6 その後
「フィオン兄様……」
ウォルト殿下は握りしめた拳を震わせ、フィオンが今しがた去った方向を見つめている。
その揺れる青銀の瞳が、兄を追いかけたがっている心情を物語っていた。けれど彼は唇をぎゅっと噛み締めて、今度はこちらへと視線を向ける。
「母上から今日は客人がいらっしゃると伺いました。兄様――兄上が客人をもてなしていると伝え聞き、こちらに参ったのですが、もしや貴方がそうなのでしょうか?」
先程とは打って変わって礼儀正しい所作でそう訪ねてくる第三王子殿下に、私は即座に頭を下げるとティナダリヤ式のカーテシーを披露する。
「ご挨拶申し遅れました。私は春の国ティナダリヤの元第二王女、シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤと申します。ここではシャル・ロゼルタと名乗っております。今日は陛下と妃殿下のご厚意によりこの宮殿に滞在することになりました。どうぞよろしくお願い致します」
「貴方がかの有名な妖精女王の再来と言われるシャルル様だったのですね。私はウォルト・スフィアス・セインブルクと申します。それと……先程はすみません。情けない姿をお見せしました」
苦笑しながら軽く頭を下げるその姿は、どこか悲しげに映る。
フィオンが傷つけてしまったという右手の傷跡を庇うような仕草をしているのは癖なのだろう。
傷跡を見せまいとしているのも、私にこれ以上の迷惑をかけたくない、情けない姿を見せまいという彼の気持ちの表れなのかもしれない。
だから、私は敢えて触れないことにした。
こういうことは無理やり聞き出すのではなく、本人が語りたくなった時に聞くのが一番いい。
第一、私は口を挟む立場ではないのだし。
「お気になさらず。それにしてもフィンは薄情ですね。私を案内すると言っておきながら、自分一人だけどこかに行ってしまうのですから。そうだ。折角ですのでウォルト殿下、フィンに代わって案内して頂けないでしょうか?」
私の提案に目を丸くするウォルト殿下。少し大袈裟に振舞ってしまったかと心配したけれど、彼は少し表情を和らげた後、嬉しそうに頷いた。
「私でよろしければ、是非」
こうして私は部屋の準備が整うまでの間、庭園を歩き回り、ウォルト殿下に植えられている植物に関して談笑をして過ごすことになった。
♪♪
その後、用意された部屋に案内された。更に恐れ多いことに妃殿下と殿下に晩餐に招待され、興味津々といった顔をした妃殿下に根掘り葉掘りフィオンとのことを聞かれ、これからの予定をそれとなく話す羽目になった。
それだけでも堪らないのにいつの間にか「明日はお茶会に是非参加して頂きたいわ!」と半ば強引にお茶会の約束を交わすことになった。
まさか妃殿下からの直々のご招待を断る訳にもいかず、薄ら笑いで了承した後……部屋に戻ってくる頃には私は既に疲れ果ててしまっていた。
「つ、疲れた……」
上等な羽毛がふんだんに使われた、ふかふかなベッドに身体を投げる。
ボフッと音を立ててベッドに深く沈み込んだ私の横でクッションに体を埋めていた相棒はふわああ、と寝起きの欠伸をして答えた。
『なかなか強烈なヒトだったみたいだね。この国のお妃サマ。シャル、生きてるー?』
「辛うじて生きてるわ……」
揺れるルツの尻尾に答えるようにヒラヒラと力無く手を振り、再び四肢を投げ出す。
「明日はお茶会に参加することになったわ……。旅路でドレスは最低限しかもっていないのだけれど――ふわあぁ……」
独り言を呟いてる間に眠気が襲ってきた。
本当に長い一日だった。馬車に座り続けていたし、国王陛下と妃殿下との謁見。それに、フィオンの過去と第三王子の存在。
それに悪魔の一件も終わった訳ではない。建国記念祭である『氷炎舞祭』でなにか仕掛けて来るのは間違いないのだし、それに対する対抗策も考えねばならない。
「お店についても考えないと……」
やるべきことはたくさんある。考えるべきことも、思うことも。けれど、今日はもう放棄してしまおう。
「よし!」
このままベッドで眠り込んでしまいたい衝動を一時押さえ込み、なけなしの力で服を脱ぎ、軽く湯浴みをすませ肌の手入れを済ませてから私は再びベッドに戻り眠りについた。
そして。
その夜、不思議な夢を見ることになる――。
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