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6 シアンとディズ 後編

『――おいで、可愛い子たちル・ジェウラ・アリュシーネその可憐な姿(ロ・ペディーラ)を見せて(・ディッセ)


 ティナダリヤに古くから伝わる妖精語を起因として、私の妖精眼(グラムサイト)が映し出したモノが具現化する。

 火の妖精(サラマンダー)水の妖精(ウンディーネ)。馬車に乗った時からこっそり着いてきてもらっていた妖精たちの姿が現れた途端、フィンは紫の目を見開いた。


 妖精に縁のないフィンにとって、〝彼ら〟はさぞかし得体のしれない存在に見えるのだろう。

 口をあんぐりと開けて固まってしまった彼を他所に、()()()()()登場した妖精たちは呑気に彼の周りを飛び回って喜んでいる。


『ヤット気ヅイテクレタ!』

『ドッキリ成功!』


 悪戯が何より大好きな妖精らしいいかにもな反応に私は苦笑しながら「そのくらいにしてあげて」と一応釘を刺す。未だに固まったままのフィンに再度目を向けた。


「さて。私はティナダリヤの出身でして、そこでお師匠様から薬師としての技術を学んだのですが、お師匠様は古い妖精魔法にも詳しく、様々なことを学ばせて頂きました。その妖精魔法にはいくつか種類があるのですが、その中に『契約魔法』というものがあります」


 妖精魔法は大きくわけて二つの分類がある。

 そのひとつが『契約魔法』と呼ばれる、その名の通り契約を結ぶ魔法だ。

 とある対象と対象を、契約によって相互作用させる魔法で、妖精の加護や祝福などがこの魔法に分類されている。


「この『契約魔法』で〝彼ら〟と契約を結べば、フィンの眼は完全制御できるようになると思います」

「それは本当なのかっ!?」


 私の言葉にフィンが反応した。

 立ち上がるとグッとテーブルから身を乗り出して、私に顔を近づけてくる。突然のことに呆気に取られた私は、不意に極上の美貌を眼前にしてしまった。

 目の前に迫る麗しい顔と、紫の双眸と、至近距離で目が合う。


 アルバートやお師匠様以外の異性とろくに関わったことがなく、またそういったことに免疫のない私には目の毒すぎる。思わず頬を赤らめてしまい、その事に我に返ってバッと袖で顔を隠した。


「えーと……取り敢えず落ち着いてくださいませんか」


 動揺を悟られないように努めて冷静な声を出しつつ、物凄い勢いで脈打つ心臓にひたすら静まれと念じる。


「あ、ああ。すまない」

 

 さすがに状況の不味さを悟ってくれたらしいフィンが行儀よくソファに座り直したのを見てほっと息を吐く。

 あの顔は至近距離で見つめてはいけないわ。心臓に良くないもの。


「ここにいるのは火の妖精(サラマンダー)水の妖精(ウンディーネ)……水と火を司る高位妖精です。自然が力を持ち具現化したと言われる妖精ならば、貴方の強力な眼の力を制御するための力となってくれるはずです。これは元々貴方という存在に惹かれていた彼らの願いでもあります」


 妖精は基本、気分屋だ。

 悪戯が大好きだし、なんにでも興味を持ち、好奇心旺盛。各々が性質の気の向くままに生きている。

 しかしそんな彼らは総じて力あるものを気に入り、加護や祝福を授けたがる。


 それは好奇心旺盛な彼らの興味を引いた存在でもあるからだ。そのために加護や祝福を授け、その者を時には守護し、時には見守る。


「貴方の力は自身では完全に制御できない。ならば、それを補えばいいんです。何も封印で縛ることはありません。それは貴方が竜王から得た立派な『力』なのですから。そのために〝彼ら〟は貴方の元に来てくれたのですから」


