12 魔物の正体
「うん、似合ってるわ! アタシの想像通りよ!!」
リリックさんは数分間私を見て満足気に頷き、後ろに回って背中まで伸びるセーラーの襟を綺麗にしてくれた。
「これで完璧よ。あとはアナタがこの服で街中を歩いてくれれば、抜群の宣伝になるわ!」
「はい、任せてください。ばっちり宣伝してきます!」
がっちりと固い握手をかわし、私とリリックさんは頷き合った。その間も部屋の隅でちょこんと行儀よくお座りした猫妖精が呆れた視線をずっとこちらに向けていたけれど、無視しておいた。
布地に仕込まれた収縮魔法のおかげで大きさはぴったり。おまけに軽くて触り心地もよく、ヒダの着いたスカートとセーラーの襟が動きに合わせてヒラヒラとなびくのも可愛い。
「そういえば、このフリルとレースを多用するデザインはティナダリヤのものよね?」
私が新しい洋服を見下ろしていると、リリックさんが先程まで着ていた私の服を指さして尋ねてくる。
「そうです。ティナダリヤでは淡い色の生地を使ってスカートをふんわりとさせて、フリルを贅沢に使ったものが好まれますからね」
春の国ティナダリヤでは色彩が淡いものを使ったドレスが好まれる。セインブルクのように身体を露出させて強調する作りのものは敬遠されがちだ。
「ということはアナタはティナダリヤから来たのよね。しかも見たところ一人で。差し支えなければ、理由を聞いてもいいかしら?」
リリックさんは興味津々といった様子で私を見つめる。確かに、女性の一人旅は珍しいだろう。その好奇心旺盛な問いかけに、私は素直にここに来た目的を明かすことにした。
「大丈夫ですよ。もともとの目的はセインブルクの氷炎舞祭を観に来たんですけど、ここに立ち寄ったのはドワーフからの依頼ですね」
「ああ、もしかして鉱山の麓に住んでる?」
「はい。ティナダリヤにいるドワーフ達が、ここの鉱山に住んでいるドワーフ達と鉱石の取引をしているらしいんですけど、最近それが途絶えてしまって。セインブルクに行くなら様子を見てきて欲しいと頼まれたんです」
「今あそこには魔物が出てくるから立ち入り禁止区域になっちゃって、鉱石が掘れないって鉱夫たちが嘆いてたわねぇ。鉱山の麓なら近づいても大丈夫だとは思うけど……」
その言葉に思わずぴくりと反応する。
これはなにか知っているかもしれない。聞いてみよう。
「その魔物についてご存知ですか?」
「ええ、知ってるわよ」
あっさりと頷くリリックさんに詳しい話を聞くと、その魔物の正体は首なし騎士なのだそうだ。
「首なし騎士……ですか」
「ええ、なんでも二週間前くらいに突然現れて、鉱山を縄張りにして暴れ回っているそうよ。鉱山からは出てこないんだけど、鉱石の流通に影響が出るからってマクスター領主が私兵を連れて討伐隊を組んだらしいんだけど、返り討ちにあったのよ。それで王家に援軍を要請したらしいわ」
そこで、ふとフィンのことが頭を過ぎった。
彼はセインブルク王国第三騎士団の団長だと言っていた。王国の騎士団が何故マクスター領に行くのかと疑問に思ったけれど、もしかしたらこれが理由だったのかもしれない。
「討伐隊も返り討ちですか。それはさぞ強い魔物なんでしょうね」
「ええ、だから今は誰も鉱山には出入りしていないのよ。麓なら多分大丈夫だとは思うけど、もしドワーフの元へ行くなら気をつけなさい」
「はい、そうします。元々様子を見に行くだけのつもりですので、鉱山には絶対近づかないようにします」
リリックさんの心配そうな声音に笑顔で返し、洋服のお礼を言って「また何かあったら寄ってね、いつでも待ってるわ!」というお見送りとともに、私は『リリィの服飾店』を後にした。
『――で、どうするのさ? っていうか何をするつもりなのさ?』
リリィの服飾店を後にしてから黙々と歩き続ける私に、肩に乗ったルツがふとそんな問いかけをしてきた。
私は相棒の問いにニコリと笑みを返す。
「勿論、鉱山の麓へ行くつもりよ? ドワーフ達の状況は気になるからね」
『それは分かってるよ。でも、それだけじゃないだろ』
ルツは分かってるんだぞ、という風にジトリとした視線をこちらに向けてくる。
さすが、優秀な猫妖精殿だ。やっぱり長年の相棒には隠し通せないようね。
「ええ。ついでに鉱山に立ち寄って、件の首なし騎士とやらを視に行ってくるわ」
『やっぱり……』
呆れてやれやれと首を振るルツ。
『あのヒトの話きちんと聞いてたの? さっき注意されたばっかりじゃないか。討伐隊を返り討ちにしたって。それだけ凶暴なんだよ。怪我人も出てるっていうのに。それでも行くの?』
「行くわよ」
変わらず「行く」と返事をする私に、ルツは肩に乗ったまま器用に溜息を着いた。止めても無駄だと判断したようだ。
昔から私は決めたことを簡単に止めたりしない。私はもう我慢しないと、諦めないともう決めたのだ。
「気になることがあるの。だからそれを確かめないと」
私の言葉にルツはまた一つ溜息を着いた後、ピンと尻尾を伸ばした。
『……分かった。でもボクもついて行くからな。決して無茶はしないこと』
その後もルツはいくつか条件を出してきた。
危ないと思ったらすぐ逃げること。近づく時は妖精魔法を必ず使うこと。絶対に真正面には立たないこと。
『あとボクは人間の姿になって行く。だから行くなら夜にすること』
「分かったわ、ありがとう。頼りにしてるからね、ルツ」
『……ふん。全くいつもシャルはボクに迷惑をかけるんだから』
憤慨しながらも、どこか嬉しそうに尻尾をパタパタと振る相棒を見て、私は静かに笑みを零した。
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