14 首なし騎士(デュラハン)
念のため残酷な描写ありに設定しています。
「出られなくなった……ですか」
オルドフが今しがた告げた言葉を繰り返し、私は押し黙った。
そもそも妖精界とは文字通り妖精が住む世界であり、私たちの世界と常に隣り合わせにあるいわば次元の狭間のようなものである。そんな妖精界を意図的に遮断するなど誰でもできることではない。
それこそ妖精王オベロンのような強大な力を持つ存在でないと行えるはずがないのだ。鉱山に突如出現した魔物ごときが暴れた程度で妖精界の〝道〟が閉ざされるなどありえない。
であれば、なぜそのような事態になったのか。
――この事件、思ったより根が深いのかもしれないわ。
魔物が現れたことや、ここの〝道〟が閉ざされたことは無関係とは思えない。まず魔物は何者かが意図的に召喚したものと考えていいだろう。
この事件には確実に黒幕がいる。
と、そこまで考えたところでひとつ疑問が浮かんだ。
「この妖精界の〝道〟は閉じられているはずなのに、どうして私とルツは通れたのかしら?」
〝道〟が閉じられているのならば、私はここには入れないはずではないのか。
そんな私の疑問に答えたのはルツだった。
『ああ、それは多分妖精眼を持つシャルがいたからだよ。それこそ妖精界ごとここが封じられたのなら無理だったかもしれないけど、ただ閉じられた程度なら問題ない。妖精眼にはそれを打ち破れるだけの力があるからな。シャルは今後も自由に行き来できるはずだぞ』
「そ、そうなの……?」
前から思ってはいたけれど妖精眼って規格外すぎないかしら。フィンの竜王の眼もさることながら、強大な力は使い方を誤れば災厄を招く。なるべく自重しなくては。
そう固く決意し、私は話を続ける。
「まぁ私のことは置いといて。とりあえずオルドフさん達はこのまま〝道〟が閉ざされたままでは不便でしょう。ルツ、なんとかできない?」
そのまま後ろにいたルツを振り返ると、彼はいとも簡単に頷いた。
『できるよ。〝道〟を繋げるくらい』
「じゃあお願いできる?」
『仕方ないな。代わりに焼き鳥奢ってくれよ』
「わかったわ」
焼き鳥を買ってくることを約束すると、少年姿のルツはフワリと浮かび上がった。途端に金の鱗粉が宙を舞い、背中から薄く発光する蝶の羽が出現する。ルツは目を細めて金色の魔法陣を練り上げながら、指をパチンと鳴らした。
それと共に魔法陣が地面に溶けていき、地面が一度だけグラリと揺れた。
『はい、解除したよ。これでドワーフ達も行き来できるようになったはずだ。一応幻惑魔法で偽装しておいたから〝道〟を閉ざした犯人にはバレてないと思うよ』
「さっすがルツ! 言わなくてもきちんと対処してくれたのね。流石は優秀な猫妖精だわ!」
『当然だね』
どこか得意げに胸を張る少年姿のルツを拍手して褒め称える。実際これ以上ないほど頼もしく優秀な相棒である。
「おお、助かるぜ! これでグスタフ達に鉱石を届けることができるぞ。本当にありがとう!」
「いえ。お役に立ててよかったです」
興奮気味に告げたオルドフにニコリと笑顔を返す。実際に仕事をしたのはルツだけれど、折角なのでお礼は有難く受け取っておこう。
〝道〟が繋がったことに歓声を上げて喜ぶドワーフ達を見ていると、一緒になって喜んでいたオルドフが不意に真面目な顔を浮かべ、疑問を零した。
「でも妖精界を閉ざすなんて、何がしたかったんだろうな?」
「さぁ……。そこまでは私にも分かりませんね」
「まぁなんにせよ、これでまた鉱石を送れるようになったし、問題ないな! 本当に感謝する!」
そう言ってオルドフは一度頭を下げると、歓声の輪に戻っていく。私は目を細めてお酒を乾杯して飲み合い、楽しそうに宴を始めたドワーフ達の様子を眺めた。
――それをこれから確かめにいかないと。
そう呟いた私を、後ろからルツが静かに見つめていた。
♪♪
妖精界の〝道〟が再び繋がった記念に宴を始めたドワーフ達にまた来ると告げ、ご機嫌な彼らに見送られて鉱山の麓を後にし、さらにその奥へと進んでいた。
「それにしてもドワーフは本当にお酒好きだよね」
『そういう種族だしね。楽しそうならいいんじゃない?』
「そうね。それよりも……そろそろかしら?」
鉱山の麓から伸びる坑道へ入った。
