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10 竜の眼の運命

 


「シャルルさんはセインブルクの王族が代々二人の竜王から加護を授かることはフィオンから聞いて知っているのよね。二人の竜王の『加護』はどれも強いものだけれど、その中でも一番強力な『竜の眼』は、こうも呼ばれているの。『呪われた竜の眼』と」

「呪われた……」

「ええ」


 悲哀の表情を浮かべた妃殿下は、目尻に影を落としながら静かに語り始めた。


「水竜王セレンヴィレンの系譜を辿る私の一族は、必ず竜王の巫女の『加護』を得たものが生まれるわ。巫女の役割は二つ。邪竜(じゃりゅう)ヴェインの封印の管理と、因縁に塗れたセインブルク建国の〝真実〟を語り継ぐこと」

「真実、ですか?」

「ええ、そう。脚色で塗り固められた御伽話(おとぎばなし)の虚実ではなく、実際に起きた悲劇をね」

「実際に起きた悲劇、ですか。つまりそれは、セインブルク建国史が偽りだということですか?」


 私の質問に妃殿下は首を振る。


「いいえ。全てが偽りではないわ。争いの不毛さに気づき、和解した二人の竜王が番となり、セインブルクが生まれたのは本当のことだから」

「では、何が偽りだと言うのですか?」


 私の新たな問いに妃殿下は目を閉じ、そして何かを決意したかのように目を開けた。


「争いが起きた理由と、終結した本当の理由。それがフィオンに受け継がれた『竜の眼』に関係しているの」

「だとしたらフィンは――『竜の眼』を持つものは()()()()受け継いだというのですか?」


 邪竜ヴェインに、封印。建国史が真実ではなく、しかし全てが偽りという訳でもない。妃殿下の話は訳の分からないことだらけで、頭が混乱しそうになる。


 とりあえず、フィオンの身に何かが起きているのは事実で、このままでは彼が死んでしまう。

 ならば一体何故そのような事態が起きたのか。何故そのようになってしまったのか。

 その理由が知りたくて質問を変えると、妃殿下は簡潔に答えを示した。


短命(たんめい)の呪い。『竜の眼』を受け継いだセインブルクの王族の中で、二十歳(はたち)を越えて生きられた者は存在していないの。皆最期は、竜の眼の呪いに蝕まれて亡くなったわ」


 妃殿下の言葉に私は息を呑む。

 短命の呪い。――生命を奪う、呪い。


「『竜の眼』は呪われている。封印の際に放った邪竜ヴェインの最後の反撃が、炎竜王リュートヴルグの眼に直撃し、小さな傷を負わせた。それは邪竜の呪いとなって顕現した。邪竜が司る負の感情が竜の怨嗟を呼び込み、『竜の眼』を持つものを少しずつ蝕み、やがて生命を奪うの」


 妃殿下の重い告白に、その場に沈黙が落ちる。想像より遥かに悪い事態だ。妃殿下の話の通りなら、このまま何もしなければそう遠くない()()()、フィオンは死んでしまうのだろう。


 注意深く妃殿下の話を反芻し、しかし私はとある事実に気づいた。


「妃殿下は二十歳を超えたものはいない、と仰いましたよね。でもフィンって確か……」

「そうね。あの子は今年で二十三歳になるわ。『竜の眼』を持ちながら、あの子は短命の呪いの刻限である二十歳を超えている」

「であれば、呪いはとうに解かれているのでは?」


 私の希望的観測を、妃殿下は即座に否定する。


「いいえ、それはありえないわ。邪竜は滅びた訳ではなく、封印されただけ。呪いの元となる邪竜が存在している限り、呪いもまた消えない」

「でも彼は生きている。それでは辻褄が合いませんよね?」

「フィオンは『炎竜王の眼』と共に『水竜王の眼』の加護を授かって生まれた。かつて、呪いに蝕まれた炎竜王の眼を癒したのは水竜王なの。彼女が持つ癒しの力が呪いを中和し、炎竜王の正気を保たせていた。その力は彼女の眼を持って生まれたフィオンにも受け継がれているの」


 呪いを受けたのは炎竜王。そしてそれを癒していたのが水竜王。その過程で二人は互いを愛していることに気づき、番となったのだという。


 その力はフィオンにも受け継がれ、炎竜王の眼の呪いを、水竜王の眼の加護が相殺しているのが今の彼の状態。しかしその均衡は長くはもたないと、妃殿下は続ける。


「今は治癒の力が働いて、片眼のみの炎竜王の眼の呪いを相殺できている。けれどやがてその均衡は崩れ、間違いなくフィオンは呪いに蝕まれることになるわ」


 確信を持って告げる妃殿下。

 その時は必ず来ると、断定している口調。まるで知っているかのような。私は無性にそれが気になってしまった。


「何故そう言い切れるのですか? ――いえ、こう言い替えた方がいいのでしょうか。妃殿下は、()()()()()()()()()()()()()()()()


 発動した妖精眼(グラムサイト)が妃殿下を捉える。妖精の嫌う悪意を映し出す妖精女王の眼は、嘘を見抜くことができる。敢えてその眼で対峙しても、妃殿下は真っ直ぐにこちらを見返してきた。


 水竜王の血を受け継ぐ竜王の『巫女』である妃殿下は、真摯に私の視線を受け止めると、その懐からひとつの包みを取り出した。


 包みを取り外すと、中から出てきたのは水晶のような、宝石のような小さな丸い球だった。妃殿下やフィオンの瞳と同じく青銀(せいぎん)に輝いている。


「これは封印の要となった水竜王の片眼。かつて封印された邪竜と一緒に、水竜王が封じ込めたもの。これはフィオンが生まれた時、あの子が小さな手で握りしめていたものなの」


 邪竜と共に封印された水竜王の片眼。清き力を纏う水竜王の力は邪竜とは相性が悪かった。だから彼女の力の核である眼を触媒にすることで封印を強固にしていたらしい。


 しかし邪竜と共に眠っているべきものは、今まさに妃殿下の手の中にある。つまり、それが意味することは。


「封印が弱まってきている、ということ。近い将来、邪竜はまた復活する。そうなれば呪いは今度こそフィオンの生命を奪おうとするはず。私はそれを危惧しているわ」


 不意にあの悪魔の言葉が脳裏に甦る。


『――今日はここまでダ。またの機会に遊んでやろウ。次は建国祭カ? 再び会える時を待っているゾ。春の姫君』


 建国祭。セインブルク誕生を祝う、記念すべき式典。その式典に関して意味深な言葉を残して消えた悪魔。

 あの悪魔の様子から見て間違いなく、黒幕は氷炎舞祭(ひょうえんぶさい)で何かを起こそうとしている。


 そこに来て、突如知ることになった邪竜の存在と、その復活の予兆。


 ――もしかして、これを狙って……?


 そんな予感が拭えず、私は胸騒ぎがした。


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