 炎竜と水竜の竜王の眼を受け継ぐ彼の元に水と火の扱いに長けた高位妖精が集ったのは偶然ではない。

 彼らは助けとなるべくしてフィンの前に現れた。


 フィンの持つ強大な力。水と炎の竜王の力に惹かれて、彼らはフィンの元に来たのだ。彼の力となるために。

 人間の善き隣人である、妖精として。


「貴方が望めば彼らは力となってくれます。貴方の荒ぶる眼の力を鎮め、本来のものへと戻してくれるでしょう。どうしますか?」


 その言葉にフィンは視線を宙に向ける。

 彼の目の前に浮かんでいるのは彼に惹かれてずっと傍にいた小さな隣人。


『私たち、フィン助けたイ!』

『ダメ?』


 不安げに見つめてくる妖精たちを交互に見て、フィンが柔らかな笑みを浮かべた。


「あぁ、頼む。私の力になってくれ」



 ♪♪



「それでは、始めますね」


 こほん、と咳払いをして告げればフィンから「頼む」と返ってきた。


「では、『契約魔法』を、仲介させていただきます」


 通常、契約魔法は結ぶ当人同士が行うものだが、フィンは妖精魔法を使えないため私が媒介する形で行うことになった。


『契約魔法』の手順は簡単だ。

 当人同士が向き合い、契約の証として対価となるものを差し出す。通例ならば妖精に魔力を渡したり、名前を付けたりして契約を交わすものだ。


 契約魔法には互いの関係を条件提示する必要があり、相互作用、加護、祝福、従属、隷属といくつかの種類があるが、下に行くほど扱いが酷くなる。

 その中でも従属や隷属は、かつてティナダリヤの民が妖精を縛り、使役するのに使った魔法でもある。


 ――今は考えないでおきましょう。ノイン様が新たな国王となった今、かつてのような過ちは起きないはずなのだから。


 首を振って思考を切り替えると、契約魔法を行使するために必要な鍵言を唱える。


「……ここに新しき契約を望むものがいる。妖精王オベロンの御名の元、古のしきたりに則り、彼らの契約を執り行う」


 その言葉を終えると共に、フィンと妖精たちの間に金色の魔法陣が生まれ、妖精王オベロンの鱗粉に似た淡い金の光が彼らを包み込んだ。


彼らは新しき(ロ・クラーツェ)枝葉(・リーファ)若き新木(ソ・テュアレ)となりて(・ネーヴェ・)、永久の春の恩恵を(ルーァ・ティナダリヤ)得るだろう(・オリュセイン)新しき枝に(ニール・エヴン)祝福を(・ディアス)新しき葉に(ニール・リファ)加護を(・アグラ)


 妖精魔法が行使され、金の光がぐるぐると回る。

 古い妖精語で最後の鍵言を唱えると光はパッと飛び散って消えてしまった。

 あとは互いに条件提示をして対価を差し出すだけだ。


「さて、条件は『枝葉の加護(リーファ・ラフ)』でいいとして、フィンの対価は……妖精たちに名前をつけてあげてください」

「名前を?」

「はい。彼らはただの妖精ですから、存在を固定させるための名前が必要なんです。貴方に加護を授ける為にも親しみを込めてつけてあげてください」


『名前つけテ!』

『名前ホシイ!』


 口々に声を上げる妖精を見下ろし、フィンは思案げに顔を俯く。しばらくウンウンと唸り、やがて顔を上げた彼はポツリと呟いた。


「シアンとディズ、でどうだろうか。水の妖精(ウンディーネ)がシアン、火の妖精(サラマンダー)がディズだ」


『シアン! いい名前なノ!』

『ディズ、キニイッタ!』


 その瞬間彼らを取り巻く魔法陣が一層強い輝きを放って、消える。

 その瞬間、フィンが両眼を抑えて蹲った。


「ぐっ!!」

「大丈夫ですか!?」


 驚いてすぐさま彼に駆け寄る。

 契約魔法が無事に滞りなく終了したはずなのにまさか副作用でもあったのか。

 両眼を押さえて低く(うめ)くフィン。懸命に耐えている姿と、額に浮かんだ汗から激痛を伴っているらしい。


 どうしよう、何かミスした? けれど魔法の行使は完璧だったはずなのに、何故。


 焦ってぐるぐると思考を繰り返す私の肩を、チョンチョンとルツが前足で叩いた。釣られて顔を上げた私を見て、今度は尻尾をフィンの方に向けた。


『大丈夫だよシャル、彼の眼をよく見てみなよ』

「え……?」


 ルツに言われるままにフィンの顔をのぞき込む。

 すると、彼の紫の双眸が変化していた。

 人工的な輝きが失せ、紫だった色が分離しつつある。

 それらはやがてふたつの色となり、それぞれの瞳に戻った。


 青銀と朱金。青と赤のふたつの輝きを持つオッドアイへと変貌した彼の瞳は、一切の違和感も畏怖も感じない、ごく普通の眼に戻っていた。

 妖精の加護を得て、竜王の眼を完全に制御できるようになったのだ。


 このふたつの異なる目の色こそが、何よりの成功の証だった。

 眼の力の完全分離を終え、痛みが無くなったらしいフィンが立ち上がり、ぱちくりと瞬きをする。


「あんなに抑え込むのに大変だった力が、完全に収まっている。いつも荒ぶっていたのに、完全制御できるようになると、こんなにも静かなんだな。いつになく爽快な気分だ。本当になんと礼を言ったらいいのか……。ありがとう」


 そう言って照れくさそうに笑う彼は、憑き物が落ちたような、実に晴れやかな表情をしていた。



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