4 地味姫は挨拶する
私室でひとしきり喜んだ私はあの後すぐに我に返り、妖精魔法をかけ直して元の地味姫の姿に戻ると身辺整理を始めた。一週間後、この国を発つ。おそらくはもう二度と戻っては来ないかもしれない。
そう考えると感慨深くなり、せめて今までお世話になった人々には挨拶をしておこうと思う。
そんなわけで、私は王城の西の区画にある魔法の研究塔へ向かうことにした。
ティナダリヤ王国の王城、オベウレム城は大きく分けて二つの区画があり、それぞれ東の区画、西の区画と呼ばれている。
東の区画は主に騎士たちが在籍する騎士団がある。入団試験を受け、実力を認められたエリート達が集う騎士団は我が国の花形的役割もあり、非常に華やかな雰囲気だ。
しかし対照的に、私が住まう西の区画は全体的に物静かで、陰気臭い雰囲気である。
それもそのはず、西の区画は主に研究塔が立ち並び、学者や研究者達が集う区画。王国の発展のために日夜研究に励む彼らは、塔に閉じこもり、滅多に出てこない。
自ずとここは王城でも避けられる地帯となってしまった。
小さな頃からここで過ごしてきた私は人気の少ない中を堂々と歩き、やがて目的の場所へ辿り着く。そこは三階建ての小さな塔。私はいつものように上を見上げ、そこにいるであろう人に声をかける。
「お師匠様〜、いらっしゃいますかー?」
「おぉ、シャルル。よくきたねぇ」
二階の出窓部分。日差しが一番差し込むその場所で読書するのが日課らしい私の師匠、ノイン様が窓から顔をのぞかせた。
「入っていいですかー?」
「もちろん。入っておいで」
ノイン様の言葉に私はそそくさと塔の中に入る。
三階建ての建物の一階部分は倉庫になっていて乱雑に物が積まれている。
その間を縫うようにして螺旋階段を登ると、笑顔の男性が迎えてくれた。
「よく来たね、シャルル。さぁ座りなさい。お茶を
いつもと変わらない優しい師匠の微笑みに私も笑顔で「はい。ありがとうございます!」と返した。
師匠特製の茶葉を使った紅茶とお茶菓子を振る舞われながら、早速報告をすると、ノイン様は目を丸くして驚いた。
「そうか。この国を離れることにしたのか」
「ええ、王妃殿下にも許可を頂きました。お師匠様……ノイン様には今まで本当にお世話になりました」
長年の感謝の気持ちを込めて頭を下げると、彼はとんでもないと首を振る。
「ここで朽ちていくだけの老いぼれに一心に教えを乞い、成長されていくお姿を目にできたのはとても楽しゅうございましたよ。私はここから出ることはできませんが、貴女の新たな旅立ちに幸多からんことを祈っております。シャルル様」
改まってシャルル様と呼ばれると照れくさくなり、私は無言で紅茶を啜った。
西の区画で育った私は王族としての最低限の礼儀や作法を身につけるための勉強はしていたが、基本的に行動の自由を許されず、殆どの時間をここで過ごした。
物静かな研究塔が多く集まるここでは子どもが遊ぶための場所など滅多になく、代わりに数ある研究塔の中に忍び込んでは書架に積まれた本を読んでいた。
そんな時、私はノイン様に出会った。
ノイン様は元は優秀な魔法騎士だったらしく、近衛騎士をしていたらしい。それがある出来事で王の不興を買い、ここに左遷されたのだそうだ。
高い魔力を持つノイン様はティナダリヤ王国特有の魔法である妖精魔法にも長け、私は彼の元で魔法の使い方を学んだ。ノイン様は実に優しい方で色んな無茶や我儘に付き合って頂いた。
ノイン様繋がりでほかの人とも親しくなり、温かくて穏やかな西の区画の人達は私にとっては家族のような存在だった。
血縁上の繋がりのあるルルベル様やエルルカ達よりも、ここの人たちの方が私にとってはよっぽど身近な存在。王族として誰からも愛されることはなかったけれど、私はここの人達にいっぱい優しさを分けてもらった。
――お師匠様とみんなに囲まれて。私、確かに幸せだったなぁ。
「あぁでも、シャルルがいなくなると思うと、ここも少し寂しくなるね」
「そうですね。……そろそろほかの人たちにも挨拶して回りたいので、お暇させていただきますね」
名残惜しく立ち上がると、少しだけ寂しそうな表情をしたノイン様は、その後何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「そうだ、忘れていたよ。植物研究室の者がシャルルを探していたよ。今は温室にいるみたいだから、立ち寄ってみるといい」
「温室に……ですか?」
一体なんの用だろう。
疑問に思って、私は首を傾げた。
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