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17 協力

 夏の国の照りつける太陽が少し傾いた頃。

 私は滞在している宿屋でアフタヌーンティーの準備をしていた。


 宿屋の世話人に頼んでフィンから貰った茶葉を渡し、紅茶の準備をしてもらう。

 ついでに昨日竜の尾通り(リュード・テオル)で買って置いた果実を練り込んで焼いたというクッキーを出しておく。


「さてと、用意はこれくらいでいいかしら」

『そこまで大仰にしなくてもいいんじゃないの?』


 ベッドの脇に置かれたクッションに乗っかって丸くなったルツが問いかけてくる。

 大きく口を空けて欠伸をする姿を見ると、こちらに全く関心がないように見えたけれど、そうでもないらしい。


「お客様なんだからこれくらいはしておかないと」

『そうなの?』


 ふわあ、と一際大きく欠伸をしてルツは再び丸くなる。


「もうすぐいらっしゃるはずだから大人しくしててね、ルツ」


 そう呼びかけると、ルツは尻尾をこっちにヒラヒラと向けた。横着な返事の仕方ではあるが、了承してくれたらしい。


「全く……」


 丸くなって目を閉じたルツに呆れた視線を向けたところで、部屋の扉がコンコンとノックされる。

 来客が到着したようだ。


「はい。開いてますからそのままどうぞー!」


 軽く居住まいを正して椅子に座り、声をかけると扉がガチャリと開いた。


「やぁ、遅くなってすまない。仕事が予定より少し長引いてしまって……」

「いえ、構いません。突然お誘いしたのはこちらなのですから。もうすぐ紅茶も入りますから、座ってくださいな」

「ではそうさせてもらおうかな」


 にこやかな笑顔で椅子に座ったのは、特徴的な青と赤のオッドアイを持った人物。

 私が今回招いた客人はフィンだった。


 フィンが席に着いたのを見計らって立ち上がり、温めておいた紅茶のカップからお湯を捨て、ポットのお茶を注ぐ。

 彼から貰った極上の茶葉の香りが部屋中に広がり、なんとも気分が安らぐ。


「それで話というのはなんなのか聞いてもいいのかな?」

「はい、勿論です。そのためにお招きしたのですから」


 ティーカップをフィンと自分の前に置いて、着席する。紅茶を味わいたい気持ちもあったけれど、まずは本題からだ。


「鉱山に出現する魔物(モンスター)については勿論ご存知ですよね?」

「ああ、勿論。私はそのためにここに来たからね」


 やはり、領主の応援要請を受けてフィンがマクスター領にやってきたという推測は当たっていたらしい。


「領主様と再び討伐のための計画を立てているようですね。いつ討伐に向かわれるのですか?」

「鉱石の流通にも影響が出ているから領主からはなるべく早く討伐してくれと言われていてね。下準備がすんだら三日後には向かう予定でいるよ」


 三日後。思ったよりも早い。

 確かにマクスター領の経営のことを考えたら早期解決が望ましいだろう。

 けれどそれでは少し困るのだ。


「そうですか……」


 頬に手を当てて考え込む私に、フィンが鋭い視線を向けてくる。


「不思議だね。君は旅人のはずだろう? これはこの領地の問題で、君には無関係のはずだ。それなのに何故そんなことを気にするんだい?」


 フィンの問いに私は紅茶を一口飲んでから答える。


「そうですね。私はただの()()()()()です。でも、貴方こそ何故ただの薬師である私を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ニコリと笑った私にフィンが目を丸くする。

 気づかれないとでも思っていたのだろうか。しかし、フィンの眼を治してからずっと私には監視がついていた。


 真夜中に宿から抜け出す時も尾行されていたことまで知っている。だからわざと妖精魔法を使ってまでダミーを用意しておいたのだが、どうやらフィンの部下は優秀なようで引っかかってはくれなかったが。


「驚いたな。気づいていたのか」

「はい。前にも申し上げたと思いますが、私は少々特異な目を持っているもので。人より多くのものがよく()えるんですよ」


 妖精眼(グラムサイト)を発動して春色の眼でフィンを見据えると、彼は興味深そうにこちらを覗いてくる。


「そうか。どうやら君を見くびっていたようだ。勝手に監視していたことについては謝罪しよう。職業柄、得体のしれない相手には警戒しなければならないんだ」

「いいえ、構いませんよ。私でもそうしたと思いますから。けれど得体のしれない相手とは失礼ですね。私の能力の一端を見ているのだから、大方見当はついているのではありませんか?」


 鎌をかけると、フィンは苦笑して「気に障ったならすまない」と謝罪した。


「そうだな。この言い方は失礼だった。君は……いや貴女はティナダリヤの王族に連なる血筋の者ではないのか?」


 妖精を従え、自由に心通わせることができるのはティナダリヤの王族が妖精王オベロンと妖精女王(ティターニア)の末裔だからだ。

 妖精魔法を用いて加護を与え、フィンの眼を治したのならばまず間違いなく王族の血を継いでいると考えるべきだ。


 フィンの推測は正しい。

 私は椅子から再び立ち上がり、ティナダリヤ式のカーテシーを披露して、改めて名乗る。


「そうですね。私の本当の名前はシャルル・ロゼッタ・ティナダリヤと申します。今は王女の身分を返上した、ただの薬師ですがティナダリヤ王族の血を引いていることは確かです」

「王女……ではその眼は」

「はい。私はティナダリヤの第二王女でした。この眼は『妖精眼(グラムサイト)』といって妖精を自在に視ることができます」


 フィンは唖然とした顔で私の眼を見つめてくる。

 彼にとって自分以外で初めて見た『眼』に特殊な能力を持った人物だ。なにか思うことがあるのかもしれない。


「ここで今、捨てたとはいえ元王女の身分を明かしたのは貴方にお願いがあったからです。魔物(モンスター)の討伐については少しお時間を頂きたいのです。少なくとも一週間後、満月の夜まで()を討伐するのを待っていただきたいのです」


 ここでフィンが怪訝な顔をした。


「彼、とは?」

「あなた方が『魔物』と呼ぶ存在です。首なし騎士(デュラハン)となった彼は何者かによって呪いをかけられ、魂を歪められ妖精へと変えられてしまった人間です」

「なんだって!? あれが人間だと言うのか?」

「そうです。私の妖精眼(グラムサイト)は物事の本質を映し出す能力を持ちます。その私の眼を通して視た彼は確かに人間でした。彼は呪いをかけられた被害者です。だから魔物を討伐しただけでは意味がありません。大元の原因を絶たない限り」

「その大元の原因とはなんなんだ? なんでそんなことを……?」


 私は首を振った。そこまではまだ分かっていない。

 けれどこれだけは言えた。


「その何者かはセインブルクにとって良くないことを企んでいることは間違いありません。だから貴方の協力が必要なのです。私ならば妖精魔法で呪いを断つことができます。真の黒幕を炙り出すためにも、どうか協力して頂けませんか?」


 こちらを見つめてくる青と赤のオッドアイを真っ直ぐに見据えると、彼はしばし逡巡したようだった。

 私の言葉が信じられない気持ちもあるのだろう。しかし告げたことは全て事実。彼が私の提案を受け入れてくれるか。それは一種の賭けだった。


 しかし。


「……わかった。君を信じよう。協力するよ」


 フィンは長い長い沈黙の末、頷いたのだった。

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