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4 違和感

更新再開します。

だいたい三~五日に一回のペースでの更新になると思います。


 馬車から出てきた青年。

 華やかな美貌に優しい笑みを湛えてこちらを見つめてくる彼に、私は思わず固まってしまった。


 それは目の前の青年の美貌に見惚れたからではない。

 青年は相変わらずこちらに笑みを向けてくる。彼からは敵意などは一切感じない。銀髪は綺麗に整えられ、日に当てられた肌は白く、身を包む騎士服がよく似合っている。

 一見すると、物腰の柔らかい人が良さそうな青年だ。


 しかし私は目の前の彼に違和感を感じていた。

 なんと言えばいいのか分からない。()()()()()()()()()()()()()()、そんな感覚。

 優しそうな見た目とは裏腹に、影で渦巻く圧倒的な力を感じるのだ。畏怖すら感じさせる、そんな強大な力を彼は持っている。


 まるで布のほつれを探すような小さな違和感。普通には感じ取れない。妖精たちのことがなかったら私も気づかなかっただろう。


 ――なるほど。高位妖精である火の妖精(サラマンダー)水の妖精(ウンディーネ)が魅入られるワケね。

 こんな強い力の持ち主、なかなかいないわ。


 内心で納得し、私は警戒して力の入ってしまった腕をさすり、再び目の前の青年に視線を戻す。


「ありがとうございます。それでは失礼させて頂きますね」


 一礼して馬へ向き直り、こちらも必要な処置を施してゆく。馬は妖精たちが威圧を解いたあともまだ微かに震えており、萎縮しているようだった。


 よかった、怪我などはしてないわね。でも妖精たちの威圧によって相当な負荷(ストレス)を受けたはず。

 街に着いたら暫くは安静にさせていた方がいいだろう。


 よく頑張ったわね。もう大丈夫。

 励ましの意を込めて馬の背を撫でて、すばやく処置を完了する。


「こちらも大丈夫です。街に着いたら上質な草をあげてよく休ませて上げて下さい」

「ああ良かった。そうするよ、本当に助かった」


 顔を上げて青年に報告すると、彼は安堵の表情で頷いた。「よく頑張ったね」と声をかけ、処置の終わった馬の背を労って撫でている姿は見た目通りの優しい印象だ。

 けれどあの違和感は依然として消えなかった。


 一体どういうことなのだろう?

 首を捻りつつしばらく観察して、ようやく違和感の原因に気づいた。


 異様な力を放っているのは彼が優しげに細めている、紫水晶(アメジスト)の双眸だった。

 見るものを魅了せずにはいられない紫の眼。しかし、そのあまりにも綺麗な眼が、明らかに常人とは違う存在感を強調している。


「あの……突然不躾(ぶしつけ)で失礼かもしれませんが、貴方のその目は何か病でも患っているのですか?」


 違和感の正体をどうしても知りたくて、思い切って突っ込んでみた。

 私としてはさりげなく尋ねてみた、つもりだった。


 ――その途端、青年の雰囲気が変わった。


「……どうして、そう思ったんだ?」


 ほんの一瞬の変化。鋭い視線をこちらに向けたあと、彼は何事もなかったかのように元通りの柔和な笑みを浮かべ、私へ問いかけてくる。あくまで表向きは何も変わっていない。


 しかしこれまでの穏やかな雰囲気は一変し、こちらへ警戒心を向ける彼の姿に戸惑い、私はどう返答すべきか迷った。


「その……貴方の目から異質な力を感じました。恐ろしいぐらいの強大な力を。……貴方のその紫の眼は()()()()()()()()()()?」

「……!!」


 迷った末に正直に応えると、目の前の青年が驚いたように目を見張った。私の後ろでもシャンスさんが信じられないと言った面持ちで息を呑む気配がする。


 その場は沈黙に包まれ、なんとも言えない空気が漂い始めた。騎士の誰もが真ん中に立つ青年へと目を向け、返答を見守る。あまりにも重くなった空気に、突っ込まなければ良かったと後悔し始めた時、彼が重く閉ざしていた口を開いた。


「……確かに、この目は本物ではない」

「フィン様、それは……!」

「いいんだ」


 シャンスさんの咎める声に、彼が首を振る。その動作を見て、シャンスさんは口を閉ざして後ろへ一歩引いた。

 青年は私の方へ近づいてくると、手を差し出す。どうやら握手を求められているらしい。


「この目に気づかれたのは初めてだよ。改めて君の名を聞きたい」


 名前を聞かれて少し困った。

 王女としての名前を名乗る訳にもいかないし……。

 適当に本名をもじってみよう。そう思って頭に浮かんだ名前をそのまま答える。


「シャル・ロゼルタと申します。あの、貴方のことはなんとお呼びすればよろしいのでしょうか」


 差し出された手を取って尋ねると、青年が一瞬キョトンとした顔をして、破顔した。


「そう言えば馬を救ってくれた恩人に挨拶をしていなかったね。私はフィン・ルゼイン。セインブルク王国第三騎士団の団長だ。よろしく頼む」

「ルゼイン様、ですね」

「様はいらないよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ。是非フィンと呼んでくれ」

「では、フィンさんとお呼びさせていただきます」

「ああ、そうしてくれ」


 こうして私は彼――フィンと握手を交わした。


「さて、私の目について気になることは色々あるだろう。けれど先に馬を休ませたいし、君へのお礼もしたい。という訳で詳しいことは(マクスター)に着いてからでもかまわないかい? その間、よければ馬車に乗っていくといい」


 フィンからの思いがけない提案。

 小一時間ほどずっと歩き通しで疲れていた私は、この有り難い申し出に乗ることにした。


「ありがとうございます。ではそうさせてもらいますね」


 豪奢な馬車に乗り込み、窓からの景色を眺める。しばらくして見えてきたグスタフの父が作ったというオルク様式の橋を渡り終えて――。


 いよいよ私はマクスター領へと足を踏み入れた。

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