9 宿命
「――ようこそ、シャルルさん。歓迎するわ!」
「本日はお招き頂きありがとうございます。シェリア妃殿下」
「こちらこそ。さあ座って! 色々用意したのだから!」
弾むシェリア妃殿下の声に私は曖昧に笑って頷く。
常夏日差しが差し込むセインブルクの昼下がり。
用意された部屋にて簡単な昼食を済ませたあと、シェリア妃殿下に招待されたお茶会へ足を運んでいた。
ドーム型の庭園、『竜の園』の一角に用意された東屋。
まだ真新しい木材の香りがする東屋には色とりどりの花と、それらに負けず劣らず繊細な飾りを施されたケーキが並んでいた。
セインブルク様式の少し露出が多い淡い赤のドレスに身を包んだ私は、その香りに誘われるようにして案内された席に座る。
「ドレスは気に入って頂けたかしら? 急なものだったから出来合いのドレスしか手に入らなかったのが残念だわ。貴女はなんでも似合いそうだからお洋服を見るのも楽しそうねぇ」
「いえ、こちらもとても素敵です。ありがとうございます」
「よかったわ。じゃあ早速お茶を頂きましょうか」
「はい!」
ガラス製のカップに注がれた紅茶はレモンの爽やかな香りがするアイスティーだった。
この常夏の国では貴婦人のお茶会は基本冷たい紅茶なのだそう。確かに暑い日に温かい紅茶はあまり飲みたくない。
「とても美味しいです。爽やかな味わいですけど、しっかり茶葉の味が出てます。それに冷たいのも相まって飲みやすいですね」
「そうでしょう? 沸騰したお湯に茶葉をたっぷり入れて抽出したの。そうすれば氷を入れても味が薄くなることはないのよ。茶葉はあえて甘味が強いものを選んでいるわ。レモンの酸味が引き立つから」
「甘味と酸味が絶妙に調和してるから後味もスッキリしますね。本当に美味しいです」
「まぁ、気に入って貰えたようで嬉しいわ! ケーキもこの紅茶に合うものを選んだの。どうぞ召し上がって」
「はい、頂きます!」
しばしケーキと紅茶に舌鼓を打つ。
ケーキも素晴らしい出来栄えで、私はすっかり気に入り、気づけばみっつも食べてしまっていた。
「本当に美味しかったです。ティナダリヤとはまた違った味わいで、いくらでも食べられそう」
「うふふ。気に入って頂けてよかったわ。お城に滞在中はいつでも頼んでくれていいわよ。このケーキを作った料理長も喜ぶわ」
「いいんですか? 是非そうさせて頂きます」
焼き鳥と甘いケーキに目がない相棒が喜びそうだ。今回のお茶会もさすがに妃殿下と会うので連れていけないと言うと散々文句を言われたのだから。
「さて。食べて一息ついたところで、少しお話をしましょうか」
にこやかに続いていた会話から一転。急に真面目な表情をした妃殿下は、私に視線を向けるとそんなことを言った。
無邪気そのものといった妃殿下の変わり様に戸惑いながらも、私は自然と居住まいを正す。
「はい、どのようなお話でしょう」
「シャルルさん。貴女は私に聞きたいことがあるのではないかしら?」
「え……?」
どうしてそれを。
突然の言葉に驚きを隠せない。
なぜなら、その通りだったからだ。
「なぜ、そうだとお思いに?」
「それが私の受け継いだ『加護』だから。私は竜王の巫女。封印を管理する巫女の一族なの」
「封印を管理する巫女……?」
「そう。この宮殿の地下に封じられたあるものを守る役目を私は担っているの」
そう言って頷いた妃殿下は、その青銀の目を改めて私に向けた。
それは私を通して、はるかどこか遠くを見ているようでもあった。
「邪竜ヴェイン。奇しくも二人の竜王の争いを止め、セインブルクが生まれるきっかけとなった災厄の存在。『竜の眼』を持つものに受け継がれる悲劇の一端を生み出すことになった存在」
竜の眼を持つもの。
それが誰を意味するのか、言うまでもない。
目を見開いた私に、妃殿下は驚くべきことを告げた。
「私は貴女にフィオンを救って貰いたいの。このままではあの子は死んでしまうわ。『竜の眼』を受け継ぐものの宿命によって」
――短命の呪い。それがあの子に課せられた宿命。私では救ってあげられない。
静かに呟いた妃殿下の青銀の瞳は、悲しげに揺れていた。
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