前へ次へ
55/64

11 かくしごと 上

「はああ……疲れた」


 今日も今日とて晴天の常夏(とこなつ)の国、セインブルク。

 王都シーリャンに座すシャン・ヴェルデ宮殿の大図書館の中で、私は机に突っ伏すと溜息を吐いた。

 横には午前中までに読み終えた本が天高く積み見上げられ、山のようになっていた。


 机に頭をつけた姿勢のまま私はその山をちらりと見上げ、分厚い金の刺繍で装丁された『双竜英雄譚〜二人の竜王が建国を果たすまで〜』という名の革表紙の本をペラペラとめくり、独りごちる。


「建国史の文献をあらかた読んでみたけれど、どれも似たようなものね。妃殿下の言う通り、邪竜の伝承を綴った本はあったけれど、それが争いの終結の直接的原因であるとは書かれていない」


 竜王の『巫女』である妃殿下から明かされた建国史の真実と、フィオンの呪い。


 巫女として代々()められた歴史を受け継いだ妃殿下によれば、二人の竜王の永き争いは穢れを生み、それにより邪竜ヴェインが出現。封印するために二人の竜王が手を取り、結果的に永き争いは集結した。


 しかし、封印の際に放たれた邪竜ヴェインの最後の反撃が炎竜王の目に刻み込まれ、邪竜の負の感情を伴い竜の怨嗟を呼び込み、竜王の眼を持つものを苦しめる短命の呪いとなった。


 癒しの力を持っていた水竜王は炎竜王の呪いを緩和しつつ、炎竜王を支えた。いつしか二人の竜王は番となり、二度と争いを生まぬよう、恒久的平和を築くためにセインブルクが生まれた。

 短くまとめると、建国史の真実はこのようになる。


 しかし図書館にあったどの建国史の本にも邪竜の存在は出てこず、ただ永き争いの不毛さに気づいた二人の竜王が友好関係を結び、その結果永遠(とわ)の夏の国が誕生したと記載されていただけであった。


 それならばと今度は邪竜に関する本を探してみた。しかし出てくるのは子供向けの童話のおとぎ話の本ばかり。


 本の内容はどれも似たようなもので、邪竜は負の感情を好み、悪さをする子どもを攫ってしまう。邪竜に攫われたら二度と帰ってこられない。

 邪竜に攫われたくなければいい子にしていようと締めくくられた、いかにも子ども向けの話だった。


「意図的に邪竜の存在が伏せられているわね。まぁ呪いのことを考えたら、伏せるべきだったのかもしれないけれど」


 王家の加護であるはずの『炎竜王の眼』が呪いであると知れ渡れば、どのような不都合が起きるか分からない。しかも短命の呪いという命に関わるものであれば尚更。


 ティナダリヤで妖精眼(グラムサイト)を持つものが重要視され王位継承権すら覆せる可能性があったように、呪いを利用して争いが起き、無意味に血が流れる事態だって有りうるのだ。


 私怨での争いを禁じたセインブルクは厳格に法が定められており、無為に争いを起こした者には重い罰が課せられる。それはセインブルクの王族であっても同じ。


 永き争いの果てに生まれた国だからこそ、同じことを繰り返さぬよう、その真実を隠さねばならなかったのかもしれない。


『――邪竜ヴェインが本格的にいつ復活してしまうのか。現段階ではまだ分からないわ。巫女である私にもそれは知り得ないの。ただ、そう遠くないうちに封印が解けてしまうことは確定しているわ。加えて悪魔の存在に、水面下での不穏な動き。今回の黒幕とやらが建国祭で何かを狙っているとしたら、それは邪竜ヴェインの復活でしょう』


 お茶会での話の最後に妃殿下はそう語った。

 私が懸念していたこと。まさかという思いがありながらも、打ち消せなかった可能性。それは妃殿下も同じ考えだったようだ。


 封印が解けかけている邪竜。そこに来て暗躍する存在。悪魔が語った建国祭で会おうという言葉。その建国祭は王都で行われ、かの邪竜は王都にある宮殿の地下に眠っている。その目的が邪竜の復活とするならば、全ての流れが一致する。


 そうなればマクスター領での騒動も、王都にある騎士団の戦力を削ぐための作戦であったと考えられる。あのまま呪いが広がっていたらどうなったのか。今となっては考えたくもない。


「でも具体的に対策となると、どこから手をつけたらいいのか分からないのよねー」


 黒幕がどの程度の力を持ち、セインブルクの水面下においてどこまで勢力を揃えているのか分からない。建国祭を狙うとしたらそれ相応の準備と戦力が必要になるだろうが、肝心なことが何一つ分からない。


 悪魔から情報を引き出せなかったのは本当に痛い失敗だった。


「もう時間がないのに……」


 建国祭まで日がない。何とかしなければという思いと、どうすればという焦りが募り、集中力が途切れていってしまう。


 問題はそれだけではない。フィオンの呪いのこともある。妃殿下に話を聞くまで普段飄々(ひょうひょう)としている彼が苦しんでいることは知らなかった。


 竜王の巫女の伝承によれば『竜の眼』を受け継いだものは夜な夜な悪夢に苛まれるらしい。

 眼を通して邪竜の負の感情が竜の怨嗟を呼び込み、亡き者の声を永遠に響かせ続ける。それは死ぬまで止むことはなく、次第に心を病んでいくのだという。


 今の所フィオンにそう言った様子は見受けられない。けれど、第三王子に会った時の彼は尋常ではない様子だった。


 彼のトラウマは根深い。妖精の助力を得て眼を完全制御できるようになってからは幾分かスッキリした表情をしていたけれど、彼は心の底では自分の力を恐れている。


 ――どうにかしなければ。


「あー、駄目。ちょっと休憩しよう!」


 考えれば考えるほど胸のモヤモヤばかりが溜まり、集中力を乱されていく気がする。

 このままでは駄目だ。気晴らしに竜の園にでも行って、妖精たちと戯れてこよう。


 そう思い、図書館を出て中庭へと歩き始めたその時。


「――ん?」


 ふと視界の端で何かが動いた気がして、私は足を止めた。



面白いと思ったら評価頂けると幸いです

前へ次へ目次