葉にリリックさんは思案げに一瞬考え込む。そして優しげな表情を浮かべると、ウォルト殿下に笑いかけた。


「ええ、フィオン殿下はいらっしゃいますよ。お呼びしますので暫くお待ちください」


 リリックさんはそう言って店の裏手に消えていく。

 フィンとリリックさん。まるで接点のないように感じる二人が旧知の仲だったとは、意外に世間も狭いらしい。

 それにしても服飾店にわざわざ出向くなど、一体フィンはなんの用事があるのだろうか。


 暫く待つこと数分。

 店の裏手から慌ただしい足音が聴こえたと思った途端、新たな人影が現れる。


「いきなり何をするんだリリック!」

「いいから、いいから。とりあえずそのまま出て見なさいよっ!」


 何やら楽しそうなリリックさんの声とともに、肩を押されたらしいフィンが身体のバランスを崩しそうになりながら出てくる。


「一体なんだと言うんだ? ――あ」


 頭を掻きながら訳が分からないといった表情でこちらを見た彼は、その途端に動きを止めた。

 目を見開いた彼の視線の先にいるのはウォルト殿下と、私。


 三人の間に奇妙な沈黙が流れる。


 妙に重苦しく立ち込める室内。可愛らしい服が並ぶ店内とは裏腹に、少しどんよりとした空気が立ち込め、一種の緊張状態。


 ウォルト殿下とフィンは互いを見たまま、何もはなそうとしない。

 フィンは突然の状況についていけず、ウォルト殿下は、何を話したらいいか分からないようだった。


 ――全く。仕方ないわね。

 二人の様子に私は一つため息をつくと、フィンに視線を合わせる。


 事件の後、長年まともに会話をすることがなかった兄弟。いきなり会話に持ち込もうとするのは、難易度が高かったかもしれない。


 会話の糸口なんて、そこら辺に転がっているものだ。

 手本となるように、私はフィンに向けて素朴な疑問を口にする。

 それは丁度彼が現れてから気になっていたことだった。


「――フィン。その服装はなんなの?」


 それもそのはず。

 お店の裏手から現れたフィンは、錦糸銀糸で色鮮やかに刺繍されたえらく派手な騎士服を身につけていたのだ。

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