4 この親にしてこの子あり
私の家が欲しいというお願いに陛下は暫く目を丸くされたあと、気を取り直したように咳払いし、了承してくれた。
「貴殿の望みは承知した。数日中に物件を見繕っておくとしよう。……ついでにこれは興味本位なのだが、なぜ貴殿は家を買おうと?」
陛下にとっては突拍子もない願い出だったはず。
勿論理由を説明する必要があることを理解していた私はその問いに快く応える。
「セインブルクは外交が盛んな国。移民の受け入れも他の国より寛容だと伺いました。私は王女の身分を捨て、世界中を見て回るという目的がございますが、その費用を稼ぐためにも拠点は必要です。マクスター領にしばらく滞在して、先程王都シーリャンを見ましたがここは素晴らしい国だと思いました。ですので、是非拠点をここに据えて生活させて頂ければ、と」
「ほお……。稼ぐ、ということは仕事の宛が? そう言えば貴殿は薬草について詳しいそうだとフィオンから聞いたが」
陛下の言葉にしきりに頷くフィオン殿下を横目にしながら私は肯定する。
「はい。薬師としての知識や魔法をお師匠様より授かりました。それを活かしてお店を構えたいのです。費用につきましては持参したお金が少なからずございますので、お店兼家となるような物件を探しておりまして」
「成程。人通りが多い場所で、治安がよく尚且つ店として機能する物件、だな。貴殿の手腕は相当なものだと騎士からも報告が上がっていた。是非歓迎させてもらおう。では営業許可証など、お店の経営に関する手筈もこちらで整えておこう」
「物件のみならず、そのようなお計らいまで頂けるとは光栄に存じます」
寛大な心遣いに改めて礼を申し上げると、陛下は気にするなと手を振った。
「貴殿には恩がある。これくらいはさせてくれ」
「はい、感謝致します」
私がそう告げると、ここまで沈黙を守っていた妃殿下がポンポンと手を叩いた。
「それじゃあ、とりあえず話はひと段落したということで。シャルルさんは来たばかりでまだ今宵の宿は決まっていないのでしょう? でしたら是非宮殿に泊まってらしてくださいな」
「え? いや、そういう訳には……!」
おっとりした顔で恐ろしいことを宣う妃殿下。
平民の身で宮殿に招いてもらったことすら恐れ多いのに、これ以上フィオンの魔の手中……じゃない、宮殿の中にいることなどできない。
さっさとこの場を退散して適当に宿を探して風呂に入ってしまおうと思っていたのに。
その私の言葉に尚もおっとりとした口調で妃殿下は悲しそうに目を伏せた。
「あら、私はシャルルさんにティナダリヤでのお話などをお聞きしたかったのですけれど。迷惑でしたかしら。そうね、今日いらっしゃったばかりですもの。疲れも溜まってらっしゃるでしょうし、宿でゆっくり過ごして頂いた方がいいわよね……」
「うっ……」
それはそれは、ものすごぉぉおく悲しそうな表情でそう言われてしまい、私の良心が痛む。
遠慮がちにしてはいるけれど、ものすごく宮殿に泊まって欲しいという願いが滲み出ている。
簡単に断れそうにない雰囲気だ。一見すると引いてはいるが、実は押しが強い。この感覚に既視感を覚えるのは何故だろう。
横で素知らぬ顔をしている第二王子にそっくりだ。さすがは親子と言うべきか。
ものすごく悲しそうな顔をした妃殿下は、チラチラと上目遣いでこちらを見つめてくる。美女といえる妃殿下の、ものすごく可愛らしい一面が垣間見えた。
いや、そうではない、ちょっとキュンとしてどうするの私。断らないと。
「そうですね。確かに連日馬車に乗ってましたので今日はお休みを頂きたいかな、と……」
「ではお部屋にふかふかのベッドを用意させましょう。疲れなんて一晩で吹き飛びますわ」
「か、観光もして回りたいですし」
「では詳しいものに案内させましょう。そうだ、フィオンをお供につけましょうか。この子は小さい頃から宮殿を抜け出しては下町を散策してましたの。誰よりも詳しいはずだわ」
「お、お店の準備とかもありますし!」
「物件は陛下にお任せすれば大丈夫よ。お店の経営に関する手筈もこちらで整えますから。建国祭も近いことですし、折角ですからゆっくりしてらして下さいな?」
「……」
にこにこと。笑顔を浮かべた妃殿下を見て、私はとうとう沈黙する。
駄目だ。どう言い逃れしようにも多方面から潰されていく。それどころかだんだん追い詰められているのは気の所為だろうか。逃げ場がない。
フィオンは外見が陛下に似て、性格は妃殿下を受け継いだのだろう。本当にそっくりな親子だ。
「分かりました。お邪魔させていただきます……」
「まあ、嬉しい。では今から用意させますわね!」
観念してそう呟くと妃殿下は一層顔を綻ばせて大輪の花のごとき笑顔でそう言うと、素早く執務室を後にする。
残された私は乾いた笑いしか浮かばない。
『……お人好し。いや、それとも押しに弱いっていった方が正しいのかな? どちらにしてもチョロすぎだね』
完全完敗した私の足元で、相棒ルツが心底呆れた様子でポツリと呟いたのが聞こえた。
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