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8 竜の尾通り

 セインブルクの王都シーリャンに次ぐ第二の都と言われるマクスター領。

 セインブルクを流れるふたつの大河のうちのひとつ、セラーヌ河が流れるデラゾ山脈は鉱山地帯として有名であり、この地から掘り出された鉱石はどれも質がよく、一級品として高値で取引される。


 マクスター領の水と緑に囲まれた肥沃な大地は農耕にも適しており、南国の温かな日差しを浴び、大地の栄養をたっぷりと吸い上げて育った果実はティナダリヤでも人気がある。


 豊かな自然と資源に恵まれたこの地にはいつしか人が集まり、港や商店などが立ち並び、街として発展していった。そんなこの地では今日も絶えぬ賑わいを見せている。


 そんなマクスター領の商店街の南に位置する通称『竜の尾通り(リュードテオル)』の一角で、私はルツと共に南国の果実に舌鼓を打っていた。


「んー! これ、ティナダリヤでは飲んだことがないけれど甘酸っぱくて美味しいわ!」

『うん。なかなか美味しいね』


 アルンという赤い皮に白い実を持つ、独特の甘酸っぱさを持つ果実を潰して汁を絞ったらしいジュースという飲み物。搾りたての新鮮な果実の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、隠し味だという少しだけ加えられた酸味の強い果実の汁が、後味をスッキリとさせる。


 私はさきほど目の前で店主が作ってくれたジュースを飲み干しながら、色鮮やかな宝石のように並んだ南国の果実を眺めた。

 色とりどりの果実はそのどれもが大きく丸々としていて、中まで実がたっぷり詰まっていることが分かる。


「やっぱり南国なだけあって、色鮮やかな果物たちね」

あっち(ティナダリヤ)にも果物は勿論あるけれどここまで甘さが強いものはないからね』

「これぞ異国って感じよね!」


 春の息吹を司るかの妖精の国では植物の育成が盛んなのでもちろん果物も存在する。しかしティナダリヤの民はどちらかと言えば果物はケーキやパンに添える程度で、このように果実そのものの味を活かす料理はなかった。


 年中照りつける太陽と熱帯の気候から常夏(とこなつ)と呼ばれるセインブルクならではの味わい方と言える。


 そしてここ『竜の尾通り(リュードテオル)』は別名『食の道』とも呼ばれ、セインブルク特有の食材を扱う商店や屋台が立ち並び、余すことなく南国の食べ物を味わうことができるのだ。


「あー美味しかった。次いきましょう!」

『はいはい』


 ――調査の前に腹ごしらえをと思って立ち寄ったけれど、せっかくだし色々見てみたいわ。


 ジュースを飲み干した私は店主にお礼を言ってその場を後にして、立ち並ぶ商店に目を向けた。次に立ち寄ったのは濃い料理を好むセインブルクの風土らしく香辛料を使ったピリ辛な焼き鳥や揚げ物を扱うお店。


「これも美味しい!」

『ちょっとシャル、食べ過ぎじゃない?』


 気になったお店に立ち寄っては買い食いをする私に、ルツは呆れ気味の視線を向けるが全く気にしない。

 食べ物が美味しすぎるのだ。私はそれを美味しく頂いているだけだ。何も悪いことはない。


 そうやって周囲の様子を気にせず食べまくっていた私だったが、ふと視線を感じるのに気づいて立ち止まる。

 道行く人の視線がこちらに向いたような気がしたのだ。


「ん?」


 思わず立ち止まって、辺りを見回す。するとちょうど対面から歩いてきていた青年と目がバッチリ合ってしまった。慌てて目を逸らし、今度は恐る恐る視線を動かす。


 流石にじっと凝視してくるような者はいない。

 けれど、通りすがる人の全てが一度はこちらを振り返るのだ。


「うーん……? なんか目立つようなことしたっけ?」


 首を傾げる私に、しばらく様子を窺っていたルツはふと地面から私を見上げてぽつりと呟いた。


『……というより、シャルの格好のせいじゃない?』

「え?」


 言われて自分の格好を見下ろす。

 幻惑の魔法をかけていないためにケープで髪と顔を隠し、リボンとレースが所々にあしらわれた膝丈程のドレスに編み上げのブーツ。


 ティナダリヤでは一般的な出で立ちであり、置いてきた鞄にも似たような服が入っている。辛うじて持っていたドレスは持っていても仕方ないからと全て換金した。


 スカートを持ち上げてヒラヒラと振ってみる。

 別におかしくはないと思うのだけれど。


「この格好、何かおかしい?」

『周りから見たら結構浮いてるよ?』


 ルツがつい、と尻尾を持ち上げる。

 そういえば道行く人々は肌を露出した格好が多い気がする。しかし私はといえば頭のケープから足のブーツまでしっかり覆われている。


 そこでようやく納得した。


「なるほど」


 セインブルクは永遠(とわ)の夏の国。分かりやすく言えば年中暑い。よって服も自然と薄着になる。

 そんな中で頭から足まで完全防備で歩いてる人間がいたら物珍しさに見てしまうのは至極当然であろう。


「冷却の魔法を使っていたから気にしなかったけれど周りから見れば私は()()()()()格好をしていたわけね」

『そういうこと』

「よし、そうと決まれば服を買わなきゃ!」


 鞄には似たようなドレスしか入っていない。しかし今後の調査もあるし、ここで悪目立ちするのはできるだけ避けたい。ならば服を買えばいいだけのことだ。


「確か西の『竜の背通り(リュードヴァヌス)』辺りに服飾品のお店が集中していると聞いたわ。早速行ってみましょう」

『わかった』


 こうして買い食いが一段落した私は服を買うために西の通りを目指して歩き出した。

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