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3 謁見

「ようこそお越しくださいました。フィオンから手紙を頂いて、貴女の来訪を心待ちにしていたのですよ」

「はぁ……」


 どうしてこうなってしまったのかしら。


 目の前にコトリと紅茶の入ったカップを並べ、青銀(せいぎん)の瞳を細め、にこやかに笑いかけてくる艶やかな銀髪を結い上げた美女――シェリア・ミンフィス・セインブルク妃殿下が手ずから入れた紅茶を頂きながら、私は曖昧な笑みを浮かべることしかできない。


 対面にいるのはセインブルク王家が十二代目国王、ファルオン・ルート・セインブルク陛下。

 背まで伸びた金髪を後ろに流し、フィオンとよく似た風貌から発せられる鋭い光を帯びた朱金(しゅきん)の双眸がこちらを値踏みするように見据えている。

 思わず悲鳴を漏らしかけて、グッと奥歯を噛むことで堪えた。



 セインブルク王国の王都シーリャンが誇る壮麗な二つの尖塔から成るシャン・ヴェルデ宮殿の最奥。

 王族のみが立ち入ることを許された居住スペースの一角にある国王陛下・妃殿下の執務室に迎え入れられた私はにこやかな妃殿下と、圧のある視線を向けてくる国王陛下に挟まれ、背中から冷や汗を垂れ流していた。


 国王陛下は相も変わらず鋭い視線を向けてくるのみで何も言葉を発しようとしない。

 こちらは元王女とはいえ、今は身分を返上した一介の平民。国王陛下の許し無しに発言などできるわけもなく、「どうぞ」と差し出された紅茶の味を確かめる間もなく胃に流し込む作業がひたすらにくり返される。


 この無言は一体何を意味するのだろう。そして私はどうしたらいいのだろう。


 フィオンはそんな私を見てニコニコと嬉しそうに微笑むのみで助けようともしてくれないし、妃殿下は相変わらず無邪気に追加の紅茶を淹れるために奥へと引っ込んでいった。


 そんなこんなで無言が続くこと数分。とうとう紅茶も飲み干してしまい、いたたまれない私はとりあえず紅茶のカップをテーブルに戻す。


 最初は緊張しすぎて味が分からなかったが、ハーブが僅かに香る爽やかな紅茶は凝り固まってしまった身体を少しだけほぐしてくれた。

 と思ったのも束の間、一息ほっとしたところで、急に声をかけられた。


「紅茶の味はどうだっただろうか」

「ひえっ!? あ、はい! 非常に美味しかったです!」


 突然かけられた陛下からの言葉にビクリと肩を震わせて返すと、ファルオン陛下は「そうか」と頷いて僅かに表情を和らげる。相変わらず刺すような視線は変わらないけれど、嬉しそうな気配が伝わってきた。

 それだけで最初に受けた印象が随分変わった。


 ――あ、この方は多分お優しい方なのね。


 視線が鋭いのは目元が吊り上がっているせいで、険しく見えるだけなのかもしれない。よくよく見れば鋭いと感じた朱金の双眸は柔らかな印象で、私が緊張し過ぎていただけなのだろう。


 それが分かっていたのか、ポットを手に持った妃殿下が再び戻ってきた。クスクス笑って陛下の方を見ると私に話しかけてくる。


「ごめんなさいね。陛下はこんな顔だから誤解されがちなのだけれど、とってもお優しい方だから、楽にしてくれていいのよ。えっと……そういえばなんてお呼びしたらいいのかしら」

「あ、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私は元ティナダリヤ第二王女シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤと申します。今はその身分を捨てシャル・ロゼルタと名乗っておりますが、どうぞシャルルとお呼びください」


 席から慌てて立つとスカートの裾を持ち上げ腰を折る。ティナダリヤ式のカーテシーだが、宮廷作法に則ったものだ。失礼には当たらないだろう。

 名乗りを済ませ顔を上げると、陛下と妃殿下は一度頷きあってからこちらへと視線を戻した。


「シャルルさん、ね。分かったわ! いきなり呼び出してしまって御免なさいね。陛下と私は一度貴女に直接お会いしてどうしてもお礼をしたかったのよ」

「お礼……とは?」


 疑問に思い首を傾げると、今度はファルオン陛下がこちらに声をかけてくる。


「我が息子、フィオンの眼のことだ」

「フィオン殿下の『竜の眼』のことですか? とんでもない、お気になさらないで下さい。私はできることをやっただけですから」


 フィオンの目は強固な封印を施しても尚、漏れ出す力が強すぎて制御が不安定な状態にあった。

 私はフィオンに好意を持っていた高位妖精の力を借りて契約することで彼の目の力を安定させただけだ。本当に大したことはしていない。


 否定するも、尚も陛下は言葉を重ねる。


「それでも、礼を言わせてくれ。フィオンは自分の目のことで長年悩んでいた。自らの弟を傷つけた力を忌み嫌い、王位継承権を放棄して、一介の騎士として生きたいと私に願い出たくらいなのだ。それをどうにか推し留めて第三騎士団を任せていたのだが……」

