3 魅了する者
空中に浮かぶ妖精たちは私の妖精眼を見てこちらの正体を悟ったらしい。疑問を口にして戸惑う妖精たちの問いかけをひとまず無視して、目下の問題を片付けることにする。
『まずその威圧を解いてくれないかしら。馬たちに負荷がかかって怯えているわ』
私の言葉に妖精たちは小さく嘶き、震える馬たちを見てコクリと頷いた。
『分カッタ!』
『はイ!』
火の妖精と水の妖精はそれぞれに応じ、馬への威圧を止めた。
その途端に怯えていた馬の震えが止まり、泡を吹いて倒れていた馬も目を覚ました。よろよろとしながらも四肢をふんばって立ち上がった馬に近寄って容態を確認すると、呼吸も安定していて特に問題はなさそうだった。
素早く必要な処置を施したあと、後ろで心配そうにこちらの様子を窺っていたシャンスさんを呼んだ。
「とりあえずはこれで大丈夫でしょう。馬たちはしばらく休ませてあげてください。極度の緊張状態に晒されてストレスが溜まってるはずですから」
「分かった。街に着いたらすぐに休ませよう」
ついでに道の端に置いていた鞄を開けて、何種類かの薬草を選別して調合し、瓶に入れて渡す。
「水と一緒にこれも与えてください。少しは回復が早まるはずです」
「こんなものまで……本当にありがとう。街に着いたら是非礼をさせてもらわねば」
「いえ、これも薬師としての仕事ですから。それと、馬車の馬も診させて頂いてよろしいですか?」
「ああ、頼む」
一応シャンスさんの許可を得てから馬車の方へと歩き出す。許可しながらも、彼がこちらに鋭い視線を向けていることを確認し、馬車の手前で立ち止まった。
白く塗られた一見なんの変哲もない馬車。しかし細部まで造りがしっかりしているし、よくよく見れば材質も高級なものばかりが使われている。
こんな精鋭の騎士を連れているのだ、中に入っている人物は高位貴族と見て間違いないだろう。
ティナダリヤで王女であった時ならまだしも、王族の身分を捨て、流浪の薬師でしかない私は平民。この馬車の中にいる人物とは本来なら話すことも許されないはずである。
しかしそうも言ってられない。考えを振り払うように首を振って、私は横をついてきた妖精たちに視線を向ける。
『あなた達が馬を怯えさせていた理由は、この中の人物が関係しているわね』
確認のために問いかけると、二体の妖精は口々に応えた。
『……ココハ危ナイ。ソウ伝エタカッタ』
『ココ、魔物でるノ。キケンなノ。だからあのヒトに行って欲しくナかっタ』
馬を怯えさせて申し訳ないと思っているのか、どこかしょんぼりとした様子で応える妖精たち。
火の妖精と水の妖精はティナダリヤではよく見かける一般的な妖精だ。しかし四大元素を構成する火と水の妖精は高位の存在であり、ティナダリヤで彼らが一般的に親しまれているのはかの国が妖精と共存しているからだ。
妖精王オベロンの加護がないこのセインブルクで、しかも高位の妖精であるはずの彼らがここにいる理由はただひとつ。
それは妖精を魅了するだけの力のある存在が近くにいるからである。
妖精は力のある者を気に入ると祝福し、加護する性質がある。取り替え子や神隠しなどが起きる理由の大元は妖精が原因だったりするものだ。
馬を威圧させられる程の実力を持つ高位の妖精すら魅了する力の持ち主とは、一体どんな人物なのか。
「――失礼致します、私は旅をしながら薬師をしているシャルと申します。馬の容態を診たいのですが、よろしいでしょうか?」
王妃殿下のような凛とした声音を意識して名乗り出ると、しばらくして豪奢な造りの金属の扉がガチャリと開いた。
そうして中から出てきたのは一人の青年。
眩く輝く銀の髪を背でひとつに結び、群青の騎士服を纏った彼の紫水晶のような瞳がこちらを見つめる。
ひとつひとつの洗練された所作と、見惚れそうになるほどの美貌。
「――ああ、構わないよ。どうして馬たちがこうなったのか分からずに困り果てていたところなんだ」
そう言って困ったように笑う青年を見て、私は思わず固まってしまった。
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