一定間隔で置かれた松明以外は光源がない薄暗い道をひたすら突き進む。
真夜中なだけあってシンと静まり返った道は、どこか不気味にさえ感じる。
「ここにはいないみたいね」
『坑道は狭いし、単純に入れないんじゃない? 鉱山を縄張りにして暴れ回ってるって話だけど、ここは荒らされた形跡がないよ』
ルツの言葉に坑道を改めて見ると、確かに荒らされた形跡がない。狭い坑道では自ずと行動が制限される。小柄な魔物でもない限り入ることもないのだろう。念のため妖精眼で見回してもなんの反応もなかった。
「オルドフからはもう少し進めば出口があると聞いたわ。一旦坑道を出てみましょ」
『そうだね』
私の提案にルツが同意し、二人で坑道の出口を目指してまた歩く。そのままさらに歩き続けること数十分、オルドフの言う通り出口が見えてきた。
ついに松明が続いた道が途絶え、坑道から出た私とルツを出迎えたのは満天の星と、その中に浮かぶ大きな月だった。
「うわー綺麗」
『何呑気なことしてるのさ……』
星空を見上げて思わず呟いた私に呆れた視線を向けるルツ。
「だって綺麗なんだから仕方ないでしょう」
『はいはい。分かったから目的を果たしてからそういうことしてくれよな』
ルツはやれやれと首を振ってから先に歩き出した。置いていかれそうになった私は慌ててルツの後を付いていく。坑道を抜けた先は山道に繋がっていた。見上げれば緑の木々が生い茂り、風に乗ってカサカサと葉が揺れる。
ルツが先頭を歩く形で山道に沿って進む。すると、ぽつりと開けた空間に辿り着いた。先程まで生い茂った木々が続いていたのに、この空間だけ不自然に開けているのだ。伸びきった雑草は綺麗に刈り込まれ、色とりどりの花々が植えられている。
明らかに人の手が入っている。そんな場所だった。
そしてその空間の真ん中。花畑の中心に座すように、ふたつの石碑が建てられていた。
石を彫って作られた石碑はどちらにも丹念に装飾が施されており、名のある職人が作ったであろうことが伺えた。
月明かりの下で佇むふたつの石碑は、互いに寄り添う形で並んでおり、周りに咲いた花々がそれを祝福し、優しく見守っているような気がした。
というか、これはまるで――。
『誰かのお墓みたいだね』
私がまさに思ったことを、ルツが言葉に出した。
「やっぱり、そう見えるよね」
『むしろお墓にしか見えない』
何故こんな場所に、こんなものがあるのか。
遠目で墓を見やるルツを置いて、花を踏まないように気をつけながら石碑に近づいた私は腕を組んで考え込む。
仲良く並んだふたつの石碑に気を取られていた私は、後ろに突如差し込んだ影に気がつかなかった。
『――シャル!』
突如鋭い声が、私の名を呼ぶ。
声の方向へ目線をやる。いつになく焦った表情を浮かべたルツが、こちらを見ていた。
『早くそこから逃げろ!!』
緊迫した表情からただならぬ雰囲気を察した。が、すでに遅かった。
「あ……」
ゾクリと、身体が震えた。
いる。ただそう感じた。
振り返らなくても分かる。おぞましい気配が、まるで最初からソコに居たかのように、佇んでいる。
身体に緊張が走った。
あれほど注意しろと、ルツに言われていたのに。
気を緩めたつもりはなかった。けれど、ここまで接近されて気配に気づかないなんて。
恐る恐る振り返ると――距離にして僅か数歩程度の場所に、それは、居た。意識しないまま発動した妖精眼が、その姿を映し取る。
銀色に輝く毛並み。それに跨る私の二倍はあるだろうその体躯。
まず目に飛び込んでくるのは馬の姿。しなやかな筋肉を持つスラリと伸びた足と、力強く大地を駆ける馬蹄は通常の馬より遥かに大きい。
さらに目線を上げれば人間の姿。こちらも逞しく鍛え上げられた体躯に銀色の全身甲冑を纏い、右手に無骨な剣を掲げている。
その剣も甲冑も、血に塗れていた。
なにより、銀色の馬に跨った人間には、首から上がなかった。首が繋がっているべき部分が陽炎のように揺らめいているだけで、頭が存在しない。
「首なし騎士……」
限界まで見開いた春色の眼でかの姿を映し出した私は、呆然とそう呟いた。
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