20 降臨
「我が行く手を阻むは闇。さりとて光はもたらされん。妖精女王が歩むは栄光の道。我が意のままにその道を照らし出せ!」
妖精眼を細め、妖精魔法を繰り出す。鍵言と共に降り注いだ光が、行く手を阻もうとしていた蔦を切り裂いた。
しかしすぐにまた新しい蔦がこちらを取り囲もうと這い出し、進むべき道を覆い隠してしまう。上を見上げればこちらも蔦が隙間なく生い茂り、私達の動きを封じようとしていた。
「これじゃあ埒が明かないわね……」
もともとアドリアナを連れて即座に転移し、フィンと合流をするつもりだったのに計画が狂ってしまった。転移しようとした瞬間に何者かに妨害され、フィンとの合流地点から大きく外れたこの場所に放り出されてしまったのだ。
しかも折悪く転移の瞬間にルツと引き離されてしまった。相棒のルーリッツは空間を操る能力を持つ稀有な妖精。空間を自在に操ることができる彼さえいればすぐに合流ポイントに戻ることも可能だったはずだ。
「どうやら敵は私とルツのことをよく知っているようね。そんな人、私は全く面識がないはずだけど」
『どうしましょう……。早くしないと彼が』
呪術を破ったことにより声を取り戻したアドリアナが不安そうな表情で肩を震わせる。今、正気を失った彼女の恋人である首なし騎士はフィンが足止めしてくれている。
しかし時間が無いのは確かだ。首なし騎士が完全に闇に堕ちれば、フィンに災いが降りかかる。あれだけ強固な呪いを喰らえばいくら彼でも無事ではすまない。
それだけでない。この地一帯に災いが降りかかり、最悪ここは死した大地となる。そうなれば二度と緑が蘇ることはなく、人が立ち入ることができない瘴気に汚染された呪われた地と化すだろう。
それだけ強力な呪いが首なし騎士の『首』に仕掛けられているのだ。
「大丈夫。絶対に間に合わせるわ」
――そうだ。こんなことで時間を取られている暇はない。
黒幕が誰であろうと、私の邪魔はさせない。
妖精眼を煌めかせ、私は新たな鍵言を繰り出す。ただしそれは先程の比ではない。妖精の言語を用いた古の魔法。
『――疾く、去れ』
たった二節の短い鍵言。
その言葉と共に妖精眼の力を全開にして睥睨すると行く手を阻んでいた蔦が怯み、静かに後退していく。それらはやがて砂のように崩れていき、霧散した。
「疲れるからあまり使いたくはなかったけど」
背に腹はかえられない。あの強力な呪術を解くためにも力は温存しておきたいところだけれど、間に合わなければ意味がない。
「さあ、今度こそ行きましょう。貴女の恋人が待っているわ――『来たれ、導き手』」
アドリアナの手を再度取り、今度は邪魔をされないよう妖精の言語を用いた短い鍵言を使い、私は再び転移した。
*
「いやぁ、思ったより手強いねこれは」
「殺しちゃ駄目ですよ」
「分かっているってば」
部下のシャンスと軽口を叩きながら再び剣を構えたフィンは、首なし騎士との戦闘をまだ続けていた。
無いはずの頭から呻きとも叫びともつかない野生的な声を上げて向かってくる魔物にフィンは見事に応戦していた。
あくまでフィンの役目は足止め。生かさず殺さずで全力で向かってくる相手と相対しなければならないというのは中々に難しいものだった。
しかも時間が経つ事に首なし騎士の力が増している気がする。理性が失われていると言うべきなのか、だんだん凶暴になっていくと同時に剣の圧力が増していくのだ。
「さすがに殺さずにっていうのは無理な気がしてきたなぁ……」
「一度押し負けましたもんね」
「シャンス、一言多いぞ」
「おっとこれは失礼しました」
横から茶々を入れてくる部下を睨みつけて首なし騎士が振るう剣を弾き返し牽制する。しかし威力を殺しきれず、左の頬に痛みが走った。思わず手で触れると、そこから血が垂れていた。
