3 地味姫の目的
謁見の間での出来事を終え、王城にある自分の部屋に戻りながら、私は内心の喜びを抑えることができなかった。
――駄目。まだ駄目よ、私。せめて自分の部屋に帰るまでは待つのよ。
小躍りしたくなる心地で、誰も近寄りたがらない区画をスキップしながら進んだ私は、自分の部屋に入るなり、魔力を使って防音結界を構築。
部屋中に結界が張り巡らされるのを待ってから、ベッドにダイブするなり叫んだ。
「んーーーー! ようやく解放よー!! お役御免。王族から解放されるわー!! こんな嬉しいことある? 最高すぎない!?」
足をじたばたさせて右にぐるぐる、左にぐるぐる。
大はしゃぎでベッドを転げ回り、ひたすら喜びを爆発させたところで、呆れたような声が聞こえた。
『――全く。ボクがお昼寝してたのに、何その喜びよう。うるさくて寝られやしない。一体なにがあったのさ、シャル』
沢山の音を束ねて空気を震わせたような不思議な声。
ベッドの横にあるバスケットを見ると、クッションを敷いた中にぴょこりと耳を立てて、ゆらゆらと尻尾を揺らす猫がこちらを見つめていた。
艶やかな紫の毛並みと薄いピンク色の瞳を持つこの猫は、相棒である
日課であるお昼寝を邪魔されて不機嫌さ丸出しのルツに私は飛びつく勢いで話を始める。
「ルツ! 聞いて頂戴。私この王国を出られることになったの!」
ぴょんぴょんと飛び上がりながら報告すると、ルツは大層どうでもいいというように大きな欠伸をした。
『へぇ、そうなんだ。よかったじゃない』
「ええ、ようやく自由に生きられるのよ!」
『そりゃぁラッキーだったねぇ……すやぁ』
むにゃむにゃとお昼寝を始めたルツを
――そう、ようやくよ。ようやく私は、自分の好きなように生きられる。
ティナダリヤ王国の第二王女として生まれ、その出自から蔑まれ、疎まれ続けた日々。
元は平民の下働きであった母から生まれた私は、『王家の面汚し』と呼ばれ、王城において味方など存在しなかった。
母とまともに手入れのされていない王城の西の区画に追いやられ、粗末な食事と衣服で育った。
側仕えは役目を果たさず、嫌がらせをされる日々。
心休まる時間など、まるでなかった。
「自分を偽りなさい。隠しなさい。あなたの正体は絶対に王家に知られてはならない。隠し通すの」
それが母シルヴィアの言いつけだった。
自分を偽り、地味に過ごしなさい。そう口酸っぱく言い続けた母は、長年の心労がたたり帰らぬ人となってしまった。
母はとても美しい人だった。それこそ美貌で知られるティナダリヤ王族にも引けを取らないくらい。
けれどその美貌が災いしたとも言えた。そのせいで国王に見初められ、見出され、私を産んでしまったのだから。
母の死後、私はその言いつけを守り続けた。
目立たぬように、地味にひっそりと生き続けた。成績も人並み。魔力も人並み。何事も平凡が一番。
波風立てず、誰の目にも止まらないように生きる。それが私の生きるための
「だけど、もうその必要もなくなった」
アルバートとの婚約を破棄し、これからどう生きるかを考えた上で、わたしはかねてより考えていたことを実行しようと思った。
それは、この国を出ていくこと。
この国にとって、私は厄介者だ。平民だった母から産まれた第二王女。王族の血を受け継いでいるとはいえ、この国における
王女としての利用価値があるとすれば政略結婚ぐらいだったが、その婚約すら破棄してしまった。
ならばいっその事王女の身分を捨て、国を出た方が何かと都合がいい。
王妃殿下が私を疎ましく思われているのは明白だし、そんな居心地の悪すぎる国に私がいつまでも居座る道理はない。
そんなこんなで謁見の間で王妃殿下に進言すれば、その願いは承認された。これで私は自由の身だ。
煩わしいしがらみから解放され、自分の望むとおりに生きていける。
「自分を偽る必要も、
なんと素晴らしいことだろう。
自分を隠さなくていいのだ。それだけで全てが明るくなったような、道が開けたような気がする。
今までにないほど感情が昂り――それによってかけていた妖精魔法が解ける。
鉄錆色の髪は淡い菫色の髪へ。
切れ長のアーモンド型の瞳に浮かぶのは、春にのみ咲くという可憐な花びらを思わせる春色。
いかにも平凡な顔立ちという印象だった容貌は、目鼻立ちのハッキリとしたものへと。
「これからは、もう我慢しない」
正体を隠した『地味姫』は、もう終わりだ――。
面白いと思ったら評価頂ければ幸いです