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13 会いに行こう!

「夜に抜け出すなんて初めてだからちょっとワクワクするわ」

『シャル一応は()お姫様だったもんね』

「そうね、一応ね」


 ルツの言葉に苦笑しながら宿屋の窓を開ける。

 夜の風がフワリと舞い込み、髪をなびかせる。夏の国だけあって、日が落ちても暑さは昼と大層変わらない。

 日付が変わって夜も深まりを見せた頃、私とルツは宿屋を抜け出して鉱山の麓へ行くために行動を開始した。


「さて。こんな夜更けに私を訪ねる人なんていないと思うけど、万が一ってこともあるからね――この在りし身を映せロ・プレッラ・シエス・デレ


 妖精の言葉を唱えると、辺りに霧のような(もや)が発生し、次第に形を取り始める。しばらくぐにゃぐにゃと動き、紫の毛色の猫と、赤紫の髪をした少女の姿へと変わった。


 私の後ろで十五歳程の少年の姿に変わったルツは、ピンクの瞳でジロジロと出来上がった幻を見て、目を細めた。


『まぁ及第点だね。ノインに教えてもらった甲斐あって随分と幻惑魔法がうまくなったね』

「お師匠様のものとはまだ出来が程遠いけど、誤魔化す程度には役に立つはずよ」

『簡単な受け応え程度ならこなせるだろうね』


 私が使ったのは幻に実体を込める幻惑魔法の一種だ。

 霧から作られた幻想は人間を惑わし、妖精の正体を掴ませないための幻影となる。

 発生させた霧に実体を映し、そこに意志を込めるという分かりやすく言えば自分の分身を生み出す魔法である。


 なかなか高度な魔法である上に、魔力の消費も激しいのであまり多用はできないけれど、簡単な意志を宿しているので急な来訪者があっても対応できるだろう。


「さて、妖精界に通じる道から行けばすぐなんだっけ? 妖精界(あそこ)分かりづらいから迷子にならないようにしないと」

『そのための道案内に()()がいるんだろ。ほら、早く行くぞ』

「はーい、分かってます。案内よろしく!」

『相変わらず能天気だな……』


 少年姿のルツは呆れた視線をこちらに向けてから、窓枠に身を乗り出して、足をかけるとひらりと飛び降りる。そのままフワリと重力を感じさせない着地をすると、窓枠から下をのぞき込んだ私を見上げた。


『そのまま飛び降りて』

「分かった」


 元気よく返事した私は身を乗り出すと、ルツと同じようにひらりとそこから飛び降りた。


 ♪♪


「妖精界って不思議だよねー」

『人間の世界とは少し異なるからな。よそ見すんなよ』

「はーい」


 妖精界はいつ見ても不思議な場所だ。

 場所によって様々な世界が広がっている。グスタフの元を訪れるために使った道は入り組んでいたけれど、ここはひたすら平坦な道が続いている。


 遠くに海が見えて地平線が続いており、反対側には山が広がっている。ルツの案内で海を離れて山沿いの道を進むと岩山が姿を現した。

 さらにその中を進むこと数分、岩山の中にある大きな窪みの部分までくるとルツは足を止めた。


「ここ?」

『そうだな。ここからドワーフ達が住む鉱山の麓に繋がってる』


 何かを確かめるようにピンクの瞳をあちこちへ向けたルツは、最後に窪みを見上げてから頷いた。


『ここに立って』

「分かった」


 窪みの中は大きな空間になっていて、岩を削って穴を開けたような雰囲気だった。

 下を見ると床には魔法陣が描かれていて、ここからドワーフ達の住処へと移動できるようだ。


 ルツに促されるまま魔法陣の中に立ち、ルツがそれに続くと、床に描かれたそれがうっすらと輝いた。

 と思った次の瞬間、眩いばかりの光を放ち思わず目を瞑った。


『着いたよ』

「もう……?」


 一瞬の後ルツにそう声をかけられ、恐る恐る目を開けると。


「わあ……!」


 そこは岩山の中にある集落、といった印象だった。

 大きく開けた空間の中に、洞窟のような穴が空いていて、そこからひょっこりといっせいにドワーフ達が顔を出していた。


 グスタフの元にいるドワーフ達と違うのは生い茂った植物がないところと、随所に立派な建物があり、そのすぐ側では鉱石が山積みにされているところだろうか。


 興味津々でこちらを覗き込んでくるドワーフ達に聞こえるように私は声を張り上げる。


「こんばんは。グスタフに依頼されて来ました、私はシャルルと申します。オルドフさんはいらっしゃいませんか?」


 この言葉にザワザワとドワーフ達が騒ぎ出す。

 しばらくして、頭に頭巾を被ったドワーフが私の目の前に現れる。

 そのドワーフは、どこかグスタフに似た気難しい顔つきをしていた。


「オレがオルドフだ。てことは、アンタがティナダリヤの妖精女王(ティターニア)の末裔の姫さんかい?」

「はい。王女としての地位を捨てたので今は名乗っておりませんが、元々の名はシャルル・ロゼッタ・ティナダリヤと申します」

「ほぉ、アンタがあの噂の妖精眼(グラムサイト)を持つ姫さんだったのか。グスタフから話は聞いている。歓迎するぜ」


 オルドフの言葉に同意するように、洞窟からこちらを覗き込んでいたドワーフ達が声を上げる。中には口笛を吹いたりお酒を乾杯し合ったりしている者もいる。荒々しくも暖かい歓迎に、私は嬉しくなった。


 後ろにいたルツを紹介して互いの自己紹介もすんだところで、オルドフさんに連れられて、私達は大きな洞窟の横にある立派な建物のひとつに案内された。


 岩で作られたテーブルに着くと、オルドフよりもさらに小柄なドワーフ達がお茶を運んできてくれた。

 小さくお礼を言ってお茶を口に運ぶと、爽やかな香りが広がる。


「グスタフから依頼されて皆さんの様子を伺いに来たんですけど、意外にお元気に過ごされているようで安心しました」

「おう。俺たちは特に問題は無いんだ。ただ首なし騎士(デュラハン)が暴れたおかげでティナダリヤへと通じる〝道〟を壊されてしまってな。そのせいで鉱石を運び出すことができなくなっちまったんだ」

「妖精界の〝道〟を、ですか。なるほど。それは確かに困りましたね。では、港経由で運ぶという手段はどうでしょうか?」


 セインブルクとティナダリヤの間では交易船のやり取りがある。マクスター領とも取引をしていたはずだから港経由で運搬を頼めば、鉱石を届けることも可能なはずだ。


 そう思って提案したが、オルドフは難しい顔をして首を振った。


「オレもそう思って人間に頼もうと妖精界を出ようとしたんだ。だが、できなかったんだよ。首なし騎士(デュラハン)が暴れ回って〝道〟が壊れた反動か、詳しい理由は分からない。だがオレたちは()()()()()()()()()()()()()()()


 ――妖精界から出られなくなった。

 その驚くべき言葉に、私は目を見開いた。




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