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1 王都シーリャンへの道中

 ――常夏(とこなつ)と呼ばれる年中を通して熱帯的な気候に、水竜王と炎竜王の加護とその伝承が根付く南の国セインブルク。


 そのセインブルク最大の都であり、首都と位置付けられた王都シーリャンは右に炎竜の息吹が包む『炎竜砂漠(えんりゅうさばく)』を擁し、左に水竜の祝福を帯びた『水竜大瀑布(すいりゅうだいばくふ)』を据える砂漠の中のオアシス都市である。


 炎竜の息吹が熱を帯びた風を産み、その風を受けた大地が砂漠と化す。熱を受けて干上がった大地を水竜の祝福を受けた永遠に留まることのない滝から流れ落ちた水が大河となって熱された大地を冷やしつつ、セインブルクの各地に行き渡り、新たな緑を産む。

 そんな循環(サイクル)永遠(とわ)に繰り返し、夏の国は発展を遂げてきた。


 王都シーリャンは大瀑布と砂漠の中心にあり、幾度となくぶつかり合った熱の大地と大河の水の効果により、豊かな土壌が生まれた。その土壌から流れ出、たっぷりと栄養を含んだ水に恵まれた大地は南国特有の実りを産み、人々の生活と発展に役立てられてきたという。


「……そんな水と砂漠に囲まれたオアシス都市であるシーリャンは非常に景観が美しく、観光の場としても人気がある。中でも建国祭である『氷炎舞祭(ひょうえんぶさい)』ではセインブルク王家が表立って姿を現し、都全体が華やかな装飾を施される。建国記念当日には選抜された竜騎士部隊が披露する氷と炎を用いた舞踏祭が行われ、一見の価値あり……と、ふむふむ」


 カラカラと車輪が周り、僅かに振動が伝わる馬車の中で、私は今しがた読んでいた本をぱたりと閉じた。


『図解街ガイド セインブルク王都シーリャン』と書かれたそれはマクスター領の市場の書店で購入したものであり、セインブルクの建国の成り立ちから王都ができあがるまで、街の中の目玉スポットなども紹介してあった。


 手っ取り早くセインブルクの歴史や王都のことについて知りたかったため、店員に聞いてオススメされたものを購入したのだが、なかなかいい買い物だったかもしれない。


「砂漠と水のオアシス都市。水の都シーリャンかぁ。とっても楽しみね! ルツ!!」

『ボク、あんまり暑すぎるのも嫌だけど濡れるのも嫌なんだけどなぁ。美味しい焼き鳥があるなら別にいいけど』


 猫妖精(ケット・シー)であり、長毛種であるがゆえに暑さに弱いルツは氷を中に仕込んだ特製のクッションに寝そべり、私の横で尻尾を気だるげにパタパタと振った。


「確かこの本に香辛料をたっぷり塗って焼き上げた焼き鳥が人気って書かれてあったわ。ルツ、香辛料は別に嫌いじゃないのよね? とても人気らしいから食べて見る価値あるんじゃない?」


 そんな相棒の首元を軽く搔き撫でながら問いかけてみるとルツは尻尾をピンと上げて応えた。よくよく見るとヒゲがピクピクと動いている。

 この反応、どうやら気になるらしい。


「後で行ってみようかしら」

『そうだね』


 心做しか機嫌が良くなったように見えるルツを再び撫でつつ、私は窓へと意識を向けた。

 春の国ティナダリヤより幾分か熱を帯びた太陽は雲を吹き飛ばさんばかりに青い空に鎮座している。


 マクスター領を出て約五日。

 港から船に乗ってシーリャン入りするつもりだったが()()()()()()()()陸路を使うことになった私は未だ海を見ることができずにいた。


 窓から見えるのは広大な緑とそれに沿うようにして流れる河川、その遥か地平線に伸びる砂漠。それらを飾る青い空と水と緑のコントラストがどこまでも美しい。


 その景観の見事さに息を着くと、馬車の対面の座席から声がかけられた。


「――なかなかの見応えがある景色だろう? 海路から行くことももちろん可能ではあったが、私はまずこの景色を見てもらいたかったんだ」


 少し得意げにも感じる弾んだ調子。

 生まれ育った地に愛着と一種の誇りすら感じさせる響きは、それを納得させるほどの圧倒的な景観であった。


「……ええ、確かに」

「気に入ってもらえたようでよかった」


 窓から目を離し、対面の座席に視線をやると柔和な笑みを称えた左右異なる瞳の色を持つ、オッドアイの人物とぶつかった。

 彼――フィンは私の様子に満足気に頷く。


 にこやかな笑みを浮かべている彼であるが、丁重にシーリャン随行を断ろうとしたシャルルを押し切ってこの陸路を断行した犯人は誰であろう、目の前にいるこの人物。


 マクスター領では第三騎士団団長フィン・ルゼインと名乗った彼だが、その正体はこのセインブルク王国第二王子フィオン・シルクス・セインブルク殿下その人である。


「ここを抜ければ王都シーリャンに入るよ。シャルル嬢には是非シャン・ヴェルデ宮殿も見てもらいたい。ティナダリヤのオベウレム城とはまた違った趣と風情ある場所なんだ。水の都を象徴するに相応しい佇まいだからね」

「はあ、そうですか」

「それに陛下と妃殿下にも顔合わせしてもらいたいんだ。私の眼の報告も兼ねて。恩人たるシャルル嬢に父上と母上を紹介したい」

「は、えぇっ!? ご、御遠慮致しますっ。それは願い下げですっ! 第一、今の私は……!!」

「大丈夫。今は平民とのことだが、母上と父上はそんなことは気になさらないお方だ」

「いやだから、そういうことではなくて……!」

「ああそれと、シーリャンに滞在中についての宿の手配も既に済んでいる。ゆるりと建国祭を楽しんでいかれるといい」

「…………」


 駄目だ。逃げ場がない。完全に外堀を埋めに来ている。マクスター領で正体を明かしてからというものの、こんな感じでフィンに先手を打たれ、出る幕がない。


 王女としての身分を返上し、ただの平民となった私がフィンの本当の身分を知った以上、気安く接する訳にはいかないというのに。

 本当は「フィン」と呼ぶことすら許されないはずだが、何故か彼にずっとそう呼び続けるようにと言われている。


 確かに悪魔の一件もあるし、元からシーリャンには行くつもりでいた。しかしフィンとはマクスター領で別れるつもりだったのだ。

 けれどこの第二王子、割と押しが強い。


 何度も辞退すると告げたのだが、いつの間にやら旅行の手筈を整えられ、馬車に押し込まれ揺られること五日。ついにここまで来てしまった。


「あと二、三時間もあればシーリャンに着くだろうからしばらくはゆっくりしておくといい」

「……はい」


 相変わらずにこにこと笑顔を浮かべる第二王子殿下(フィン)にもう何も言う気すら起きず、私は素直に返事するだけに留めた。


 今ここで何を言ってもこの第二王子は全て丸め込んでしまうだろう。

 それはここ五日の旅程で嫌というほど思い知った。


 ――シーリャンに着いたら速攻で逃げよう……。


 最早それしか方法はない。

 今はとりあえず、逃げるための体力を補完しておくとしよう。


 そう思い、短くため息を着いた私は仮眠を取るために瞼を閉じた。




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