19 一方団長は、
――同時刻、鉱山の奥地にて。
「ここで待っていればいいんだっけ?」
「そう聞いていますね」
フィン・ルゼインは部下のシャンスと共に鉱山の奥地のとある場所にいた。
シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤから協力を持ちかけられて一週間。彼女の要請に応じたフィンはシャルルの指示に従ってあちこち動き回っていた。
「全く、本当に人使いの荒いお姫様だね。こんな真夜中に私を出歩かせるなんて」
「その割には随分と楽しそうですね、団長」
「そう見えるかい?」
クスクスと声を漏らして笑うフィンに、シャンスは呆れた視線を向けた。
ティナダリヤの元第二王女だというシャルルからの協力の要請。断ることもできただろうに、遊び心溢れるこの上司は承諾してしまった。フィンの目的は分かっている。恐らく妖精女王の末裔で妖精眼という特殊な『眼』を持つシャルルの実力を知りたいのだ。
――またこの方の悪い癖が出たな。
フィンは昔からそうだった。気に入ったと言って子犬を拾ってきたり、街で見つけた子どもを使用人にしたりと、とにかく彼の興味を引いたものは全て手元に置きたがる。
彼が本格的に気に入ってしまえば、まず間違いなくシャルルは逃げることなどできないだろう。王女という身分を捨てるくらいだ。彼女には何か目的があるはず。
無事に今回の件が丸く収まってくれるといいのだが。
シャンスの胸の内など知らずに、フィンは茂みの傍から様子を窺っている。
「彼女の言う通りだ。来たね」
「はい」
茂みに隠れたフィンとシャンスの視線の先で、ソレは姿を現した。
空間がぐにゃりと歪み、そこから一頭の馬が現れる。闇夜に銀色のたてがみが揺れ、その馬に乗る同じ色の鎧を纏った騎士。
全身を鎧で覆い尽くしたその騎士には在るべきものがなかった。騎士には首から上がない。本来頭が在るべきそこには陽炎のように揺らめき、見るものを畏怖させる。
「首なし騎士が出現しました」
「ここまでは想定通りだね」
シャンスの言葉に頷いたフィンはおもむろに剣を抜く。
この後の行動は予めシャルルから指示されている。彼女から伝えられた計画は実にシンプルなものだったが、それだけに難易度もなかなかのものである。
「〝首なし騎士が出現したら、彼女が来るまでその場に引き止めておくこと。あくまで引き止めるだけで殺してはいけない。かといって必要以上に刺激をしないでほしい〟か……。無理言ってくれるね!」
全てはフィンの手腕にかかっている。そう言ってシャルルはとんでもない無理難題を押し付けてきた。
相手はマクスター領でも選りすぐりの騎士で構成された討伐隊を全滅に追いやった魔物だ。
いくらセインブルク王国屈指の精鋭である第三騎士団と言えども苦戦を強いられるだろうと覚悟してやってきたのにここに来て一気に難易度が上がった。
シャルルがフィンの実力を見込んだ上でのこの作戦。もちろん失敗は許されない。
「全くもって……最高だ!」
そう呟いて、フィンは地を蹴った。
一瞬にして音もなく首なし騎士に近づいたフィンは右手に握りしめた剣を高速で突き出す。
あくまで斬りはしない。相手には首がない。高速の突きで狙うは心臓。
しかし、首なし騎士はフィンの奇襲に対応して見せた。血塗れになった剣を掲げ、心臓へと迫っていたフィンの剣を受け止めてみせたのだ。
突然の不届き者に首なし騎士は無いはずの口から叫びを上げながらお返しとばかりに剣を振り返す。
それをひらりと交わし、フィンは一回転して着地する。
「へぇ、これを止めるのか」
さっきまでの飄々とした態度から一転、目を細めて獲物を見据えるフィンに、シャンスはあくまで釘を刺す。
「殺しちゃ駄目ですよ、団長。あくまで目的は足止めなんですから」
「分かっているさ。ちょっと試しただけだから」
「試しでいきなり急所を狙うのはどうなんですかね……」
「首がないなら心臓を狙うしかないだろう?」
「だから殺しちゃ駄目なんですってば」
「分かっているよ」
本当に分かっているのだろうか。無言ながらもそんな思いを隠しもしない腹心の部下の視線を浴びて、フィンは笑う。
「いくら私でも時と場合は弁えているよ。シャルル嬢には怒られたくないからね。適当に相手するとしよう」
狙いはあくまで足止め。討伐が目的ではない。
そのためにフィンは部下である騎士達はここを中心に円形で配置し、首なし騎士を包囲するような陣形を敷いている。
足止めだけならばフィンだけで十分。シャンスはあくまでフィンの護衛である。
何より王城に篭もることが多い身の上だ。久々の戦闘なのだからできるだけ長引かせた方が面白い。
「さぁ、シャルル嬢がここに到着するまでの短い間、せいぜい私を楽しませてくれよ? 首なしの騎士」
そう呟いて不敵に微笑んだフィンは、横にいるシャンスの呆れた視線を受けながら首なし騎士に再び剣を向けるのだった。
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