「完全に相殺しきれなくなってきたな。これはいよいよ不味いかもしれないね」
「よろしければ代わって差しあげましょうか? 団長」
「結構だよ。お前だって下手すると殺られるぞ」
「それはそれは。実に怖いですね。私はまだ死にたくないので、大人しくしていることにしましょう」
「お前それ本当に護衛が言うべき台詞だと思っているのか?」
「今はただの部下ですので」
「言ってくれるな……」
己の役目を放棄した部下を見て少しイラッとする。この部下は実力こそ騎士団でも随一なのだが、こういう飄々としたところが玉に瑕である。自分の方が上司だと言うのに。
「――っと!」
首なし騎士の斬撃を躱し、ひらりと着地する。その様子を見て首なし騎士が乗った銀色の馬が不服そうに鼻を鳴らした。普通の馬より遥かに大きい馬蹄を踏み鳴らし、突撃に備えている。その上で首なし騎士も呼応して剣を構えた。実に息のあった行動。
「よくできた主従だね」
自分達とは大違いである。そこで呑気に見物しているどっかの誰かさんにも少しは見習ってほしいものだ。
「と、そんな余裕はないか」
相手は次で終わらせる気だ。大技がくる。果たして自分は本気を出さずにいられるだろうか。
――やれるだけやってみるか。
すっとフィンの赤と青のオッドアイが細められる。集中と共にその瞳が輝きを増し、ふたつの瞳は朱金と青銀へと変わっていた。
『竜の眼』の力。セインブルクを建国した二匹の竜王からそれぞれ受け継いだ力は、シャルルの仲介によって契約を結んだ妖精、シアンとディズの補助によりフィンの完全制御下にあった。
炎と水。荒れ狂う相反する力を全開にし、首なし騎士の大技に備えるために剣を構えた。それとほぼ同時に銀馬が馬蹄を力強く鳴らして突進してきた。
二人と一匹が互いに交錯する、その刹那。
『ルクシオ!!』
天から舞い降りたその声が、二人と一匹の間に入った。銀色の髪を靡かせた少女が青い目から涙を流し、首なし騎士を抱きしめる。
その華奢な身は、騎士が持つ大剣に貫かれていた。
突き刺さった剣から少女のものと思われる鮮血が流れ落ちていく。それにも構わず、薄く光を放つ銀髪の少女は誰よりも愛する恋人を前にして、
『ルクシオ……本当にごめんなさい。貴方を一人にしてごめんなさい。助けることができなくてごめんなさい。でも、ずっと会いたかった……。私はどうしても貴方にもう一度、会いたかったの……。ずっと貴方を愛してるわ。これからもそれは変わらない。だから』
長年の思いの丈を、ぶつける。
『元の貴方に戻って!!』
その言葉と共に、少女が何かを掲げた。
掲げたそれは、男の首。失われていた首なし騎士の首だった。
それを少女は在るべき場所に戻す。首なし騎士にただ一つなかった首が戻った。
その瞬間、少女が――アドリアナが繋げた首から闇が溢れ出す。呪術が発動する条件は首なし騎士が首を取り戻した瞬間。それは同時に呪術を解くための千載一遇のチャンスだった。
失敗は許されない。チャンスは一度きり。
だからこそ、満を持してここで発動する。
「首なし騎士……いいえ、ルクシオ。貴方を支配する闇は私が解放する」
淡い菫色の髪を背に流し、妖精眼を全開にし、妖精を誰よりも愛する新しき妖精女王は宣言する。
『我は希う。全ての御霊は清らかなれ。全ての我が子は健やかなれ。常春の国の永遠の女王が希う。全ての災いは露と消えよ!!』
「――闇は、消え去れ!!」
そう叫んだ瞬間、辺りは光に包まれた。
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