「なるほど。第二王子殿下であらせられる御方がどうして騎士団長の役職を……と思っていたのですがそんな経緯があったのですね」


 フィオンに目を向けながら納得したと言葉を重ねると、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。


「しかし貴殿のおかげでフィオンの力は安定した。それどころか今回の首なし騎士(デュラハン)の事件にも尽力してくれたと聞いた。それも含めてお礼を言いたかったのだ。……ありがとう」


 そう言ってあろうことか、陛下は私の目の前で頭を下げた。私は慌てて席を立ち首を振る。


「そんな! おやめ下さい陛下。勿体ないお言葉です。首なし騎士(デュラハン)の一件についてはそもそも私がフィオン殿下を巻き込んだのですから。それに肝心の黒幕には逃げられてしまいましたし……」


 悪魔と名乗ったあの黒い影と、その後ろにいると思われる黒幕は、次は氷炎舞祭(ひょうえんぶさい)を狙ってくるだろう。私が上手く捕まえて情報を聞き出していれば、より入念な対策を立てられたはずなのに。


「私が取り逃しさえしなければもっと情報を得られたはずです。お役に立てず申し訳ございませんでした」

「それは気にする事はない。『氷炎舞祭(ひょうえんぶさい)』で何かよからぬことを企んでいる輩がいる、という情報を得られただけでも僥倖(ぎょうこう)だ。対策ならいくらでも立てられる。それに我が国が誇る騎竜部隊は最強と謳われる部隊だ。たとえ何が起きても脅威からこの国を守るだろう」

「セインブルクの騎竜部隊の活躍については、遠くティナダリヤにいた頃から耳に挟んでおります。陛下の信頼が厚いとあらば彼らも誇りに思うでしょうね」


 騎士というものは仕える主から信頼を受けることこそが誉れだと聞いたことがある。ティナダリヤの近衛騎士も王族への忠誠を誓い、それを誇りにしていると。


 ……まぁ、私についていたどこかの護衛騎士(アルバート)はものの見事に裏切ってくれたが、あれは多分例外と言うやつだ。

 遠い目をしてあまり思い出したくない過去を振り返っていると、陛下はコホンと咳払いをしてから改めて座り直す。


「それで、貴殿に頼みたいことがあるのだ。黒幕に直接接触したと聞いた。『悪魔』と名乗ったそうだな」

「はい。私が捕縛した時、確かにそう名乗っておりました」


 遠い伝承に存在したと言われる悪魔。

 春の国(ティナダリヤ)が興る前、この大地に『四季の国々』が存在する前から脅威を奮っていた悪魔は神々により滅ぼされた。


 その伝承の存在が今、この世にいる。信じられない話だが、あの悪魔は全てを滅ぼす負の力を持っていた。それがこの国に潜んでいるとなれば、災厄を招きかねない。


「悪魔については今の時点ではまだ具体的な情報が少なすぎてな。何せ伝承の存在だ。そこで貴殿にも協力を仰ぎたい。逃げられたとはいえ貴殿は一度は悪魔を捕縛して見せた。その力を借りたいのだ」


 陛下の申し出に私は迷うことなく二つ返事で了承した。


「はい。ぜひご協力させてください!」

「そうか、有難い。しかし協力だけでは貴殿には何もメリットがないな。何か報酬を用意せねばな……」


 陛下はそう言うと思案げに頬杖をつく。

 そこで私はあることを思いついた。今こそ、計画していたことを実行する時かもしれない。


「陛下、恐れながら報酬について私からお願いがあるのですが」

「何か欲しいものでも?」

「はい。欲しいもの、といいますか……」


 そこで少し言葉を切り、次の瞬間一息に言い放った。


「王都シーリャンに家を買いたいのですが、良い物件をご存知でしょうか?」


 私の言葉が予想外だったのか。このお願いに、陛下は目を丸くした。

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